2人で営業かけてみる

 小倉姪さんは学会の翌日からも特にこれまでと違った様子はない。どこかの出版社に営業をかけているような様子は見られない。LINEでのやりとりも、


小倉姪:コンビニで買った巨大ストロベリーシュークリーム、1個まるまるいただきましたっ!(๑>◡<๑)


 などとどう反応すればいいか分からないようないつもどおりの内容。

 けれども油断してたらいきなり小倉姪ワールドに引きずり込まれていた。


「小倉姪さん、どこ? そのセンスがハンパないクレープ屋さんって」

「うん、あそこあそこ」


 なるほど。午前でゼミの帰り道、お昼ご飯はクレープにしよう、と強引に誘われてやってきたお店は確かに流行っていた。スイーツがお昼なんてと誤解してたけれども、サラダやチーズやハムなんかを具にしたランチクレープが人気のお店だった。

 お店の前にベンチがいくつか置いてあって、行列がついていた。

 けれどもそれよりも僕が気になって

 いたことがある。


「小倉姪さん、今日の服装、なんかその・・・」

「ほほほ。キュートでしょ?」


 チェックのブラウスにチェックの膝上スカート。そしてチェックのベレー帽、素足にチェックのスニーカー。まあ、意外性から僕の目にはキュートに見える。

 そしてもう一つ気になることが。


「ねえ。そのケース、何?」

「バンドネオン」

「?」


 小倉姪さんはそう大きくない革製の手提げケースから、小さなアコーディオンみたいなやつを取り出した。

 おそらく手の平サイズの小型タイプ。


「あ、知らない?」

「いや、見たことあるけど。なんで?」

「今から辻説法するから」

「え?」


 止める間もなくクレープ屋さんの行列の前に立って彼女は確かタンゴなんかに使われるその楽器を弾き始めた。


「みなさん、世は春の日のごとく暖かな気候が続いておりますが、お元気ですか?」


 聴いたことはあるけれども曲名を思い出せないクラシックの明るいメロディーに合わせ、弾き語りのように小倉姪さんはお客たちに語りかけた。

 逃げるわけにもいかず、ぼうっ、と彼女の横に突っ立って沈黙する僕。

 小倉姪さんは僕の置かれた状況には委細かまわずに演奏を続ける。


「陽光が降り注ぎ人々は芳しきクレープをもしゃもしゃといただく・・・その傍、日陰の冷たさに目をやれば」


 プアン! と短い音をバンドネオンから放つ小倉姪さん。言葉も徐々に増えていく。


「女の子がクラスの子たちから無視され揶揄られ狂わされ、それでもクレープおいしいな」


 これじゃあ威力業務妨害だ。

 でも・・・あれ?

 なんだか、人が寄ってきてる。


「やっぱりクレープおいしいな、涙が出てもおいしいな、いじめに遭ってもおいしいな、はい、月出くん!」

「お、おいしいな」

「もっと!」

「おいしいなっ!!」

「クレープ食べて元気が出たら、わたしの画像を広めてね、お寺の名前は月影寺! 月出くん!」

「月影寺!」

「つきかげてらで月影寺、論文書いてる月影寺、跡取り女の月影寺!」


 スマホを僕らにかざして動画か静止画かを撮っているひとたち。

 最後にバンドネオンのエンディングのメロディーで締め、ベレー帽を取ってお辞儀する小倉姪さん。僕もお辞儀せざるを得ない。パラパラとまばらな拍手で微妙な空気感。


「わたしはハムサラダ。月出くんは?」


 何事も無かったかのように列に並び、小倉姪さんはそう言った。


 ハムサラダとツナタマゴのクレープを受け取って2人でベンチに並んで座るとお客さんが何人も寄ってきた。


「撮ってもいいですか?」

「どうぞ」

「あの、ストリートライブやってるんですか?」

「いいえ。辻説法ですよ」

「あ、ほんとにお寺さんなんですね」


 わざわざ声をかけてくるひとたちは好意的だ。こんなことも訊かれた。


「恋人同士ですか?」

「はい、そうですよー!」


 即答する小倉姪さん。


「ちょ、ちょっと、小倉姪さん?」

「いいからいいから」


 誰に対しての肯定なんだろう。


「じゃあ始めよっか」


 小倉姪さんはそう言うと、自分のハムサラダのクレープを僕の顔の前に、にゅっ、と突き出した。そしてスマホのレンズを2人がフレームに収まるように向ける。


「ちょ、何!?」

「ふふん。プロモーションだよ」


 小倉姪さんは有無を言わさずに互いのクレープをクロスさせて一口ずつ齧る『恋人同士』の画像を撮影した。

 そして、♯月影寺、のタグをつけて、『月影寺でーす。論文書いてまーす。よろしくね(๑˃̵ᴗ˂̵)』と画像と共に月影寺のアカウントからツイートした。


「ごめんね。晒しちゃって。いや、晒しじゃないね、ノロケかな?」

「い、いや、僕はいいんだけど、恋愛禁止なのにお寺のアカウントでこんなツイートしたらまずいんじゃない?」

「大丈夫。おばあちゃんもお師匠には檀家獲得のためのプロモーションもやむなし・・・って後から言い訳するから」


 まあ、そりゃそうなんだろうけど。後付けでほんとに大丈夫かな?


「わ、見てみて、月出くん!」


 ほとんど間を置かずにいいねとリツイートの通知が入ってくる。リプも入る。


『恋人? いいなー、青春!』

『論文て何!?』

『月影寺。一般の人もお参りできるの?』

『彼女さん、かわいー!』


「わあ・・・かわいいだって! いやー、照れるねー」

「いいけどさ・・・こんなのがプロモーションになるの?」

「だいじょーぶ。井ノ部ゼミのブログにつながるようにしてあるから。論文、いっぱい読んでもらいたいね!」


 そんなニーズ、あるんだろうか。

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