2人で悲恋をやってみる?

「カミツカエっ!」


 ゼミ生男子3人で檀家参りを終えて月影寺に戻って来ると、小倉姪さんのおばあちゃんが彼女を怒鳴りつけている場面だった。普段はカミちゃんと呼んで孫を大事にしているおばあちゃんがここまで激昂する理由はただひとつ。


「なによ! おばあちゃんだって、おじいちゃんとイチャイチャしたからお父さんが生まれてるんでしょ! 『人の悪しきに目をかけて自分の悪しきは棚に上げ』って法話を教えてくれたのはおばあちゃんじゃないの!」


 なんとも分かりやすく解説調の口喧嘩をしてくれるもんだ、小倉姪さんから更にトドメの言葉が出る。


「だってわたし、月出くんが好きなのさっ!」


 おばあちゃんに向かって好きなのていう言い回しはさすが小倉姪さん変わってるって思うけれども、要するに論文のプロモーション用に撮影して即日拡散された僕と小倉姪さんが抱擁を交わす動画のことを恋愛禁止令を出すおばあちゃんが知って逆鱗に触れたということだ。


「金井さん、もう2、3軒回って来ようか?」

「いやいや矢後さん。続きが気になる。このまま見ていよう」


 矢後も金井も他人事だと思って・・・


「カミツカエ、修行中のアンタに恋は障害なんだよ! 男にうつつを抜かしてると檀家さんに逃げられちまうよ!」

「それはおばあちゃんの時代でしょ! 今は恋愛相談にもきちんと乗れるぐらいの経験がないと檀家さんのニーズに応えられないのさっ! 大体離婚して檀家さんに逃げられたのっておばあちゃんじゃないの!」


 言い終わって、はっ、とこちらを振り返る小倉姪さん。


「つ、月出くん、聞いてた?」

「うん」


 矢後がボソっ、と発言する。


「おじいちゃんって早くに亡くなったんじゃ・・・」

「えーい、やかましい! 離婚した後に若くして死んだんじゃ!」


 おばあちゃんが矢後にも怒鳴りつける。小倉姪さんが冷静にフォローする。


「矢後さん、ごめんね? ウチのおじいちゃんって婿養子だったんだ。で、おばあちゃんと結婚してお父さんが生まれた後早々に離婚しちゃって」

「あの根性なしが、坊主の修行に根を上げおって。じゃからカミツカエの婿には腹の据わった男を迎えにゃならん。ひよっこのクセに恋愛などと浮つきおって」

「修行じゃなくておばあちゃんがキツいから」

「ワタシのせいだって言うのかい」

「うん」

「カミツカエっ! 御本尊の前で読経1,000本!」

「わ〜、ヤダ〜〜〜!!」


 連れて行かれてしまった。


 ・・・・・・・・・・・


 ゼミ出席禁止令&月影寺出入禁止令が出て、最近は毎日こんなLINEが入るようになった。


小倉姪:今、おばあちゃんいないから平気。月出くん、大好きだよっ(o^^o)・・・わーっ!!(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾


 ・・・おばあちゃんにLINEを見つかって折檻受けながら続きを打ったらしい。器用だな、小倉姪さんて。


 そんな中、久しぶりに種田がウチのゲイバーに遊びに来てくれた。


「つまりそのおばあちゃんは恋愛の幻想に酔ってるんだよ。おじいちゃんと別れたのがよっぽどトラウマになってるんだろ」

「種田の言うことは説得力あるなあ。さすが二股」

「うるさい。今は三股だ」

「なになに、恋バナ〜?」


 ウチの店最ベテランの捨人シャウトおねえさんがきれいに整えられた長いまつげでまばたきしながら僕と種田の横に座った。


捨人シャウトさん、月出に恋愛の機微を教えてやってよ」

「あら、種田くん。まずあなたに教えてあげたいわ〜」

「い、いや、月出の方が深刻なんで」

「日昇光ちゃ〜ん。水臭いわね。お店にこんなに恋愛の先生が大勢いるのに」

「はは」


 ほぼ全員片想いだと知ってるので相談しなかったとは言えないな。


「この間バーテンの服着せたお寺の子でしょ? あの子はいいわよー。大穴ね」

「や、やっぱりそうですよね!?」


 まあ、大穴なんて言い方がちょっと引っかかるけど。


「でも恋路を邪魔するおばあちゃんの心に響くためには・・・悲恋ね」

「悲恋?」

「駆け落ちとかどう?」

「えっ!?」

「そりゃまた古風な!」


 種田は驚いたフリしてるけど既に面白がりモードに入っているのが見え見えだ。


「ロミオとジュリエットを出すまでもなくいつの時代も乙女のセンチメントを引き出すのは悲恋よ。アタシのお気に入りはね、『オペラ座の怪人』のファントムとクリスティーヌよ」

「それは駆け落ちじゃないでしょ」

「感性の問題よ。あ、そうだわ! 店長、店長ーっ!」


 捨人シャウトさんに呼ばれ店長が今日はロングのウィッグを振り乱して僕らが固まっているカウンターまで来た。


「なんなの、捨人シャウトちゃん。ちゃんと仕事してよ」

「店長。日昇光ニショーコーちゃんと小倉姪ちゃんを同棲させてあげてくれないかしら?」

「え。小倉姪ちゃんと? 同棲? 捨人シャウトちゃん、何言ってんの?」

「店長〜、あの子はいいわよ。ここで捕まえとかないと逃した魚は大きかったなんてあとで吠え面かくわよ」

「まあ・・・今までオクテだった日昇光ニショーコーがようやくまともに話せるようになった女の子だからな」


 ごめん、父さん。話すどころかキスしちゃった。


「月出。どっちにしても論文の出版話進めないといけないんだろ? じゃあこのまま小倉姪さんが月影寺にいたらその作業どころじゃないじゃん」

「そうよ〜。店長、若い2人の恋だけじゃなく将来の生活の糧までダメにすることになるかもよー」

「まあ、な。確かに日昇光にこのバーを継がせるってのも無理あるしな。で、日昇光はどうなんだ? そこまでする覚悟があるのか?」


 僕は熟考した。

 この場の状況だけ見ると、他人の色恋沙汰に首を突っ込んてふざけているだけに見える。

 けれども、これを冗談と切り捨てることは僕にはなぜかできなかった。


 だってさ。


 朝、学校に出かけて、昼に母さんが病院に運ばれたって連絡があって。


 夕方には死んだ。


 だから僕は人生のあらゆることを冗談で済ませるだけの勇気はない。

 決めたよ。


「父さん。お願いだ。小倉姪さんをウチに住まわせて」

「本気なのか」

「僕は彼女を手放したくない」


 捨人シャウトさんがビールをグイッと煽って僕の背中をぱあん、と叩いた。


日昇光ニショーコーちゃん、今すぐ攫っておいで!」

「ええい! みんな仕事しろっ!」


 ということで翌日僕は正々堂々と月影寺のインターフォンを押した。なんだかLINEでこっそり小倉姪さんを呼び出すのは卑怯な気がしたので。


 まあ、その時点で駆け落ちじゃないけどね。


 あ。インターフォンに応答が・・・


『誰じゃっ!』


 やっぱりおばあちゃんか・・・


「月出です。カミツカエさんはいますか?」

『居るが修行中だ。会わせられん!』

「いつ終わりますか」

『悟りを開くまでじゃっ!』


 比喩でなさそうなのが怖い。

 でも諦める訳にはいかない。


「大事な話があるんです。5分でいいですから会わせてください」

「大事な話ならなおダメじゃ。帰りなされ!」

「帰りません!」

『ならずっと立っとりなされ!』


 切れた。

 でもまあシチュエーションとしてはロミオとジュリエットっぽくはなってきたな。自分が現実でこういうやりとりをするとは思ってなかったけれども。


「ロミオとジュリエットならば・・・庭からジュリエットの部屋を見上げるって展開か・・・」


 僕は『お邪魔しまーす』と言い訳みたいにつぶやいてお寺の庭へ入る。いや、庭というか墓だね。檀家さんの墓場を通らないと本堂までいけない。悲恋というよりは世の無常を儚む枯れた恋愛だね。


『あ。普通に居た』


 小倉姪さんは間口が開け放たれた本堂の畳の上に正座してお経を上げてた。

 初めて檀家に連れてってもらった時みたいな高速読経だ。

 一区切り着くのを入り口の床に腰掛けて待った。


「ふう・・・おばあちゃんめ。1日読経1万回なんてできる訳ないじゃん」

「えっ!?」


 思わず声を立ててしまった。

 小倉姪さんが振り返る。


「月出くん!?」

「やあ」


 小倉姪さんは正座したままの状態で手をシャカシャカと動かして畳の上を滑るように移動してくる。器用だな・・・


「いやー。5時間も正座してるとさすがにわたしでもしびれちゃって」

「5時間!?」

「そう。午前中お昼まで5時間。午後からも夕飯までぶっ続けで」

「さっき読経1万回って言ってたけど、そんなのできるの?」

「無理に決まってるよー。要はお寺から外に出るな、ってことなんだよねー」

「檀家さんへのお参りは?」

「それも外されちゃった。おばあちゃんが復活して加わってるよ。それにね。LINEしようにもWifiも勝手に使えないようにされちゃったからタイムリーにできないし。はあ、これじゃ軟禁だよ」

「僕のウチに来ない?」

「え?」

「一緒に暮らそうよ」

「・・・・・!」

「あ、ごめん。父親も一緒だけどね」

「なあんだ。でもそうできたらいいのにな」

「じゃなくて、やるんだよ。軟禁って言ってたけど小倉姪さんは成人してるからさ。その成人女性の意向を無視して閉じ込めるのは立派な犯罪でしょ。場合によってはDVだよ」

「誰がDVじゃっ!」

「わっ!」

「お、おばあちゃん! いつの間に!?」

「それはこっちのセリフじゃっ! この色ボケ男め」

「し、失礼は承知の上です。でも、このままじゃ小倉姪さんが潰れちゃいます!」

「ええい、加減は分かっとるわ! 子供の頃から仕込んできたからの! さあ、カミちゃん、続きじゃ!」


 小倉姪さんは痺れる足をなんとか伸ばして無言で立ち上がった。

 にこっ、とおばあちゃんに笑顔を見せた後、いきなり出口にダッシュしてきた。


「月出くん、行こっ!」

「う、うん!」


 じゃじゃっ、と草履を素早く履いて砂利の庭を走り出す僕ら。


「あ、こら待たんかっ! このドロボー猫めっ!」


 法衣に草履の小倉姪さんの手を引いて墓場を全速力で走り抜け、そのままの勢いでそれぞれの自転車に走りながら跨った。


 今はスピード重視だ。一列縦隊で小倉姪さんは僕のスリップ・ストリームに入り、月影寺からとにかく遠くへと走り続けた。


「月出くん、やるね! でもおばあちゃん警察に言わないかなあ・・・」

「えっ!?」

「だって、これって誘拐でしょ?」


 駆け落ちなんて成立しない世の中なんだな。

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