2人の愛は縛りを受ける

 物語の展開としてはさっさとあの子に再会したいところだ。

 小説を読むことが好きな僕はその読書の趣味が高じて純文学の世界を生きるような感覚で日常を捉えている。


 たとえばこんな感じ。


『アスファルトのやや光る黒灰色の路面にもっと眩しい白のラインが僕の目を射る。その光量を生み出している日はもっと眩しいのだが視線を上げざるを得ない。上げたその先には・・・』


 あ。

 居た。


 泣き顔から普段の顔を見てその素顔を判別するのは困難なはずだけれども、彼女の本人確認はあっさりできた。


 昨日と同じ、キャンパス地の紺のデッキシューズを履いてたから。

 ソックスのない素足が映える。


 横断歩道をこっちに渡ってくる。


「ねえ」


 多分白線を律儀に選んで踏んで来る彼女をちょうど真ん中ぐらいの距離で真正面から呼び止めた。


「?」

「キミ、昨日護国神社にいたでしょう?」

「うん」

「なんでさ」


 と。青が点滅してる。


「渡っちゃおうか」

「え。わたしこっち側なんだけど」


 勢いは僕の推進方向だったので彼女を逆方向に渡らせた。


「なんで泣いてたの?」

「・・・ジト」

「?」

「ジトジト・・・」

「それ、何の音?」

「ジト目の擬音」


 お。かわいい。

 素顔はやっぱり普通だけど。

 その口がモグモグするみたいに僕に提案してきた。


「あのさ」

「うん」

「あなたの疑問の前に名乗り合わない?」

「あ。そっちが先?」

「だって、そうでしょ? このままじゃ不審者同士じゃない」

「ごめん。僕は月出」

「いいね。『僕』。わたしは小倉姪こくらめい

「え。どんな漢字?」

「こう書いてこうこう。で姪っ子の姪」


 わかりやすかった。僕は続きに戻る。


「で、小倉姪さん。なんでキミは泣いてたの?」

「それはね、月出くん。人生の儚さを感じてしまったのさ」

「あのスズメバチ?」

「なんだ。そこまで見えてたんだ。そうそう。そゆこと」

「もう一つ質問なんだけど」

「なんなりと」

「あそこまで泣きじゃくるのはどうして?」

「ふうむ。やっぱりそこか・・・」

「そりゃそうでしょ」

「秘密」


 まあ当然か。

 にしても、なんて自然にコミュする子だろう。この僕を相手にして。


「月出くん」

「なに」

「わたしから1 Question」

「Sure」

「これはわたしをどうにかしたいの?」

「どうにかとは?」

「まあ、遊び相手にしたいとか」


 なんて広範囲な語彙だ。


「興味はあるよ」

「そうだろうね」

「キミは?」

「うーん。道を歩いてていきなりこんなことされたら、関わらざるを得ないよねえ」

「ごめん」

「いいよ。なにかの縁でしょ。わたし向こう側のカフェにお昼食べに行くところだったんだ。一緒にどう?」

「うん。是非」

「あ、言っとくけど」

「なに」

「わたしん、恋愛禁止だから」


 誰が禁止してるんだろ。

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