7章 トキメキ、ウケトメ

第24話 みんなと呼べること

 一夜明け、今日もくうちゃんに車椅子を押してもらって部屋を出た。


 この出発の仕方にも、始めの頃こそなんで歩けるのにと嫌々だった。けど今じゃもう、なんの抵抗もなく利用することができている。


 穂乃香さん達との待ち合わせ場所はこの病院の玄関ロビー。

 早めに着くよう部屋を出たけど先に二人の姿がそこにはあって、手を振って合図した。


「お待たせしました、穂乃香さん」


「おー、おはよう末那。私達も今来たトコだ、くうちゃんもおはよう」


 穂乃香さんは今日も白衣姿で右肩にいよちゃんを座らせている。そのいよちゃんの背中には錆び色のゼンマイがのっていて、確かにこれなら玩具オモチャだって言い張れるかも。


「おはようございます、穂乃香さん、いよちゃん」


 今だってロビーにはたくさんの人がいるけれど、誰も穂乃香さん達には目を向けてない。

 この場所にいる人達は受付待ちだったり立ち話をしていたりするけれど、穂乃香さん達は自然にこの場に溶け込んでいた。


「おはようございます、穂乃香さま、妹」


「末那さま、ねえさま、おはようございます」


 私達に続いてくうちゃん達が挨拶をした。


「どうされましたか、末那さま。そんな不思議そうな顔をされまして」


「ぇ? あぁいや、前からちょっと思ってたんだけどね?」


「はい」


「くうちゃんって、いよちゃんのこと妹って呼ぶよね。なんか気になっちゃって」


 穂乃香さんが手を加えたとは言え、くうちゃんが名付け親には違いない。それでなくても妹って呼ぶのはちょっと変な気がするし、どうなんだろうって思っちゃう。


「ほう。末那は気にしぃだなぁ。私は全然気にしてなかったが、そういうのは普通気になるものなのか」


「ぇ、気にならないですか?」


 そんな不思議そうな顔で見られても。おい、とかお前とか、名前で呼んで貰えないのって地味に嫌だと思うけど。


「気にならないな。呼び分けが出来ているならなんでもいい。と、私のことは置いといてだ。いよちゃんは妹と呼ばれることはどう思う?」


「はい、嬉しく思います」


「ぇ」


 嬉しいの? そんな雑に呼ばれて。誰だって嫌なんじゃないの?


「ほう。どうしていよちゃんはそう思う?」


 穂乃香さんは私の疑問を汲み取ってかわりに聞いてくれた。


「はい。特別だからです」


 いよちゃんはぱちぱちとまばたきをした。

 ごめん、鳥の表情はちょっと読めないよ。


「なにが特別なんだ?」


 穂乃香さんが聞いてくれる。


「はい。末那さま、穂乃香さまは私を、いよちゃんと呼ばれます。姉さまだけが私を妹と呼ばれます」


 それは、そうだけど。


「私はそこに特別な繋がりを見いだしております。ですのでこのまま妹、とお呼びいただければと思います」


 いよちゃんはそうきっぱりと言い切った。


「ちなみにくうちゃんはどうして妹と呼んでいるんだ?」


「妹だからです。妹は私めを姉さまと呼びます。であれば、妹、と呼ぶことに差し支えないかと判断いたしました」


 えぇっと、そういう問題なの?


「だそうだ、末那。いよちゃんは気にしてないし、むしろ気に入ってるらしい。くうちゃんは特に理由なくそう呼んでいた。これじゃ納得できないか?」


「納得っていうか、まぁ」


 二人がそれでいいなら、これ以上とやかくは言えないな。


「末那さまがおいやであれば変えますが」


「うぅん、大丈夫、そのまま呼んであげて?」


「はい、かしこまりました」


「それより……。いよちゃんが背中に背負ってるそれ、重たくないの?」


 取り付けるというと変だけど、部屋から背負ってきたんであろうゼンマイが鈍く輝いてアピールをしている。

 それはいよちゃんの体に比べて不釣り合いなくらい大きくて、大変なんじゃないかと心配になる。


「お心遣い痛み入ります。これはサイズこそ大きいですが、材質はプラスチックで出来ており、そういう塗装をしているだけのアイテムになります。ですので、重量はさほどでもありません」


 いよちゃんが動くときとかにバランスが崩れちゃわないかと思ったけれど、それも平気、かな?


「……ずれ落ちたりもしない?」


「はい、こちらのゼンマイは羽の下で、きちんとベルトで体と固定されております。多少のことでは外れることはありません。なお、こちらのカモフラージュアイテムは姉さまがお作りなさられました」


 いよちゃんは誇らしげに胸を張る。理由はどうあれ姉さまからのプレゼント、だったら嬉しいに決まってるか。


「良かったね、いよちゃん。さっきから見てたけど、誰もいよちゃんのこと気付いてないよ。本物の玩具だって見られてる」


 こうして喋っている今も、誰もこちらを見もしない。昨日はこの、ゼンマイ大作戦だっけ? どうかと思ったけど、この調子なら上手くいきそうだ。


「はい、お褒めいただきありがとうございます。お二人の双子コーデもお似合いですよ」


 ふ、双子コーデ? なんだか不穏な言葉に聞こえるんだけど。 


「ん? 末那とくうちゃんの格好はペアルックというんじゃないのか?」


 お出かけの定番着になっている、白ブラウスにチョコレート色のスカートはくうちゃんが仕立てたノーブルドレス。


「ペアルックもお揃いの格好という意味を指しますが、双子コーデは双子コーディネートを略した言葉で、仲の良い同性同士が同じ格好という意味です」


 な、仲の良い同性同士って。


「ほう。ファッションや流行はやりはからきしうとくていかん。似合ってて可愛いぞ、末那、くうちゃん」


 お出かけならこの服って感じで着てきちゃったけれど。行く場所も遊園地だし、双子コーデって生温い目で見られちゃうんだ私達。


「ぁ、ありがとうございます。うぅ……」


「末那さま、お気をたしかに」


 これまで出かけたこともなかったし、まだあんまり着てもないからこの一着で充分だって思ってたし。

 くうちゃんはくうちゃんで、この服じゃなかったらあとはあのメイド服、ゴシックエプロンドレスだっけ、になっちゃうし。


「こんなことならもう一着、作って貰えば良かった」


 今から作ってと言ったところで、もうどうにもならないよね。


「末那さま」


「うん?」


「私めは、末那さまと双子コーデができて嬉しゅうございます」


 ……くうちゃん。


「ぁ、ありがと」


 …………。


「末那が何を落ち込んでいたのか分からないが、私なんていつもの白衣だぞ? それに比べたら二人ともお洒落しゃれだと思うがなぁ」


 そういえば穂乃香さんが私服でいるのを見たことがない。


「穂乃香さんはお休みの日はどんな服を着てるんですか?」


「私はいつもこの格好だ」


 そんな自信満々に。


「穂乃香さまは就寝されるときもこの格好で、同じ服を十着以上はストックされています」


「末那さまと同じですね。末那さまは病院服を十着以上ストックしています」


「そうか、それじゃ私と末那は似たもの同士だな!」


 そう、なるのかな? いや、でも私の方がまだマシだと思いたいんだけど。


「さってと、そろそろ行くかー。とりあえずもう車は着いてるからな」


「さぁ、行きましょう末那さま」


「うん」


 穂乃香さんに続いて、みんな揃って外へと向かう。

 準備万端ととのって、遅刻もなければ忘れ物だってしていない。

 自動ドアを出ると、まぶしいくらいの快晴が広がっていた。


「どうされましたか、末那さま」


「ぇ?」


 くうちゃんは車椅子を押す手を止めて立ち止まる。


「いぇ、ほんの少し、後ろを気にされていたようでしたので」


「なんでもないんだけどね……。やっぱり、ちゃんと行ってきますって言った方がいいのかなって」


 部屋を出てから女医さんのとこに寄ったけど、離席中のプレートが下げられているだけで会えなかった。


「末那さま、大丈夫ですよ。外出届けもきちんと先生から許可をいただいておりますし、また後日、土産みやげ話を持ち帰れば良いと思います」


 みんなと出かけると、誰かに伝えようとして、それはできなかったけど。


「……うん、わかった。ごめんね、くうちゃん」


 それでも、みんなと出かけて、土産話を持ち帰る日が来るなんて。

 そんなこと、思ってすらいなかった。


「二人とも、こっちだこっち、さあ出発だ!」


 穂乃香さんが車の前で手招きをしている。


「行きましょうか、末那さま」


「うん。よろしくね、くうちゃん」


「はい。とても良いダブルデート日和びよりです」

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