2人でツンデレやってみる

 Zさんの衝撃の告白から一夜。

 ぼくは一睡もできなかった。

 中学生か・・・


 だってさ、今日はZさんが小倉姪さんとデートする日だから。


『ウチのお寺、恋愛禁止なんです』

『な、ならば恋愛でなくお見合いということで』

『はあ?』

『恋愛結婚でなく見合い結婚なら問題ないでしょう?』


 け、結婚!?

 Zさんの発言に小倉姪さんが全く動じていないのもそれはそれで怖い。


『ふうむ・・・Zさん、一つ確認させてください。つまりこれは、‘お見合いしないと論文を出版しない’という脅しですね?』

『そう取っていただいても構いません。脅しでもなんでも私は小倉姪さんと結婚したいんです! もしよろしければ明日の日曜、お見合いしてください!』

『月出くん』


 え? なんで僕に?


『聞いての通り、これは恋愛じゃないよ。だから、お見合いしてみるよ』

『なっ・・・』

『論文のためよ。許して、月出くん』


 と、いう訳でZさんと小倉姪さんはお見合いという名のデートに出かけた。小倉姪さんは昨夜からまるで生存報告のようなLINEを僕に送り続けてきた。


小倉姪:一応お見合いだからと思ってお風呂でリンスを多めに使っちゃったよ٩(๑❛ᴗ❛๑)۶


 という風に。なんか、顔文字もいつもと違う感じだし・・・

 どういう感情なんだろう。


 2人が出かけたのはこの街で一番高い高層ビルに入っている水族館。まあ、無難だよね。それでお見合いらしくお昼はテナントの割烹料理屋さんで食べるらしい。若い者2人きりで。

 あーあ。

 っと、LINEだ。


小倉姪:月出くん、ミノカサゴだっ!>* ))))><


 画像つきだ。僕もあの水族館行ったことなかったからなあ・・・行ってみたいなあ・・・


 ブランケットでも洗おうと思ってマンション横のコインランドリーに行ったらまたLINEが。


小倉姪:月出くん、見て見て! お刺身にトリュフが!


 またもや画像付き。うまそうだなあ・・・でも、いいのかな? いくら割り切ったデートだからってこんなしょっちゅうLINEしてて。しかも僕相手に。なんか、Zさんがかわいそうな気もするな。


「日昇光、たまには外に昼飯食いに行くか!」


なんだか浮かない顔をしてる僕を見て父さんが誘ってくれた。


「え、いいの? 」

「いいぞー。いつも日昇光に家事任せっきりだからな。たまにはラクしたいだろう」

「やった! えーとね。寿司食いたい!」

「回転でいいか?」

「いいよいいよ」


 ・・・・・・・・・


 回転寿司屋で遅い昼ごはんを食べ終わってお茶を飲んでいたらまたLINEが。


小倉姪:なんか、映画も観ることになっちゃった。夜の上映開始だからそれまでカフェでまったりと。こういうの飲んでます(生クリームたっぷりのやつ)


 なんだろ。小倉姪さん、どういうつもりだ? 別に僕にわざわざこんなこと言ってこなくったっていいのにさ。


 ちょっとだけイラっ、ときた。


 あ、また?


小倉姪:でも、月出くんが作ってくれたカフェロワイアルの方がおいしかったな・・・


 小倉姪さん・・・


 ものすごく集中できないけれども今晩も仕事だ。僕と店長はバーで今日も稼がないと。


「日昇光ちゃーん、ブルー・マンデーね」

「はい」


 音楽好きの常連さんのオーダーでいつものカクテルを作ってるとスマホが振動した。

 小倉姪さんかな。どうせまた徒然なるデート報告だろう。今は手が離せない。あとでいいだろ。


 と、思ってたらまたヴッと来た。

 しつこいなと思ってたらまただ。


「なんなんだよ一体・・・」


小倉姪:やーん。こんなベタな恋愛映画だって思わなかったよ。ちょっとだけいい感じ╰(*´︶`*)╯♡


 大体上映中にこんなのダメだろ。


小倉姪:館内が静けさに包まれてるよ。あ。前の席の彼氏さん、彼女さんの肩抱き寄せてる。あ。頭もこつん、てくっつけあってる。うわー。


 ・・・・・どんな映画だ?


小倉姪:あれ。Zさん、泣いてる・・・ピュアなんだね。なんか、いいな、こういう男の人。


 ・・・・え。なんなんだよ、これ。どういうことなんだよ・・・


 そして僕は最後のLINEを確認した。


小倉姪:あ! 唇が・・・


「店長!」

「わ、びっくりした!」

「ちょっと出てきていいですか!?」

「おいおい、仕事中だぞ」

「ちょ・っと、出・て・き・て・い・い・で・すかっ!!」

「ど、どうぞ」


 生まれて初めて父さんに口で勝ったぞ。

それにしても何がどうなってんだ! 論文とか出版とかそんなのどうでもいいだろうが最初っから! クソクソクソクソっ!


 僕はバーテンの制服のまま自転車を爆走させた。路地を曲がり護国神社脇をすり抜け、小倉姪さんを呼び止めた横断歩道を超えたらビルが見えてきた。結構な人だったけれども僕はそのままビルのロビーに自転車を乗り入れる。


「ちょっと! ダメだよ!」


 スタッフっぽい人が大声出してたけど無視してインフォメーションの所に乗り捨てた。

 と、同時にフロアマップで映画館の位置を確認すると15階だった。

 エレベーターはまだ来なさそうだ。

 微妙な高さだと思ったけれども決断した。


 階段ダッシュ!


 20階までなら一般の客も階段が使える。僕は最初は二段飛ばし、そのあと一段飛ばし、10階あたりからは一段ずつだけれども乳酸にまけず高速回転で走り続けた。


 よし! シネコンのロビーだ!

 スタッフがいる!


「すんません! 恋愛映画、どれ!?」

「は、恋愛映画、ですか?」

「どれ!?」

「こ、『子猫と一緒に愛を』ですっ!」

「ありがとう!」


 過去最高速で券売機のチケットを買う。4番スクリーンか。タイトルが『子猫と一緒に愛を』だと? 映画までそんなカワイイもので観客動員稼ごうとしてるからこんなことになるんだっ! こんなことってなんだ? そうだよ、スズメバチの死骸見て号泣するような普通じゃない感覚の小倉姪さんまで子猫のかわいさに騙されて恋愛気分が盛り上がっちゃうんじゃないか! やっぱり僕は犬派だっ! 今後結婚して幸せな過程を築いて僕らの子供が生まれて猫飼いたいって言っても迷わず犬を勧めるぞ! そういえばヤバイTシャツ屋さんに‘ネコ飼いたい’って曲があったな。クソっ! 飛ぶ鳥を落とす勢いのバンドまでがグルなのかっ! ちょっと待てよ? さっき僕は‘僕らの子供’なんて想像したな。僕らって誰と誰だよ!


「月出くん!?」


 あれ? 小倉姪さん!?


「ちょうど映画今終わったところなんだ。どうしてここに? なんでバーの制服?」


 あ。

 唇が、潤ってる。


 やっぱり・・・


「小倉姪さん。唇が・・・」


 あ。思わず声に出ちゃった。


「ああ、これ? LINEに書いといたでしょ? 唇が」

「あ、ああ・・・」

「バリバリに乾いちゃって!」

「えっ?」

「もー、上映中だったのに我慢できなくってさー。スタッフさんに言って外に出させてもらって。大急ぎでリップクリーム買いに行っちゃったよー」


 なんだって?

 僕はスマホを出してLINEの続きを読んでみる。


 小倉姪:館内乾燥ひどいよー。目はシバシバするし唇が乾ききって切れちゃった。ちょっと買い物行ってくるねー(๑˃̵ᴗ˂̵)


 こ、小倉姪さん?


「あ。ところでZさん。あの後主人公の2人、キスしたんですか?」

「あ、はい・・・してました・・・」

「よかったねー」


 Zさん。疑ってすいませんでした・・・


「あ、ちょうど月出くんもいるからさ。Zさん、再確認させてください。わたし、‘お見合い’しました」

「そう、ですね」

「‘お見合いしないと出版しない’ということは、‘お見合いしたら出版する’ってことですよね?」

「えっ?」

「あ。違うんですか?」

「・・・前向きに検討します・・・」


 小倉姪さん、ちょっとひどいかも。

 ん? まだLINEの続きあったのか。えと。


小倉姪:今日はわたしだけ美味しいもの食べたりしてごめんね? 今度一緒にどこか行こうね(o^^o)


 喜んでしまってる僕も、ちょっとひどいかも。

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