2人で難儀を乗り越える
「やば・・・」
「どうしたの、
「スマホ忘れちゃったみたいで」
「おり。マズいじゃん」
「店長、ちょっとスマホ借りていいですか?」
「いいよー。ほい」
いわゆるここは女装するゲイ・バー。
でも僕はゲイではない。
店長がゲイでその店長が僕の父親だ、ってだけだ。
元々はゲイじゃなかった。母さんが死んで表現のできない寂しさをこういう方法でしか解消できなかったらしい。母さんの死をきっかけに街唯一のこのゲイ・バーを創業した。
僕は女装しないボーイとして家族経営を手伝う。店内では、店長・敬語、が父親との約束だ。それに文学を愛する僕は、だから彼の転身を理解できる。
「どう? 繋がった?」
「一応コールは鳴ってます。どうしようかなあ・・・」
単に家に忘れただけかもしれず、ロックをかけたり警察に届け出るのもなんとなく躊躇した。店長に断ってとりあえず店長と同居するマンションに戻らせてもらう。
自転車を走らせながら小説風に思考する。
『マンションまでは10分ほど。誰かに連絡してどうにかなるわけもなく、そもそもアドレスは全部スマホの中にある。彼がそう思って自転車で交差点を渡りきった時、それが視界に入ってきた』
今時珍しいな。電話ボックス。
あ。彼女の家なら載ってるかな。
ガラス張りのドアを開けて直方体の中に入る。タウンページを繰ってみる。
「・・・と。『月影寺』これか。って、テレフォンカード買わなきゃいけないのか」
1000円札を入れて二度と使わないだろう電話代を買った。
ほんとに気分でしかない。なんとなくお寺にかけてみようと思ったのは。
『はい、月影寺です』
お母さん? おばあちゃんかな?
「わたくし、月出と申します。カミツカエさんはおられますか?」
『・・・いますよ。カミちゃん、カミちゃーん!』
『はーい』
『月出って男から電話!』
おばあちゃんか・・・
『わ。どうしたの、月出くん? ていうか‘女の子の家に電話して家族に取り次がれて嫌味を言われる’なんてシチュエーションをこの時代に経験できるなんて思わなかった」
「ごめん。スマホをどっかに忘れちゃったみたいで」
『うわ。大変』
「家にあるかもだけど」
『ふむう。でも寸暇を惜しむべし!』
‘寸暇’は誤用だろうな。
『ちょっと待ってて。お父さーん、お父さーん』
『人前ではお師匠と呼びなさい』
なんだ?
『お父さん、男の子家に呼んでいい?』
『こんな時間にか?』
『スマホ無くして困ってるんだって』
なんか、大変そうな家だな。
『いいって。マンションは近いんでしょ? 行ってあったら連絡して。無かったらそのままウチに来て』
「お寺でいいんだよね?」
『うん。場所、分かるよね』
「大体。ごめんね、なんか」
『いいよー。わたしのアドレスも入ってるからわたしの問題でもあるよー』
「ごめん・・・」
マンションには無かった。
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