2人で論文書いてみる?

「お、おいおい!」

「いや・・・そっとしとけ。近寄るんじゃない」

「ウチって印哲あったっけ?」

「うーーーん。巫女さんならなあ・・・」


 黒の法衣を着た女の子がそこそこメジャーな大学のキャンパスを自転車でポタリングしてる。

 まあ上記の男子学生たちの反応はごく正常だろう。ときめく人間はまずいないようだ。

 僕も目を合わせないようにしよう。


「あー!月出くーん!」


 ダブダブの法衣の袖から細い腕を見せて僕に手を振ってきた。周囲の視線が小倉姪さんに集中したあとそのまま僕に引き継がれる。


「あ、ああ・・・小倉姪さん、こんにちは・・・なんで法衣のまんま?」

「だって今日は檀家さん朝から5軒も回ったんだもん。お寺に帰るまでお腹がもたないからここの学食でお昼食べようと思って。ね、月出くん。案内してよ」


 まるでほんとの学部生のノリだな。まあ、井ノ部さんからの協力要請があるんだから半分そういうもんかな。それにしても。


「目立ってるよ」

「うん? じゃあ、腕なんか組んでみちゃったりして」

「な! なにすんの!?」


 小倉姪さんが急に僕の腕に彼女の白くて細い腕を回してきた。


「えー。友達なら最近はこれぐらいするでしょ?」

「しない! しない!」


 するっ、と腕を外して僕は学食へと彼女を先導した。


 ・・・・・・・・・


「あ、井ノ部さん、こんにちは」

「あら、月出さんに小倉姪さん。どうしたの今日は2人揃って」

「井ノ部さん、まずは小倉姪さんの法衣でしょう」

「いいえ? これが小倉姪さんの正装でしょう? 何か問題あるかしら?」


『いじめ経営学』なぞぶち上げる人はやっぱり変わってる。


 3人とも、きつね・月見・たぬきと全員うどん。示し合わせた訳でもないけど。


「小倉姪さん。せっかくウチのゼミに通ってくれてるから、論文とか書いてみない?」

「え? わたしがですか? 論文って何を?」

「そうねえ、いじめに関わる経営の話だから・・・たとえば『檀家における供養頻度と子息のいじめ・いじめられ発生の割合』なんかどう?」

「ハードルたかっ!」

「月出さん、世のイノベーションは無茶振りから始まるのよ」


 なんか、いきなり深いことを・・・


「わ! おもしろそうですね! 月出くんが一緒にやってくれるなら書きます!」

「ええ!? 僕!?」

「あら。ちょうどいいわ。月出さんも短めの論文何か出して学会に顔つなぎしとかないとね。ところで小倉姪さん、あなたの高校での得意科目は?」

「国語ですね」

「じゃあちょうどいいわ。文章書くの、苦にならないでしょう?」


 ・・・・・・・・・・・・・


 とりあえず期限を一週間と区切り、井ノ部さんから示されたテーマについて2人でアイディア出しをしてみた。

 作業場所は大学の図書館にした。一応法衣は厳禁ということにして。


「月出くん、大学の図書館ってこんな夜遅くまでやってるんだね」

「うん。最近じゃ学外の一般の人にも本を貸し出したりして。地域に溶け込む努力ってやつかな」


 短期決戦なので2日で文献引用全部出し、2日で本文執筆、1日で推敲、1日でサマリー作成、最後の1日で、


「デート!?」

「うん。だあってー、これだけ根詰めて勉強するんだから楽しみがないとやってらんないよ」

「でも、デートという名目はちょっと問題があるよ」

「ふーん。月出くん、じゃあ、何てイベント名にするの?」

「えと・・・」


 やば・・・他にぴったりくる表現がない。やむなく『デート』という名前を受け入れた。


「でもよくおばあちゃんが許してくれてるね」

「『愛の無いデート』って言えば恋愛禁止令には引っかからないでしょ」

「いや、余計いかがわしい感じがするけど・・・ってデートがどうとかじゃなくて、毎晩毎晩の外出をよく許可してくれてるね」

「論文発表したら知名度上がってお布施ガポガポだって煽っといたから」

「はあ・・・すごいねえ、小倉姪さんの剛腕ぶりは。でもこんなニッチな論文、マーケットは狭いよ」

「それが狙い目なんじゃん、月出くん。裾野広くよりも一点突破だよ」


 なんだか自信満々の彼女。

 でも打ち合わせでのアイディアや資料に選ぶ文献はさすがに現役の坊さんだけあって専門性が高いものばかり。サンスクリット語の文献を閉架書庫から出して来た時には驚愕したけど。


「読めるの!?」

「うん。お師匠から叩き込まれて」


 それに普段から問題意識を持ってお寺の経営をしてるだけあって論旨というか物の考え方も明確だった。

 とりあえずパート分けして本文を書き出してみてたんだけど、文章そのものも小倉姪さんは鋭い独特のセンスがあった。


 もしかして、意外とイケてるかも・・・


 サマリーまで完成し、約束どおり日曜日はデートの日となった。


「月出くん、 おいしいね」

「よく来るの?」

「うん。御用達と言っていいレベル」


 2人で行ったのは街の真ん中にある丘陵。そのてっぺんにある峠茶屋ふうの和菓子屋さん。その店の前の横長椅子に並んで腰掛け、鈴・扇の形をした練り切りをつくん、と口に放り込みながら抹茶をずずっ、と飲み・・・小倉姪さんは至福の表情。


「月出くん、論文売れるといいね」

「売れる? ははっ。そうだね。売れたらいいね」


 僕も適当にあしらってたんだけれども・・・

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