第22話 出たトコ勝負のいさぎよさ

 どうして遊園地? なんて疑問は口の中で溶けていき、じんわりとした温かさとなって広がった。


「くうちゃん……。あれは夢の話だよ」


 その日の朝、私はうなされていたらしい。らしい、というのはもう記憶の片隅にもないからだ。


「いくら夢とは言え、うなされるほどのことをないがしろに出来ようはずがありません。それに、その夢も水族館にお出かけしたことが影響していると考えられます。でしたら落ち度は私めにございます」


「そんな落ち度だなんて、そこまで気にすることじゃないって」


 水族館は楽しかったし、シャチのショーはすっごく感動的だった!


「名誉挽回のためにもと、候補地として押させていただきました。さいわいにも穂乃香さまから熱い賛同を受けることができまして、無事に行き先として決まりました」


 穂乃香さん達がいいならそれでいいけど。


「あれ、いよちゃんは大丈夫なの?」


 バイオロイドで意思疎通はできるけど、見た目は完全にウズラだし。


「はい、穂乃香さまと確認をとりましたが、衛生上の問題から飲食スペース以外は大丈夫だそうです」


「そっか、それは良かった」


 いよちゃんだけ仲間はずれ、なんてことにはしたくない。


「明日は朝に当病院の玄関ロビーで穂乃香さま達と待ち合わせをし、一台の車で遊園地へと向かいます。乗車定員が介護者一名と他三名の車となりますが、妹はカウントされませんのでその分スペースはございます」


 そっか、いよちゃんはそういう意味でも別枠になるんだ。


「ぇ、ちょっとまって。それじゃいよちゃんは車の中でどうするの? シートベルトとかないよね?」


 車椅子は車輪がロックされてシートベルトも備え付けのものがある。

 けれどいよちゃんには大きすぎてつけれない。


「移動中、妹は鳥かごに入る予定です」


「と、鳥かご!?」


「はい」


「……それでいいの?」


「妹は鳥ですので」


「そうだけど!」


 そんな簡単に割り切れる?


「妹もそれが一番と納得しておりますし、穂乃香さまも同様のお考えでございます」


「そ、そう。じゃ、むしろ気にする方が悪いのかな?」


 ない腹を探られるのは不愉快だと思うし。


「はい、末那さまは堂々とされているほうが、気が休まるかと思います」


「うん、なるべく顔に出ないように気をつける!」


「できる限りフォローいたします」


 いよちゃんはくうちゃんの妹だけど、鳥なんだっ。そこのところをきちんと頭に入れておかないと大変なことになる。


「末那さまや穂乃香さまなど、妹の特殊性を理解されている方達の前でならなにも問題ありません。しかし、こと行き先が遊園地でございます」


 うん、ただでさえ私が車椅子で目立つんだ。そこにいよちゃんが加わるとどうなるかなんて火を見るより明らかだ。


「来園者の方々にとって妹は、どこからどう見ましてもただの鳥です。なので、もしいよちゃんが知性を持ち喋る鳥だと知られてしまうとパニックが生じてしまう可能性もございます」


 パニックて。


「この混乱を防ぐため、いくつかの策を穂乃香さまと練らせていただきましたので、それを踏まえていくつかの注意点をご説明させていただきます」


「うん、気をつける」


 私も出来たらのお出かけがいい。騒ぎにならないように注意しないとな。


「まず、車内で妹は鳥かごで移動いたします。が、遊園地では穂乃香さまの肩に乗って頂きます」


 鳥かごを使わないんだ。


「それ目立っちゃうんじゃ?」


「むしろ隠そうとするほうが怪しいですよ。むしろ存在をアピールすることで目立たないようにするのです」


 木を隠すなら森の中? あれ、なんか違う気がする。


「まぁ、穂乃香さんが昨日いよちゃんを連れてきた時はそんな感じだったけど」


 あまりにも当たり前に鳥を肩にのせていたからそういうファッションなのかと思ってた。

 それが本物の鳥で、あまつさえ喋りだすからもうすっごく驚かされたよ、ほんと。


「このままでもいいのですが、より自然に見えるよう穂乃香さまが様々な検証をし、作戦を立案いたしました」


 穂乃香さんがってことはこれもきっと研究の一環なんだろう。なんだったっけ、アニマルセラピーのなんとかみたいなそれの、もっと色んなところに連れて行けるようにする実験とかあり得るな。

 それか、透明になる薬とか、人の姿に見えるようになる薬とかそういうのを作ったのかも。


「どういう作戦になったの?」


「はい、その名もゼンマイ大作戦です」


「ぜ、ゼンマイ? あぁ、あのネジ巻きのやつ?」


 アクセサリーでカバンにつけられていたりする、でっかいやつだ。


「えぇ、そのゼンマイです」


 それはギリギリ知ってたけれど……。で、それが?


「ゼンマイはカラクリの動力源として、周知されております。ですので、妹が少しくらい動いても、背中にゼンマイがあればそういう玩具オモチャだと言い張れますし、ぱっと見では誤解を生むことができます」


 そっか、ゼンマイ背負ってたらオモチャだって思われるかもっ。

 って本当にそんな上手くいくのかな、単純すぎない?


「まぁ、でもそれで通すしかないよね」


 透明になる薬とかそういうのじゃなかったのは残念だけど、ある意味出たトコ勝負というか、そういういさぎさ? は穂乃香さんらしいかな。



「なんとしてでも玩具で押し切ります。末那さまもご協力のほど、よろしくお願い致します」


「うん、分かった。っていうか、いよちゃんとは普通に喋ったり出来るし、多分私でも大丈夫な気がするよ」


 これが本物の鳥だったら絶対に無理。調教とかそういうのしたことないし、言うこと聞いてくれるとも思えない。


「とは言え目立つのは避けようがございませんので、子どもたちに囲まれるくらいならまだ平気だと判断しております。しかし、いざとなったら即座に退園する必要に迫られますので、その時の覚悟も今からご準備くださいませ」


 そうだよね、最悪そうしなくちゃいけなくなるかもしれないよね。


「パニックってどれくらいで考えてるの?」


 囲まれるのが大丈夫なら大抵はいけるような気もするけれど。


「はい、注目を集めるだけならまだ良いのです。指を差されたり、声をかけられることもまだいいでしょう」


「それもいいんだ」


 じゃ、そんなにビクビクしなくても平気かな。


「一番恐ろしいのは、妹を得体のしれない化物バケモノとして見てしまい、我先にと逃げ出す人の波で将棋倒しが起こることです」


 なにそれ洒落シャレになってない。


「事件じゃんっ」


「はい、夕方のニュースで取り上げられてしまいます」


 子ども達に見つかって、お父さんお母さんがやって来て騒ぎになって、慌てたいよちゃんが喋っちゃって、それで。


「『本日正午、家族連れで混雑する遊園地で集団パニックと思われる事態が起こりました。一斉にゲートに詰めかけた人々が折り重なるように倒れ、この将棋倒しで重傷者が出ている模様です。現在ゲートは閉鎖されており、警察でしょうか、実況見分が行われています』」


 アナウンサーの真似かな……、嫌すぎるよ。


「コホン。とはいえそんな事態に発展しないよう、細心の注意を払って立案されたのがゼンマイ大作戦です」


「……急に不安になってきた」


 それでホントにいけるかな。


「末那さま、穂乃香さまの立てられた作戦をどうか信じてくださいませ。明日は最良のダブルデートとなるでしょう」


 穂乃香さんのことを信じてないわけじゃないし、いよちゃんはくうちゃんの妹だしで当然信じてるんだけど、こればっかりはそういう問題じゃないと思うし、って。


「くうちゃん、今なんて?」


「穂乃香さまの立てられた作戦を、どうか信じてくださいませ」


「そっちじゃなくて」


「明日は最良のダブルデートとなるでしょう」


 うん?


「だぶるでーと?」


「ダブルデートです」


「誰と誰が?」


「末那さまと私め、穂乃香さまと妹が、でございます」


 うーん?


「決して末那さまと妹、穂乃香さまと私め、ではございませんので誤解なきようお願いします」


「いやそういう意味じゃなくてさっ」


 デート? これ、いつからデートになってたのっ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る