2人で地獄にはまり込む?

「では、反対意見からその論旨を述べてください。発表者は名前を言ってから発言してください」


 多勢に無勢のハンデを考慮して生徒たちからの意見表明となった。さっき小倉姪さんに法衣を脱げと言った女子が喋るようだ。


虻谷あぶたに。いじめる側は被害者なんだよねー」


 いきなりかましてきた。


「だってさー。いじめられるような奴って何やらせてもトロっトロしててさー。おまけに気も遣えないような奴ばっかりだからさ、こっちもストレス溜まんだよねー。せっかく‘こうしなよ’つってもはっきりしないしさー。だからいじめる側の方が被害者でいじめられる奴らが加害者。以上、終わり」


 拍手じゃなくヤジみたいな囃し立てが飛び交う。


「なんだ、これで決まりだな」

「いじめられる奴、キモっ」


 桜井先生が促す。


「他に補足意見のある人は?」

「ないでーす」


 数人だけが返事して、そのまま終了した。


「では、賛成側の意見を」

「はい。月出です。さっき反対側の意見にありましたが、仮にいじめられている側の性格や行動に問題があったとしても、それを攻撃の対象にしていいものでしょうか」


 ちらっ、と小倉姪さんを見る。僕のシャツの裾を両手で下に引っ張るようにして下着と腿を隠している。その隙間から見える白い肌がとてもかわいい・・・じゃなくて、彼女は僕の発言に小さくこくんこくんと頷いて反応してくれている。その様子に自信を持てた。そのまま続ける。


「完璧な人間なんていないでしょう。いじめる側だって性格に欠点もあれば失敗だってするはずです」

「ないよ。少なくともいじめられる奴らよりマシだよ」

「虻谷さん、他の人の発言中は・・・」

「うるさいよ。桜井なんて欠点だらけじゃない? だから先生どもにいじめられてんだろ」

「私語は慎め」


 小倉姪さんが、低く短く呟いた。


「なんだよ」

「ルールは守って」

「知らないよ」

「あと一言喋ったらアナタの負けでいいのね」

「なに言ってんだよ」

「負けでいいんだな」


 どうしたんだ・・・小倉姪さんがこんな声を出せるなんて。こんな表情ができるなんて。


「は。大体ただの道徳の時間のディベートなんてゲームで負けたってウチらがクルトをいたぶり続けることには変わりないもんね。逆にもっとキツイのにしてやるよ、ねえ。みんな」


 声を出して頷く生徒の数がさっきよりも減ったような気がする。でもそんなこと関係なく小倉姪さんの冷たい表情と背筋に響く低音ヴォイスは続いた。


「許さないわ」

「あ? なんだよ、坊さん」

「虻谷さん。月出くんは誠実に意見を言ったわ」

「あんなのステレオタイプの意見じゃないか」

「違うわ。正論よ。正論だから普遍的な表現になるのよ。正しく真摯に発言した月出くんをアナタは侮辱したわ」

「だからなんなのよ」

「アナタの寿命を言ってあげようか」

「あ? 何言ってんだ?」

「アナタは11歳の誕生日の一週間前、日曜日に死ぬわ。死因は圧迫死」

「な、なんなんだよ」

「アナタ、フォローしてるバンドのライブ観に行くんでしょ。300人ほど入るライブハウスの最前列取ってるのよね。そのバンド、スリーピースバンドでしょ? ギター・ヴォーカルの男の子が1曲目でいきなりオーディエンスを煽って『来いやあ!』ってステージ側に詰め寄らせるわよね。スタンディングだからそのまま後ろから押されて、アナタは警備用のフェンスに胸を押し付けられてね、肋骨が折れるのよ。折れたその肋骨が肺を突き破ってね、それで死ぬの」

「テメエ!」


 虻谷が椅子をガタガタとなぎ倒して突進してきて小倉姪さんをいきなり蹴った。机の足に絡んでバランスを崩して床に倒れる小倉姪さん。虻谷は倒れた小倉姪さんの、シャツがめくれてあらわになった下着のお尻をそのまま爪先で何度も蹴った。


「やめろ!」


 慌てて虻谷さんを後ろから抱えて小倉姪さんから引き剥がした。それでも突進しようとする虻谷さんを、全力を使わないと抑えられなかった。


「月出くん、離してあげて。虻谷さんは死にたくないのよ。だからわたしを蹴るの。でもね、虻谷さん。法衣も脱いだわたしはただの人間よ?」

「ただの人間があんなこと言えるかよっ!」

「あら? 信じたの? さっき神様さえ信じないって言ってたアナタがたかが人間ごときのわたしの言ったことを?」

「・・・どうすりゃいいんだよ」

「何が?」

「バカか! どうすりゃ死なないで済むんだよ!」

「知らないわ」

「なにを・・・」

「だって、さっきわたしが言ったことはアナタが信じない神様の言ったことだけど、それをどうにかできる力なんてわたしには無いわ。だってわたしただの人間だもの」

「なあ・・・教えろよ。ライブに行かなきゃいいのか?」

「さあ。そうかもしれないしそうじゃないかもしれない。アナタの寿命の情報が告げられたってことはそういう機運が満ちてるってことだからライブに行かなかったからといって死なずに済むかどうかなんて分かんないわ」

「お、教えてよ・・・なんでもいいから」

「ほんとになんでもいいの?」

「ああ。なんでも信じる」

「・・・アナタのお家の氏神様はどこ?」

「こ、金刀比羅宮・・・」

「じゃあそこへお参りに行きなさい。行ってただひたすら謝るのよ。今まですみませんでした、って」

「な、何を謝るんだよ」

「全部よ」


 虻谷って子は小倉姪さんがそう言った後泣き出して涙が止まらなくなったので桜井先生は近くの家の子に付き添わせて帰宅させた。


「さあ、次ディベートしたい子は?」

「こんなのディベートじゃねえだろ?」

「そうよ。だってアナタたちはルールを無視したんだもの。月出くんは年下のアナタたちにも敬意を払って真摯に議論を挑んだのにそれをコケにしたわ。絶対に許さない」

「小倉姪さん」


 僕はたまらず彼女の頭を撫でた。そして諌めた。


「ありがとう、小倉姪さん。でも、これはフェアじゃない。キミは何か不思議な力を持ってて、人の運命を知り得る立場にあるんだね。でも、それはものすごく特別な能力だ。虻谷さんもルール違反をしたけれどもその能力を見せるのもやっぱりルール違反だよ」

「・・・ごめんなさい。月出くん、やっぱりあなたが、好き」


 そう言って僕の胸に顔を当て、素肌のままの脚をぴったりとくっつけてきた。


「ちょ、みんな見てるから!」

「あの・・・小倉姪さん。僕、木村っていいます」


 さっきからずっと無言で、なんとなく頷くのもためらっていたような男子が小倉姪さんに語りかけてきた。彼女は僕に寄り添ったまま彼の方へ顔を向ける。


「なに? 木村くん」

「虻谷さんはどうなるんですか?」

「・・・彼女は来人くるとくんだけじゃなく、女子の子もいたぶってたんでしょ? 見かねて神様は彼女を天に召そうと思われたのね」

「バチが当たった、ってことですか?」

「ううん。バチじゃないわ。神様はそんなことしない。このまま生きてたら虻谷さんはどんどん罪を重ねて業を深めていくわ。それが憐れだから少しでも罪が軽いうちに天に召していじめをやめさせようとしたのね」

「でも、誰かがやめさせれば助かったんじゃ」

「そうね。でも、誰も止めなかったんでしょ? だって、前の先生が自殺するぐらいだからみんなじゃ無理でしょ?」

「・・・はい。卑怯かもしれませんけど、怖かったです」

「いじめを無くす方法はね、いじめてる本人がいじめをやめればいいだけ。それしかないのよ」

「虻谷さんは死ぬんですか」

「さあ。それは神様がお決めになるエリアよ。もし虻谷さんが今すぐいじめをやめて謝って二度としなければひょっとしたら死なずに済むかもね。そうじゃなきゃ罪を作り続ける虻谷さんがかわいそうだからやっぱり死ぬかもね。ねえ、みんな。おじいちゃんやおばあちゃんが寝たきりで介護してる子っている?」


 唐突な質問だったけれども、今ならすっと胸に入ってくる。半分ぐらいが手を上げた。


「ちなみに木村くんの家は?」

「祖母が特養に入ってます。胃ろうやってます」

「そう。大変なのね。ねえ、いじめられる子たちに欠点があるってみんな言ってたけど、みんなが年取って特養入って胃ろうしてたら、それってどうなの? もし認知症になってて受け答えできなかったり徘徊するようになってたりしたらそれってどうなの? もしみんながそうなって、家族から、‘早く死んでくれればいいのに’、なんて思われたりしたらそれって、どうなのよ?」


 全員、一言も発せられなかった。


「ルール違反って言われてもいいわ。だって、これは、事実なんだから」

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