2人で異世界行ってみる?

 論文出版の可能性が出てきたことから、資料としてラノベを読ませて欲しいとZさんにお願いした。現在の小説のトレンドというものを掴んでおきたい気持ちがあったので。それをして論文執筆にどういう影響があるのかという訳でもなく、単に読んでみたいだけなのだ、ラノベを。

 一応Hじゃないやつをと注文をつけると極端に数が絞られるようだ。

 首肯社、大丈夫かなあ・・・

 その中で僕と小倉姪さんが貸してもらった小説のトレンドを分析すると、


「異世界って、なに?」


 という結論に達した。僕と小倉姪さんは金星大学の図書館でラノベを閲覧用テーブルに積み上げ、議論した。

 まずは小倉姪さんが先陣を切る。


「死んで転生するってことみたいだけど・・・輪廻じゃないんだね? チートとかっていう概念がそもそも分かんないんだけど、つまり自分の思い通りになる設定の世界へ移り住む、ってことなんだろうね。有り得ないけど」

「そうなの? 小倉姪さんはお寺の仕事してるから転生とかあの世へ行って救われるとかそういう世界を肯定するのかと思ったけど」

「解脱に近いのかな、って思うけど。でも解脱って自分勝手に思い通りにっていうのとは違うからね」

「難しいね」

「難しくないよ。そうだ、なんなら異世界行ってみる?」

「え?」


 どういうことだろ。


 ・・・・・・・・・・


 土曜日の朝、僕と小倉姪さんは車で山に向かった。僕らの街から市ふたつ挟んだ2,000m級の山。車を運転するのは小倉姪さん。愛車は可愛らしい赤色ボディの軽四ワゴンだった。初お目見えとなる月影寺のだ。


『これって、で合ってるよな』


 恋愛禁止令のある家の子でありながら編集のZさんと論文出版のためにお見合いという名のデートをする営業魂旺盛な小倉姪さん。

 彼女を警戒させないために敢えてという単語は出さない。でも、これがデートなんだとしたら、女の子と2人きりでする僕にとって人生初のデートとなる。


「小倉姪さん、そんな所に遊園地があるなんて全然知らなかったよ」

「知らなくて当然だよ。わたしも子供の頃にお師匠に連れてってもらったけど、お客さんなんて10人居なかったもん」

「そんなんで経営成り立つの?」

「さあ。多分個人で事業やってる人が私財を投じてやってるのかな、なんて思うけど。一応市のHPに観光案内で掲載されてるかいかがわしい宗教施設ではないと思う」


 ん? 小倉姪さん、今いかがわしいって言ったな。月影寺だって宗教だろうに。


「小倉姪さん、いかがわしいって、新興宗教のこと言ってるの?」

「ううん。宗教全般。だって、黙って拝めば救われるなんて、そんな訳ないでしょ?」

「え。小倉姪さんがそれを言っちゃう?」

「月出くん。ウチのお寺は効果の分かんないものでお金をもらったりしないよ。わたしが檀家さんのお家に行った時にどうしてる?」

「ん・・・と」


 そういえば。

 独居老人の家だったら、こんにちは、って家に上がってって、雑談してお経上げてそれから法話って何かありがたい漫談みたいな話しして。お茶飲んであとはさよなら・・・って感じかな・・・。


 あ、そうか。


「訪問介護、だね」

「わ、さすが月出くん。鋭い!」

「安否確認、仏壇の管理、カウンセリング、ちょこっとした雑用」

「若い男の坊さんの紹介まで」

「ははは。でも、そうだとしたらお坊さんの仕事って昔から随分違ってきてるのかな」

「ううん。昔がこうだったんだよ」

「そうなの?」

「だって、本当に街の人たちを救うのが坊主の仕事なんだもん。死ぬのを怖がってる人には背中をさすってよしよししてあげて、貧乏で苦しんでる人にはいい就職ないかって一緒になって探して上げて。いじめで死にたいって思ってる子がいたら時として学校の先生にまで働きかけてなんとかしようとして。あ、仏様の存在は否定しないよ。実際ウチの御本尊は霊験あらたかだし。だからわたしはその名代として現実に苦しむ人を救うのさっ!」

「最初っからそんな感じで檀家さんに営業を?」

「うん。小学校3年の時におばあちゃんと一緒に初めて檀家さんにお参りに行った時から」

「あ、おばあちゃんも檀家さんに行ってたんだ」

「うん。ウチはおじいちゃんが早くに亡くなったから事実上おばあちゃんが住職だったんだ。寺社経営をする女社長、ってとこかな」

「なるほど・・・小倉姪さんもそれを目指してるんだ」

「そうだね。だからあの論文を書いたわけですよー、月出くん」

「謎が解けたよ」

「なんの謎?」

「小倉姪さんの中二病ぶりの」


 ・・・・・・・・・・・・


『キャッティ・ランド』っていうやたらポップなサインディスプレイが入り口に掲げられている。赤色軽四ワゴンはそのゲートをくぐって園内へ。


「あれ? なんか・・・ジェットコースターとか、観覧車とかは?」

「ないよ」

「え? 遊園地なのに?」

「うん。だからわたしも子供の頃お師匠に連れて来られた時、なんにも無い〜、って泣き出したんだって」

「そりゃあ・・・遊園地連れてってやるってこれじゃあねえ・・・」


 ぱっと見、アトラクションと呼べそうなものは皆無だった。その代わりになんとかコンベンションセンターにあるようなブース風の小規模な建物がいくつも並んでいる。

 100台くらい止まれそうなスーパー・マーケット規模の駐車場にワゴン車が3台だけ。習性なんだろう、小倉姪さんはその3台に並べてバックで駐車した。


「ようこそキャッティ・ランドへ」


 僕の予想に反してエントランスの受付は若い女性だった。しかも有名なテーマパークのそれっぽい制服を着ている。小倉姪さんがいきなり質問から入った。


「わたし子供の頃にもここに来たんですけど、これって何の施設なんですか?」

「夢の国、『キャッティ・ランド』です」

「経営母体は? HPを拝見しても企業情報とか何も無くって」

「ここは夢の世界です。この世界のホスト、『キャッティ・キャット』が一年に一度、魔法の力でエナジーを配給してもらっているんです」


 配給? なんか、細かなところでリアルだな。


「あくまで『夢の世界』だと」

「事実でございます。入園料1,500円になります」


 チケットに載ってるキャッティ・キャット、まあ、可愛いとは思う。猫なのか狐なのかリスなのか。あ。そういえばこういう感じでなんかよく分かんない動物のことをぬえとか言うんだっけ。


「月出くん。やっぱり昔のまんまだよ。段々記憶が蘇って来た」

「この部屋もあったの?」

「うん。今見るとまるでお化け屋敷のノリだよね」


 確かに。

 いわゆる夢の世界への導入部分はトンネルをイメージした現実との境界なのか。水のせせらぎの音が効果音として流される中、LEDの色が青から赤に変わっていく。その中を次の部屋に向かって僕らは歩く。


「月出くん、なんか、あれだね」

「あれって?」

「三途の川みたい」


 さすがに維持費が足りないのだろう。劣化したスピーカーに、ジッ、というノイズが混じった。


「きゃっ!」

「な、何!?」


 突然僕の腕に抱きつく小倉姪さん。すぐに、ぱっ、と離れ、しれっとして言う。


「えへへ。こういうのやってみたかったんだ」

「ーーー!」


 嬉しいけど。


「あ。次の部屋だよ」


 現実的な僕は建物の外観を想像した。多分市営スポーツジムの卓球練習場ぐらいの広さのブースが渡り通路で連結された形状なんだろう。


 小倉姪さんが、僕より一歩先に、とっ、と入って行った。


「わ。胎内だ」


 キャッティ・キャットというキャラが何か意味あるんだろうかというぐらいコンセプトが分からない装飾だった。暖色のLEDで壁面は薄い肌色。小倉姪さんの言うように母体の胎内をイメージしてるんだろう。不気味な感じはしないしアロマ・テラピーなんかでリラクゼーションの演出をするスーパー銭湯の感覚っぽくてむしろゆったりくつろげるような気もする。

 けれども間違っても子供が喜ぶような要素は何もない。いや、そもそも喜ばせようという意思を全く感じない。


「異世界、ではあるよね」

「月出くん、チート、やってみよっか?」

「それ、日本語?」

「ん? チートが?」

「ううん。『チート、やってみよっか?』っていう文脈自体が」

「ああ、そゆこと。でも、実現すればちゃんとした日本語になるよね? 既成事実がすべてなのよ。月出くん」

「なに?」

「キスして」

「・・・えっ!?」

「わたしの異能をもって月出くんにオーダーします。キス、しなさいっ!」

「それって、『魔王様と俺とで現実世界をパスして異世界転生したら彼女が年上どころかロリババアでチートを一旦与えられたけれどもすぐに取り上げられてもう一回貰ったチートが神レベルでそのまま居座り続けてたら俺自身が神になって超ラッキー!』のユベンハイムのセリフのままじゃない!」

「へへ、バレたか。ていうか月出くん。そのフルタイトルを暗唱できるのが怖いよ」

「だってさ、Hじゃないラノベったらたった5冊しか首肯社になくって、それを読み込むしかなかったからね。そういう小倉姪さんだって相当覚えたでしょ?」

「うん。わたしのお気に入りは『俺TUEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEeE!!で異世界に殴り込みかけたらハーレムで一番年下の妹がツンデレで長女はヤンデレで板挟みの俺がほとほと困り果てた件』かな。あ、TUEEEの一文字eって小文字で間違えちゃった」


 こういう不毛な会話をしながら進んで行くと、グリーンの灯りが見えた。


「あらあら」


『非常口』の誘導灯だった。

 安全のためとはいえ無味乾燥なそこらのオフィスビルと全く同じの。

 小倉姪さんはまっすぐ非常ドアを開けて外に出た。僕も後に続いた。


「こんにちは」

「ああ・・・こんちは」


 小倉姪さんが声をかけた相手は着ぐるみの下だけ着て頭の部分を外し、ベンチに腰掛けていた。

 キャッティ・キャットのようだ。

 彼はエチケット灰皿に灰を落としながら小倉姪さんの挨拶に応じ、またタバコのフィルターを唇に含んだ。

 小倉姪さんはそのまま彼に語りかける。


「訊いてもいいですか」

「ああ、いいよ」

「ここのスポンサーって、お寺ですよね」

「直接、じゃないね。関西の方のでっかい寺の住職の、その弟だよ」

「税金対策ですか」

「そうだよ。アンタ、素人じゃないね」

「はい。わたしもお寺の娘です。経営難ですけど」

「はは。じゃあ、マジメに人助けやってるんだね」

「マジメかどうかは分かんないですけど」

「いや、そうさ。勝ち組が負け組を救おうなんてあり得ないからね」

「ここやってるお寺は人を救ってないんですか?」

「さあね。お布施いっぱいくれる相手は救うんじゃない? 弟にやらせてる関連企業いっぱいあるからビジネス・マッチングでもやってさ。ここは用に赤字を作り出す施設、ってわけさ」


 ・・・・・・・・・・・・・・


 出口に売ってたキャラ弁を食べ終わり、帰ろうと駐車場に向かって歩きながら小倉姪さんと僕は会話を交わした。


「月出くん。とんだ異世界だったね」

「いや、これを‘異世界’って言ったらラノベファンが怒るでしょ?」

「うーん。でも、これが異世界の現実だもん」

「現実・・・ねえ、小倉姪さん。来るとき、月影寺の御本尊は霊験あらたかだって言ったよね? 小倉姪さんは御本尊のこと、信じてるの?」

「信じるも何も、ウチの御本尊が本堂におられるっていうのは事実だから。御本尊は喋れないしその場から動けないから代わりにおばあちゃんやお師匠やわたしが檀家さんの悩みをなんとか解決してあげたい、って色々やってきただけ。あ、月出くんと矢後さん・金井さんもそれを手伝ってくれて、感謝してるよ」


 かなり変わってて、現実直視でドライなようで、それでいてのんきで朗らかで。でも、護国神社で号泣してた彼女もいて。


 そんな小倉姪さんをいたわってあげたくなった。


「帰りは僕が運転してくよ」

「あ、ラッキー! 山道のワインディング、実は緊張してたんだー」


 運転席に座り、シートとバックミラーを合わせる。助手席では小倉姪さんがシートベルトをつけ、おやつのプチ・チョコの小袋を開けてくれる。はい、と言って僕の口に一粒放り込んでくれた。


「月出くん」

「うん」

「ついでにもう一つお願いしていい?」

「いいよ」

「キスして」


 彼女は一旦締めたシートベルトを外した。僕も外す。


 そのまま顔だけ寄せ合い、キスした。

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