第23話 正しい関係性の深め方

「あのね」


「はい、どうされましたか末那さま」


「あの、ダ、ダブルデート、ってなんのことか教えてくれる?」


 きっとくうちゃんと私の間には、重大な認識のズレがあるに違いない。

 あぁもう熱くなってきたっ。


二組ふたくみのカップルが、一緒におでかけをすることです」


 なんでそんなに冷静なのよっ!


「カップルって、えっと、その」


「はい。恋愛関係にある二人一組をカップルと呼びま」


「あーもぅ聞こえなぁーい!」


 くうちゃんの口からそういうの聞きたくないし!


「聞こえませんでしたか? ではもう一度、恋愛関係にある二人ひと」


「ストップ、ストップだからくうちゃんっ」


 あわわわわ。


「末那さま、少し冷静になりましょう」


「むしろなんでそんなに落ち着いてるのっ?」


 くうちゃんだって当事者なのに!


「はい末那さま、吸って―、吐いてー、吸ってー、吐いてー」


「すー、はー。すー、はー」


 くうちゃんの真似をして背筋を伸ばし、息を吸いつつ両腕を高く上げ、吐く時に少しずつ下ろす。


「はいリラックス、リラックス」


 くうちゃんの腕の動きに合わせて深呼吸を繰り返す。


「すー、はー。すー、はー」


「はい良く出来ました。文字通り一呼吸置くことが出来たかと思います。いかがですか?」


「ありがと、ちょっとはマシになったよ」


 ちょっとはモヤモヤが晴れたかな。


「それで末那さまはいったい、何をそんなに慌ててらっしゃったのですか?」


「え、ぁ、その……」


 私とくうちゃんって、そういう、その。


「恋を知って欲しいと仰りました。私めが恋をするとなると、必然その相手は末那さまになります。そして僭越ながら私め、末那さまの恋人を務めさせていただけているものだと思っておりました」


 どうしてそんなに落ち着けているのかなっ。


「それとも。先生が仰ったようにこの恋は、末那さまが求められましたそれとは違い、偽物だったのでしょうか」


「くう、ちゃん?」


 はっとしてくうちゃんを見るといつもの澄まし顔だけど、いま確かにくうちゃんの声は震えてた。


「末那さまどうか、お教えくださいますようお願いします」


 聞き違いなんかじゃなくて、やっぱり声が震えてる。

 私ばかり舞い上がっちゃってたけれど、くうちゃんは不安に思ってた?


「女医さんの言ってたこと気にしてたんだ……」


 くうちゃんがそういうことを気にするなんて、これっぽっちも思わなかった。


「私めは、医療用バイオロイドNo.9、末那さまとプロジェクト二人暮らしをするために生まれました」


 くうちゃんは力なく笑う。


「絹のようになめらかな白髪はくはつと、琥珀色の瞳に白磁はくじを思わすやわい肌。全て末那さまに合わせたもので、口調も「サクラ学舎の三人娘」から、普段着の給仕服だってそうです」


 穂乃香さんも言ってたっけ。私に気に入られるかが最初のハードルだったって。


「ですから、私が末那さまに向けるこの情動は好意に他ならず、むしろそうでなければならないのです。ですが先生は、それは末那さまが求めた恋ではないと。末那さまに好いて欲しいと思う、この気持ちは違う、と。それは、本当でしょうか?」


「本当って聞かれても」


 私は恋多き乙女じゃないし、女医さんのように大人でも、お医者さんですらもない。


「くうちゃんはバイオロイドで、ご主人様っていうか、私に気に入って貰うことはもとから決められていたことで、だからえぇっと」


 私には分からない。でも、分からないなりに考えることはできる。


「義務っていうか、そう、義務感だ! で、恋は義務とかそういう押しつけられるものじゃなくって、だから……」


 考えた。

 考えたけど。


「女医さんの、言うとおりかも」


「そう、でしたか」


 くうちゃんに恋を知ってもらいたい。

 なのに恋がどんなものかを自分でよく分かってなくて、言われるまで考えてもこなかっただなんて。


「ごめん、くうちゃん。無責任すぎるよね」


 くうちゃんはずっと、恋にまっすぐ向き合ってくれていた。


「末那さまが謝られることではございません。私めがきちんと把握していれば良かったことでございます。そうすれば、もっと時間をうまく使えたかと思います」


「うぅん、くうちゃんは悪くない」


 今思えば、私は恋に恥ずかしがってばかりいた。だからきちんと向き合うことができてなかったんだと思う。


「くうちゃんは、悪くない」


 私は隣にいたのに、ただ二人の話を見守るだけでなんにもしなかった。

 きっとあのときくうちゃんは、女医さんに言い返したかったんだ。

 なのに私は黙って聞いてるだけだった。


「末那さま。私めは、末那さまに恋をしています」


 うぅ、そんな真っ直ぐな目で見ないでよ。

 ただでさえ恥ずかしくて逃げ出したいくらいなのに、もう顔もまともに見れないよっ。


「残念ながら、私めがこれまで恋だと思っていた感情は、偽物でした。いえ、偽物ではないのかもしれません。ですが、決して本物だとも言えないのです」


 バイオロイドは恋ができない。もとより感情を搭載していないから。


「何が恋なのか分かりませんが、声を大に、誰にも恥じることのない恋を見つけたいのです」


 それでも、私は恋をしていると。

 くうちゃんはそう言いたくて、ダブルデートだなんて露骨な言い方をして私をたきつけてきたのかな。


「今回のおでかけはそれを学習するよい機会だと捉えています。そこで準備を万全に整えて、いくつかの検証にあたりたいと思っています」


 もうくうちゃんの声は震えてないし、力強さが戻っていた。


「準備? 検証?」


「はい。先ほど妹の処遇についてお話ししたことも準備の一環でございます」


「あぁ、そうだったんだ。それで検証の方はどういうことするの?」


「はい。今回、先生から厳しいご指摘をいただきましたが、同時に助言もいただくことができました。それは大変ありがたいことと受け止めておりますが、私めは、未だ恋と断言できるものを理解しておりません」


 それは、私だって恋がなにか分かってないし。

 これまで恋という響きに恋をしてたというか、上辺うわべだけをなぞっていたんだなってことがよく分かる。


「そこで、スタート地点に立ち戻ろうと思います」


「スタート地点? えぇっと、中庭に行こうってこと?」


 私達が二人で初めてお出かけをした、植物の楽園みたいなあの場所にもう一度足を運んで気持ちを確認するのかな。


「いいえ、違います。何事も真似から始めるのは大切だという言葉があるらしいです。ですのでこれから、私めと一緒にそこにある本を読みましょう」


 くうちゃんが示した先にあったのは、「サクラ学舎の三人娘」の漫画本。


「え」


「こちらの本を熟読し、おでかけらしいおでかけを実現いたしましょう」


 心なしか、くうちゃんの声が弾んでいるように聞こえた。


「おでかけらしいおでかけって、え?」


 くうちゃんは「サクラ学舎の三人娘」シリーズのなかからおもむろに一冊取り出すと、ぱらぱらとページをめくり目を通す。


「例えばこちら。手をつないでお団子屋さんに向かう三人が歩いています」


 またぱらぱらとページをめくる。


「またこちらではジュースをひとつ注文し、一対のハート型ストローでお二人が召し上がっておられます。さらにこちらでは、ケーキを半分こして食べていますね」


 くうちゃんの気持ちは分かる。分かるけど、え、私とくうちゃんでこれをするの? え?


「買い食いが出来ませんので半分こは無理ですが、ストローの方は実現可能です。遊園地にこのようなストローがあるか分かりませんので、自作することになりますが、充分明日までに作成可能です」


 そこまでするの?


「末那さま、お付き合いのほどよろしくお願いいたします」


「う、うん、よろしくね、くうちゃん」


 やっぱりごめん無理ですなんて言えそうにない。


「では本日は、夜食の時間まで座学といたしましょう。末那さま、よろしくお願いいたします」


 本棚から「サクラ学舎の三人娘」シリーズが取り出され、目の前に高く積み上げられた。

 いつもは楽しく読めているのに、今はこの高さが恨めしい。


 でも、私も恋に向き合うって決めたんだ。

 だったらこれくらい平気じゃなきゃ嘘になる。


「こちらこそお手柔らかにお願いします」


 明日は上手くいきますように。

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