第21話 誰の敵でも味方でもない
恋を知って欲しいけど、実のところは私でも、それがなんなのかは良く分からないとこはある。
「恋は身勝手で理不尽なのよ」
女医さんはくつくつと笑う。
「好きな人の色んな顔を見たいと思うし触れたいし、どれだけ私が想っているか、その、思いの丈っていうのかな。伝わって欲しいとも思うんだ」
「身勝手で理不尽、ですか」
バイオロイドでメイドさんなくうちゃんにとって、その二つは
「そうよ。末那さんが知って欲しいと言った恋はそういう恋なのよ。泣かせたいかと聞いたとき、No.9はあってはならないことだと言った。でもね」
くうちゃんは真剣に聞き入っている。
「あぁ、この子の泣き顔が見たいんだ! もう我慢なんて出来ないよ、分かってる、分かってるけど抑えきれないこの気持ち!」
なんのドラマだろうと思うくらいオーバーに、身振り手振りを交えて話す。
「あぁ、君を泣かせたい! その声が聞きたい、胸を締め付ける罪悪感さえ僕だけのもの! とまぁ、これが恋なのよ。もちろん他にもあるけれど、一番分かりやすい恋ね」
「
え、今のでいいの?
女医さんも満足気だし、もうどういう話なんだかさっぱりだ。
「ぁ、そっか。末那さんには別の言い方じゃないと難しいわよね」
私の様子を見て取った女医さんは補足して話す。
「……えっと、ほら! 男の子って気になってる子にちょっかいを出すでしょう?」
「あ、それなら漫画やドラマでよく見ます」
鬼ごっこで仲間はずれにしちゃったり、ボールを横取りしちゃったり。
「そう、まさにそれなのよ。頭ではひどいことしてる、悪いことしてるって分かってるのに欲に素直に動いてしまう。理性では抑えきれないそれが恋」
「ですが先生、男の子はどうして悪いのに抑えきれないのでしょうか」
くうちゃんが不思議そうに首を傾げた。
「恋は盲目というように。当人には、他が目に入らなくなっているのでしょうね。それにその恋のハードルが高ければ高いほど、燃えるというでしょう?」
「それはドラマといった作り物だけの話ではないのでしょうか」
くうちゃんは眉を
「ちょっかいを出すなんて、男の子の評判は間違いなく下がります。それに相手の子には嫌われますし、男の子にとっていい面は一つもありません」
「泣き顔が見れるじゃないの」
それでは釣り合わないでしょう? と、くうちゃんは信じられないという顔をしたが、女医さんは笑って流す。
「毒にも薬にもなるの。好きな相手ができるとね、その人に好きになって貰いたいと思うけど、それが叶わないのなら、どんな形であれ覚えておいて欲しいと思うのよ」
「嫌っていた、という覚えられ方だとしても? にわかには信じられないことですが、そういうものでしょうか」
女医さんが嘘をつく必要もなく、だからくうちゃんはとりあえず受け入れることにしたようだけど苦い顔になっている。
「他にもね? 私は高いところが大嫌い、けれど好きな人が大好きだった。すると、相手に私も高いとこ好きなんだ、だから私に振り向いて、今度一緒にタワーとか行こ? みたいなアプローチだってとろうとするの。こっちは相手を泣かせるんじゃなくて、自分を犠牲にするやり方ね」
「それは……」
さっぱり意味が分からない。そうくうちゃんの顔に書いてあった。
「そういう恋もある、ということよ。それは自己を否定する危険な行為に他ならず、けれどそれでも求めてしまう。その先に破滅があったとしても、それでも、ね」
……女医さんは、そんな恋をしたことがあるのだろうか。
細められたその目には、どこか遠くを映しているかのようだ。
「破滅してもいい、それでも
「いいわよ、焦らなくて。恋をするかどうかはともかくとして、私としては
女医さんの考えも分かるけど、打算が丸見えでなんかヤだ。
「まぁまぁ、そんな睨まないでくれる? 私は見守っているだけで、あくまで選ぶのはくうちゃんと末那さんだから安心してよ」
安心、ね。
「さてNo.9? 末那さんの数値も落ち着いているようだけど、あなたの方はどう?」
ぇ、くうちゃんの方ってなんのこと?
「はい、データでは知り得なかった末那さまのリアルが分かり、大変嬉しゅうございます」
ぁ、そっちの話。
「末那さんのこと、どれくらい掴めてる?」
「ほぼ百パーセントに近いです」
「うん、それはよかった。て末那さんそんな顔してどうかした?」
「いぇ、ちょっと」
体調管理をしてもらってるんだから、分かって貰えるのは嬉しいことなんだろうけど。なんだか素直に喜べないや。
「それじゃNo.9、あとはあなたに任せるわ。穂乃香さんとのこともあるでしょうけど、私からは特には無いって覚えておいて」
「はい、
「うん、それじゃくうちゃんの方も大丈夫ってことで、今日はこれでおしまいね」
それじゃ、この後は部屋に戻ってお出かけの話でもしよう。
「あ、末那さん、ちなみになんだけど」
「はい?」
「私は誰の味方でもないし、敵でもないわ。どこに行くとか詳しく聞かないし、スケジュールの提出もいいし、お土産も考えなくていいからね? 行きと帰りの時間だけ教えてくれればいいから。それで外出の許可を出すから、いつでも行ってらっしゃいね」
「はい……。ありがとうございます」
なんだか変な念の押し方をされたけど、おでかけは許してくれるみたいだ。
「うん、それじゃあね」
診察室を出て、くうちゃんに車椅子を押されながら部屋へと戻る。
いつものことだけど通路は混んでいて、けれどその人並みをすいすいとくうちゃんは押していく。
「ねぇ、くうちゃん」
「はい、末那さま」
エレベーターに乗り込んで、上がっていく数字に目を向けながら呼びかけた。
「最後、おかしくなかった?」
「最後? おかしい? 女医さんのことでしょうか、私めにはなんら違和感ありませんでした。どういうところが引っかかったのでしょうか」
「ちなみになんて言ってたけれど、結構本気の目をしてたでしょ」
決して軽い調子ではなかったように見えた。
「そうでしたか。私めは気付きませんでした」
それなら私の勘違いかもしれないけれど。
「もしかして女医さんも、一緒に行きたいのかな」
くうちゃんから女医さんに送られる報告には、一日のことが含まれている。どこそこに行ったとか、誰と会って何をしたとか。
これは
水族館に行って、穂乃香さんといよちゃんと、くうちゃんと私でお茶会をして。
女医さんも一緒したいと思ったのかも。
「末那さまは、お優しゅうございます」
エレベーターの数字が目的の階に近づいていく。
「誘った方が良かったかな」
「それはどうでしょう? 穂乃香さんは二人暮らしの原案者ですので、ある程度こちらに時間を割けるようですが先生は違います。それを分かっているからあのような言い方になったのだと思います」
「そっか」
エレベーターの扉が開き、もう部屋はすぐそこだ。女医さんも来られれば、と思ったけれどしかたない。
「それでは末那さま、こちらの席にお移りください。次のお出かけの話を致しましょう」
今日は穂乃香さんと会うこともなく部屋に着いた。女医さんの分も楽しんでこられるように、計画をきちんとたてなくちゃ。
「とは言え、くうちゃん。次に行く場所とか決まっているの?」
水族館に行ったときは着いてからのお楽しみ、という形だったけど。
「えぇ、穂乃香さまからは末那さまが優先で、と仰せつかっておりまして。すでにいくつかの候補からひとつ、選ばせていただきました」
そうなんだ。どっちみち私は外に詳しくないし、決めてくれてすごく助かる。
「末那さんがお楽しみいただける場所で、もちろん、いよちゃんも連れて行くことができる場所でございます。穂乃香さまの都合上、お出かけは明日ということになりましたが、他は問題ありません」
そっか、明日お出かけなんだ。
「それでどこにおでかけするの?」
「はい、笑顔が溢れ、はつらつとした子どもたちが駆け回り、多くの悲鳴が打ち上がる場所」
くうちゃんは一度目を閉じて、微笑を浮かべてこちらに告げた。
「遊園地、でございます」
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