2人でランデブーのブランデー
小倉姪さんは一応
まあ、泣上戸の顔がかわいいと言えばかわいかったからもう一度酔わせてみたい気はするけどね。
「檀家さんからこれもらっちゃって」
今日のゼミ生月参りは僕の番で3軒回ってお寺に帰ると小倉姪さんが瓶をぶら下げてた。
「お寺にブランデー?」
「うん。クリスチャンの檀家さんから」
「えっ!? ぶ、仏教ですらない檀家さん!?」
「ううん。国際結婚で奥さんが日本人の仏教徒。ダンナさんがアメリカ人でクリスチャンでね」
「ああ・・・そういうこと」
僕はまた坊さんの格好でアーメンって言ってるのかと思ったよ。
「ダンナさんが飲料系の商社に勤めてて今キャンペーン中なんだって。試供にくれるって。月出くん家のバーに置いたりしない?」
「貰い物を売り物にする訳にはいかないから。小倉姪さんのお父・・・お師匠は飲まないの?」
「一切アルコールはダメ」
「ああ、お師匠に似たんだね」
小倉姪さんが、ムッ、とした顔をする。
「酔わないお酒ってないの?」
「またまた・・・」
あ、でも。
これならどうかな。
「カフェロワイアル、ってやつなら酔わないよ」
「なにそれ」
「角砂糖にブランデーを染み込ませて、火をつけて。アルコールを飛ばしてからその溶けた砂糖をコーヒーに入れて飲む」
「それは、お酒じゃなくてコーヒーなんじゃないの?」
「でもブランデーの香りが楽しめるでしょ」
「確かに優雅な感じはする」
善は急げで2人してお寺の台所に向かった。
「湯のみ茶碗じゃダメだよね」
「小倉姪さん、コーヒーカップってないの?」
「うーん・・・あったかなあ。あ、これならどう?」
ジバンシィの、ストライプが入ったマグカップ2つ。ストライプの色はそれぞれ青と赤。まあ、オシャレだね。
「これね。お師匠とお母さんの銀婚式ってことでわたしがプレゼントしたやつなんだ」
「いいの? そんなの使って」
「いいのいいの。
じゃあ僕らはどうなんだ。
「ええと。どうすればいいのかな?」
「僕もバーでお客さんがお遊びにやってるのを見たことしかないから・・・小倉姪さん、ちょっと大きめのスプーンってない?」
「月出くん、これなんかどう?」
「これ、カレーのスプーンじゃん!」
「ダメ?」
「まあいいや。ライターとかないよね?」
「ん? あるよ、ほら、このローソクに火をつける長いやつ」
「ああ・・・さすがお寺さん。花火とかにも使うやつね。でも全然ムード無し!」
「ぷくっ!」
怒りを擬音と頰の膨らみで表現する小倉姪さんを放っといて僕は作業を続行した。
「ブランデーを少しずつ注げるように小さな容器を」
「急須は?」
「いい加減仏教色を消してよー」
「ごめんごめん、冗談。月出くん、計量カップだっ!」
「まだマシか。では」
インスタント・コーヒーを淹れたジバンシィのマグカップの上にカレー用のスプーンをかざし、それに乗っけた角砂糖に計量カップからブランデーを垂らす・・・
うんうん。いい感じに染みてる染みてる。
「小倉姪さん、電気消して」
夕方の日は翳り、灯りを消すと台所は暗転した。
テーブルで対面に座る小倉姪さんの前髪がぼんやりと見えるぐらいに目が慣れた時、ローソク用のライターで僕はそれに火を灯した。
「わあっ♡」
あ、これは想像以上にいい!
小倉姪さんが女の子らしいときめきの声を上げるのも分かる。
角砂糖は青い可愛らしい炎をポワッ、と揺らし、表面がジジッ、と焦げる瞬間に溶けてブランデーとカルメラのような甘い香りが台所に充満する。
「きれいだね」
小倉姪さんの声で炎が微かに揺れる。それくらい繊細な炎。
そして、小倉姪さんの顔が、近い。
改めて彼女の顔を見つめると、まつ毛がとても長いことに気づいた。
そこまではっきりした二重じゃないけど、炎を見つめながら何度か
炎を見れば、自ずと小倉姪さんと僕は見つめ合っている、そういう風になっていた。
「ねえ、月出くん」
「う、うん」
「もっと、近くで見ようよ」
「うん・・・」
炎に瞳をゆっくりと近づける僕ら。
パッ!
と音がしたように感じた時、天井のLEDと、それから声がした。
「何を乳繰り合っとるんじゃ?」
「お、おばあちゃん!」
「え? 乳繰り合う・・・?」
古語に近いその表現の正確な意味を僕は分かってない。
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