2人で手配を受けてみる?

 指名手配。


 そういうことが現実に降りかかるなどとは想像してもいなかった。


「た、多分そこまで大げさな言い方してないと思うから・・・」


 僕もそう思う。

 小倉姪さんのおばあちゃんも世間の『風評』ってやつでとことん苦労したはずだから。

 今でこそ個人情報や差別に対する意識が醸成されてきたからそうでもないけど、おばあちゃんの時代にお寺の坊主が離婚なんて、それこそ『廃寺』に追い込まれるぐらいのダメージだったはずだ。地方都市でも比較的風評に頓着の無い中心街の商売人たちに『営業』をかけて檀家として取り込んでいったのはギリギリの経営戦略だったんだろう。

 そういう意味ではおばあちゃんは間違いなく『甲斐性のある』跡取りだったんだろう。


 さて、以上のことから、『孫が誘拐されたっ!』とか、『孫が男と駆け落ちしたっ!』などと自らスキャンダルのネタをばらまくようなバカなことはおばあちゃんはしないだろう。


 ただ、こうは言うかもしれない。


『事故にでも遭っとりゃせんかと心配で』


 ただ、小倉姪さんは20歳はたちの大人の女性だ。1日2日の外泊で警察に言っても取り上げて貰えないだろう。そうすると4、5日がタイムリミットか。その間にこの事態をなんとか打開しないといけない。


 既成事実を作るしかないか。


 男女の間の既成事実とは、それは・・・


「月出くん!」

「はっ!」

「どうしたの? なんか焦点の定らない目でボーってしてたけど」

「いや・・・ちょっと」


 危ない危ない。僕がこんな妄想をしてたなんて思わないだろうな。


 今、とりあえずウチのマンションに入って僕と小倉姪さんは僕のベッドの上に並んで腰掛けてる。そんないかにもという状況の中で『男女の既成事実』なんて妄想をしてしまっている僕。


 どうしよう。決断しようか。


「日昇光、小倉姪さん。昼飯外に食いに行かないかい?」

「は、はいっ! 店長!」

「な、なんだ、日昇光。ビクビクして」

「ははーん」


 小倉姪さんがニヤリとする。


「月出くん、わたしにHなことしようって思ったんでしょ?」

「なっ!?」


 すぐにケラケラと笑い出す彼女。


「なーんてね。店長が一緒なのにそんな訳ないよねー」


 ごめんなさい。


 ・・・・・・・・・・・


 3人して近所の定食屋さんへ。今時主菜・小鉢・豚汁とご飯大盛り自由で600円という優良店だ。

 多少古くてタバコのヤニで壁がくすんでる感じはあるけど、家族経営でざっくばらんないい雰囲気のお店だ。


「あらっ? 跡取りさん?」

「こんにちはー。女将さん、いつもお世話になってますー」


 あれ? もしかしてここも檀家だったのか?


「最近おばあちゃんが来られるようになってびっくりしてたけど、どうされたの?」

「いやー。ちょっとわたし修行のやり直しで」

「あらっ、そうなの?」


 お店は繁盛してて忙しそうだ。雑談もそこそこに僕らの注文を取り、女将さんは厨房へ小走りで戻って行った。

 その後僕らの定食を給仕してくれたのも女将さんだった。昼のお客が少し引けて余裕が出たのか、つい愚痴が出た。


「跡取りさん。おばあちゃんもありがたいんだけどね・・・」

「どうかされました?」

「ちょっと言いにくいんだけど」


 小倉姪さんの目つきが変わった。

 なんというか、その。

 エモノを狙う眼光、ってやつ?


「女将さん、遠慮せずにおっしゃってください。跡取りとしてウチの坊主どもを管理する義務がありますので」


 うわ。おばあちゃんを坊主ども呼ばわり?。大丈夫かな・・・


「跡取りさん、あのね。この間おばあちゃんが月参りに来られた時ウチのお舅にね。『お前さんのごうのせいでお店の跡取りが不登校なんじゃ!』って怒鳴りつけちゃってねえ」

「あ・・・来人くるとくん、まだ小学校行けてないんですか」

「跡取りさんにも色々気にかけて貰ってましたけど、まだ・・・月影寺さんのおばあちゃんも良かれと思って舅に言ってくれてるんでしょうけど、舅は今度わたしら夫婦を責めましてねえ・・・『お前らが甲斐性無しで孫を腑抜けに育てたからこんなこと言われるんじゃ!』って」

「お舅さんは?」

「あら、今戻ってきたわ。おじいちゃーん。月影寺さんのカミツカエさんがいらしてますよ」

「おお、跡取りさんか」

「こんにちは、おじいちゃん。ウチの祖母が何かひどいこと言ったみたいで」

「ああ、この間のことですか。まあ確かにわしゃ散々遊び倒してきたからね。言われることももっともですわ」

ごうとか因果応報がですか?」

「ああ。ワシのごうで息子夫婦も不甲斐なくなってそのお陰で孫は学校にも行かずフラフラしとりますわい」

「それ、違いますよ」

「え?」

ごうの深い人、前世で罪を犯した人、そういう人は確かにいます。もしかしたら前世でひどいことをした相手に現世で仕返しされてるっていうこともあるかもしれません」

「まあ、そうでしょうなあ」

「じゃあ、おじいちゃん。あなたはおばあちゃん・・・あなたの奥さんに、『俺が女遊びするのは前世でお前に浮気された仕返しだ!』なんて言えますか?」

「い、いや・・・そりゃあ無茶というもんでしょう」

「そうでしょう? じゃあ、お孫さんが学校に行けないのは誰のせいですか?」

「うーん」

「・・・多分、学校でいじめに遭ってるんだと思います」


 女将さんが声をすぼめて苦しそうに答えた。すかさずお舅さんが大きな声を出す。


「そら見たことか! ワシの業もあろうが、孫の来人くるとも前世で誰かをいじめとったからこんな目に遭うんじゃ! ああ・・・やっぱりワシらは業の深い者同士が集まった一族ですわい」

「おじいちゃん。そうじゃないんです」


 気がつくと小倉姪さんはお舅さんの隣に立って彼の背中をさすって上げていた。


「もしかしたら皆さんご家族は誰かを傷つけた前世の経験があって本当に業が深いのかもしれません。でも、それは人間にはどうすることもできない部分。それこそウチの御本尊にお任せするしかないエリアです。女将さん」

「は、はい」

「わたしはお寺に生まれましたけど、ただの人間です。ただの人間でしかない坊主のできることは、来人くるとくんの今現在の苦しみをできるだけ早く救ってあげること。そしてもし本当にいじめられてるんだとしたら、いじめてる子たちがこれ以上罪を犯さないように諭してその子たち自身が業を深めないようにすることです。今日は学校の授業は普通にある日ですよね?」

「はい。平日ですから午後からも授業はやってると思います」

「わたしが学校に行ってもいいでしょうか? それが生身の坊主が、ウチの御本尊に代わってできるエリアのことです」

「・・・はい。跡取りさん、本当に申し訳ありません。お願いします」


 女将さんが頭に被っていた布巾をとってお辞儀した。

 くるん、と僕の方に振り返る小倉姪さん。


「月出くん」

「う、うん」

「怖いから、一緒に行ってくれる?」

「え」


 ボディガードってこと?

 小学生相手に?


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