2人で子供を論破する?

「今日は一般の方が授業を参観されます」


 そう言ってさっきから僕らの応対をしてくれていたこのクラスの若き女性担任、桜井先生は教室の一番後ろでパイプ椅子に腰掛ける小倉姪さんと僕を手のひらで指し示した。


「坊さん? 一般の人じゃないだろ」

「あの2人って何? 誰かの父兄?」

「あれじゃないの? クルトのボケの両親・・・じゃねえか。こんな若いわけないもんね」

「はははっ」

「おい、誰が笑っていいって許可したよ」

「・・・す、すみませんでした」


 全部、小学校5年生のこのクラスの生徒の発言。順に、女・女・男・男・男。

 スラムみたいだ。

 さっき笑うのを遮られた子もいたからいじめられてるのは来人くるとくんだけってわけでもないのか?


「では、少し授業の順番を入れ替えてこの時間は『道徳の時間』、とします。テーマは、『いじめ』です」

「桜井!」


 男ではない。女の生徒が桜井先生を呼び捨てた。


「桜井が先生どもの間でいじめられてるから? それを解決したくて?」


 爆笑が起こった。僕の見る感じでは心から笑っているわけではなさそうな生徒も相当数いる。

 小倉姪さんは手を膝の上に置いてじっとその様子を見ている。

 桜井先生は半分涙目で授業を始めた。


「今日はディベート形式にします」


 桜井先生はホワイトボードに一旦マーカーの先をつけた後、数秒の間を置いた。

 そして、決意したように、一気に筆を染めた。


『いじめはいじめる側が悪い』


 書き切ると教室が騒然とした。


「んなわけねえだろ? いじめられる奴は生まれた時から『いじめられっ子』っていう人種なんだよ!」

「いじめられる子っていじめられるだけの理由があるよね」

「はいー、決定! いじめはいじめられる奴が悪い」


 小倉姪さんはまだ黙ったままだ。

 僕はなんだかムカムカしてきた。

 不思議だけれども今発言してる奴らは、世の中でこれまでに死んだ人間全員の敵のような気がした。


「小倉姪さん、ごめん!」

「月出くん!?」


 僕はがたっ、と立ち上がって大声を出した。


「いじめはいじめる人間が悪いに決まってんだろ! 前の先生だって自殺したらしいじゃないか!」


 僕が耐えきれずに爆発するとすぐにやたら冷静な口調が返ってくる。


「それは佐藤がメンタル弱いからだよ。しょうがないよね、こっちは普通に接してるのに」

「そうだよ。大体いじめる方が悪いなんて誰が決めたんだよ。神様か?」

「そうよ、神様が決めたのよ」


 小倉姪さんも立ち上がった。神様が決めたと発言した後教室が再び騒然とした空気になるその刹那にさらに発言する。


「決めた、っていうか、ずっと前から決まってたのよ。それを守るのが嫌だからみんな知らない振りしてるだけ」

「なんだよそれ。坊さんなのに神様の話かよ」

「『神というも仏というも一体分身にして別あるにあらず』神様も仏様も人間の久しい繁栄をサポートしてくださるんだよ」

「アブねえ奴・・・ってか坊さんだからアブないこと言ってても捕まらないのか」

「で。その神様は、いじめる奴が悪いって?」

「ええ、そうよ」

「信じられるかよそんなこと。大体神なんているかどうかも信じられないのに」

「アナタが信じるとか信じないとか別にどうでもいいからね。だって、神様がいるのは事実だから。でもいじめる側が悪いってことは納得しておいた方があなたたちの人生にとってプラスになると思うんだよね。それで、わたしは坊さんとしてじゃなくって1人の人間として発言するからね」


 ディベートなので賛成と反対の二派に分かれて議論することとなる。桜井先生は司会進行という形で中立。生徒は全員反対派。つまり、いじめる側は悪くないという意見。いじめる側が悪いという意見には僕と小倉姪さんだけとなった。


「月出くん、さっきはありがとう」

「ごめん。勝手なことして」

「ううん。月出くんのお陰で教室の空気感が掴めたよ。これで戦い方が見えてきたってもんさ」

「戦い方?」

「わたしはね。口先だけのプレゼンや論旨の組み立てだけの舌戦は好きじゃない。でもね、辻説法、って感じのライブ感は大好きなんだよね」

「そういえばこの間もクレープ屋で辻舌鋒やったよね」

「うん。口先の軽々しい言葉じゃなくって、わたしの人生すべてから出てくる言葉を相手に、ガン、てぶつけてみたいのさ。それでこの教室のあの子たちの場合、月出くんならどう戦う?」

「う・・・ん。数人の人間の主張に全員が逆らえないような雰囲気だったよね」

「うん、そうだね」

「なら、一騎打ちだね」

「素敵! やっぱりわたしの好きな人」


 場をわきまえずにいちゃつきそうな雰囲気になった時、女の子の低い声が僕らにかけられた。


「さっき坊さんとしてじゃなく1人の人間としてとか言ったよねえ。なら、その法衣、脱いでくれない?」

「え、法衣を?」

「だってそれ着てたらなんか威張られてるみたいでウチら自信持って発言できないからさあ」

「・・・分かったわ」


 すっ、と立ち上がり、なんの躊躇もなくするっと小倉姪さんは服を脱いだ。

 上はノースリーブの肌着、下は下着だけの姿になる小倉姪さん。

 男子の中の、人間たちがケラケラとあざ笑う。


 思いがけず小倉姪さんの素肌を見てしまってまず僕自身が戸惑ったけれども、すぐに我に返って自分の上着を脱いだ。


「これ着て」

「ありがとう」


 敢えて遠慮はせずに僕の藍色のシャツを羽織る小倉姪さん。丈の長い僕のシャツで下着も隠れた。


「あれー? 2人はデキてんだー?」


 女子の冷たい賞賛の声が浴びせられたけれども、僕はまったく動じもしない。


「ああ、そうだよ。だからどうした」


 僕がそういうと教室は、しん、とした。


「では、始めます」


 消え入りそうな声で桜井先生がスタートを告げた。

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