第26話 笑って、泣いて、喧嘩して、手を繋ぐ
みんなで巨大迷路にも挑戦をした。穂乃香さんに付いて回っただけだけど、脱出最短記録で表彰された。
スカイウォークというモノレール、ガタガタ揺れるゴーカートにも乗った。
両方とも二人乗りだったから、穂乃香さんといよちゃん、くうちゃんと私に別れて楽しんだんだけど。
乗る度に繋がれる手のひらが。じんじんと熱を伝えてくるせいでいつの間にかゴールをしてて、覚えているのは痺れるような手の心地よさだけだった。
車椅子に戻るときに離されて、また別のアトラクションに乗るたびに自然と繋ぎ直される。
少しひんやりしてるくうちゃんの手が、私の熱を持っていってくれるみたいで、もっともっとと求めてしまっている自分がいた。
「さぁてと次は……、あれに決めた!」
目に付いたアトラクションから次々に乗ってきて、そんな穂乃香さんの目に止まったのは、長い行列が出来ているアトラクションだった。
「この遊園地の最大の目玉、スパイラルジェットコースターでございますね」
見上げると、ちょうどベルが鳴って発車した。行き先を見ると遊園地の外周に沿ってうねうねとレールが続いている。
「スパイラルの名に恥じぬ
ぐるんぐるんと回転をして、そのまま高速でカーブに突入し建物の影に消えていく。
乗ってる人達はバンザイしてたみたいだけど、怖くないの?
「いやー、待ち遠しいな! あの先も延々とスパイラルしてるらしいし、そりゃもう上も下も分かんないくらいぐるんぐるんなんだろうなー」
前の回に乗っていた人達だろう、ちらほらと出口から降りてきた。けれど中にはそのまま待ちの行列に並び直す人もいて、こうして話している間にも列が伸びていく。
「さあ私達も列に加わろうでは無いか!」
「穂乃香さま、申し上げにくいのですがよろしいでしょうか」
一歩目を踏み出そうとした穂乃香さんを、その肩に乗るいよちゃんが呼び止めた。
「うん? どうしたんだ、
口では挑発しているけれど、穂乃香さんは素直に足を止めている。
「いえ、そうではありません」
「では?」
「現実問題として私は、最初の下りで吹き飛ばされてしまいます」
想像してみよう。さっきの人達みたいに穂乃香さんがバンザイをするとして。
下り坂にさしかかり、バンザイをした穂乃香さん。いよちゃんはその笑顔の隣で揉みくちゃになりながら、弾き飛ばされ落ちていく。
「それで?」
あ、いよちゃんは下で待つんだ。そりゃそうだよね、いくらいよちゃんでも普通に肩に掴まってるだけなんだから。
「やむを得ず先に脱落する私を、どうかお許しくださいますようお願いします」
待って、乗るつもりなの?!
「そうか」
穂乃香さん?!
「駄目だよっ! いよちゃんが怪我しちゃう!」
「はっはっはっ、冗談だ末那」
どうやらからかわれていたらしい。
「良かった」
ほっと胸をなで下ろす。穂乃香さんはどこからが本気でどこからが冗談なのか、その区別がよく分からない。
「私は良くないが」
「え?」
穂乃香さんはがっくりと肩を落とし、いよちゃんが慌ててバランスをとった。
「末那が私をどう見ているか、よく分かったよ……。どうせ私はマッドサイエンティストさ……」
「えぇぇぇっ」
そんなつもりじゃ全然なくて!
って、ぁ、笑ってる?
「もしかして。また私、からかわれました?」
「くっくっくっ、許せ末那、このコースターが楽しみでならないんだ」
助かった、てそうじゃないか。もぅ、穂乃香さんには遊ばれてばかりだよ。
「よし、行くぞ末那、くうちゃん」
「恐れ入りますが、穂乃香さま。末那さまにはいささか厳しいため、乗車をご遠慮していただきたく存じます。末那さまもよろしいですか?」
「私はまぁ、全然いいよ」
ティーカップやゴーカートくらいなら平気だったけど、流石にこれはそうだろうなと思ってた。
「ふむ。それじゃ二人で乗るか!」
「いえ、末那さまがお乗りになれないのに私めが」
「いいよ、くうちゃん。穂乃香さんと楽しんできて?」
くうちゃんの目が私と穂乃香さんとを行ったり来たりしたけれど、穂乃香さんについていくことに決めたみたいだ。
「それでは、行って参ります」
「おー、並ぶぞー!」
二人は揃って駆け足に、列の一番後ろに加わった。発車場は見上げるほど上にあるけれど、そこに続く階段は列待ちで塞がっていて、下りてもまだ折り返しで続いているほどだ。
乗るにはまだ何周か先まで待つ必要がある。
「それじゃ、私達もそこのベンチに行こっか」
いよちゃんを肩にそっと乗せて、ジェットコースター乗り場が見えるすぐ近くのベンチに向かう。
ちょうど木陰になっていて、ゆっくりするには最適な場所だった。
車椅子を隣に置いてベンチに座る。いよちゃんは肩から降りて、ベンチに並ぶようにして座った。
「末那さま、少しお話しませんか?」
「お話って……、あらたまってどうしたの?」
いよちゃんから話を振ってくるなんて珍しい気がする。
「これまで、このように二人で話す事はありませんでしたので。この機会にお話できたらと思いました」
そっか、言われてみれば初めてか。
「何の話する?」
「姉さまのことを教えていただけますでしょうか?」
「くうちゃんのこと?」
「差し支えなければでよろしいので」
穂乃香さんとの参考にでもしたいのかな。いよちゃんも勉強熱心な子だ。
「そうだね……。最初は、私がいつも通り朝起きたら、ベッドの横に見ず知らずの女の子がいたんだよ」
まだ数日前のことなのに、すでにもう懐かしい。
「私はびっくりして跳ね起きて、ベッドを挟んでにらみ合いになっちゃって。しかもよくよく見たらメイド服着てるしさ? そりゃもうすっごく怪しくて」
今思い出すと笑えてきちゃうけど、あのときは本当に怖かったんだ。
「助けを呼んだり逃げ出したりしたかったけど、私はドアの反対側で、どうしてもその子に
出会いも褒められたものじゃなかったし、あまりに突然過ぎたからなかなか信じられなくて。でも悪い子じゃないことが分かって、プログラムですと言われたらもう受け入れるしかなくて。
「たしか……『末那さまのご病気を治すため、『二人暮らし』に参りました。末那さまどうか末永く、お傍に寄せていただきとう存じます』って言われたんだよ」
あれからまだ数日しか経ってない。けれどこれまでにないほど濃厚な時間を過ごして、穂乃香さんやいよちゃんとも知り合えた。
「末那さまと姉さまはそうして知り合ったのですね。なるほど、姉さまはそうして末那さまに寄り添いだしたのですね」
いよちゃんは感心しきりというように、ほうと息を
「ほ、他に聞きたいことはあるっ? まだ順番待ちに時間かかるみたいだし、今のうちだよ」
「そうですね。少々お待ちください」
いよちゃんは少し考える素振りをして、順番待ちの二人を見ながら口を開いた。
「姉さまの手の
「ふぇっ?!」
「ですから、姉さまの手はいかがでしたか?」
な、なななっ。
「なんで?! いや、そ、そうじゃなくてっ、ぇ?」
「やはり、お
あぁ、照れ隠しに言っちゃったのが恨めしい。
「いつから? いよちゃんは何を見ちゃったのっ?」
そんな、まさかいよちゃんに知られていたなんて。
「はい、お化け屋敷から出てきた際に、お二人のご様子がいささか変化していることに気付きました」
そんなに分かりやすかった?
「それで注視していると、しきりにお手を繋がれている様子。なぜこのようなことを? いえ、
……ズルいよ。
そういう風に言われちゃったら、話さなくちゃって思うじゃん。
「えっと。これも最初の頃の話なんだけど、いよちゃんは、バイオロイドは感情を知らないって知っている?」
「はい、問題ありません。バイオロイドは人を
いよちゃんもそのあたりは知ってたんだ。というか大まかにしか分かってない私より、かなり詳しいんじゃないのかな。
「うん、それでね? そのことを私が知ったのは、ちょうどクジラの……、ってこれはいいか。とにかく、恋は素晴らしい物で、だからくうちゃんに知ってもらいたい、て思ったんだ」
笑って、泣いて、喧嘩して、手を繋ぐ。そのどれもが抱きしめたくなるくらい温かで、大切なもの。
「私にとって、恋は憧れだったんだ」
当たり前に学校に行き、クラスメイトと今日の授業の話をしながら家に帰る。日に日に深まる友情と近づく距離に、お互いを意識して。
「ほら、私はこんなだからさ。学校に行くことすら出来なくて、恋なんか、夢のまた夢だったんだ」
家族すら離れちゃった私なんかに、当たり前だけど友達と呼べる人はいなかった。だから。恋はドラマや漫画で見聞きしたことがその全てになっていて、いつしか憧れている自分がいた。
「だから余計に、くうちゃんに知って貰いたかったんだと思う」
何かを残したくて参加したプログラム。その新しい治療法がどうなるのかは知らないけれど。それはそれとして、私自身が残せるものがあれば、っていう気持ちがどこかにあったんだろう。
「私だって恋したことがなかったのに、知って貰いたいだなんておかしいよね」
今なら分かる。あのときの自分は、恋に恋をしてただけだった。
「では、末那さま。今はどうなのでしょう?」
いよちゃんは首を傾げる。
「今? 今はね……、そうだなぁ」
一目惚れとか、そういう分かりやすい理由こそないけれど、でも……。
「ヒミツかな」
口にしなくてもバレてる気がするけどね。
「そう、ですか」
少し意地悪だったかな。
「気になる?」
「気になりますが、いえ、決して深追いはいたしません。つい先ほど学習しましたので」
「ぁ、それくうちゃんも言ってたな。学習しました、てやつ。めっきり言わなくなっちゃったけど」
列の二人に目を向ける。ちょうど列が動き出して、ようやく二人はその先頭に着いたところだ。
「さ、そろそろ乗り込むみたいだよ! ちゃんと応援しなくっちゃっ」
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