第14話 水中回廊とタコさんウインナー
イワシのショーをたっぷりと楽しんだあと、矢印の通りに通路を進む。
「末那さま、お次は水中回廊となります」
「水中回廊?」
「はい、ガラス張りの筒になっておりまして、まるで水中にいるように見えるのです」
くうちゃんの言葉通り、その通路は水槽の中にいるかのようだった。
「あちらがエイというお魚です。平べったい体をしており、その大きなヒレを鳥のように羽ばたかせて泳ぎます」
ゆうゆうとヒレを上下に振るエイの姿は本当に飛んでいるように見える。いろんな大きさのエイが群れをなして水中回廊を上を飛んでいる。
「また、あちらの細長い尾の先には毒針があり、
「え?」
またくうちゃんが物騒なこと言ってる。
「エイ、種類によっては大変美味しいお魚ですよ?」
くうちゃんにはここがスーパーの魚コーナーに見えてるのかな?
「えぇっと、食べないよ?」
「美味なのですが」
どうしてしょんぼりするんだろ。
「あのね、私は食いしんぼじゃないしそこまで食い意地は張ってないよ?」
これまでの病院食が味気なさ過ぎて、少し料理にはうるさくなってるのかもしれないけれど。
別にその、美食家だとか舌が肥えてるだとかそんなたいそうなものじゃない。
「はい、存じております。私めはただ末那さまに、いろいろなことを経験して頂きたいのです」
「くうちゃん……、でもエイは食べないからね?」
そう言って貰えることは嬉しいけれど、だからってエイを食べようとは思わない。
「刺身に味噌汁、エンガワも美味しいのですけれど」
もしかして。
「くうちゃんって料理好き?」
私がということじゃなかったら、後はくうちゃん側に理由があることになる。
「料理が好きか、ですか?」
不思議そうに首を傾げると、横に近づいてきたエイに目を向けた。
「好きかどうかは分かりません」
なんとなくそう言うだろうとは思ってた。
「でも私は、料理が好きなんだと思うな」
そうじゃなかったら別に、理想的なカロリーと味の料理を作るだけで良いはずなんだ。
「そう、なのでしょうか?」
くうちゃんがエイを調理してみたいと思ってる。
そういう風に考えないと、くうちゃんがこうまで食い下がってくる理由なんか見当たらない。
「そうなのよ」
にっこり笑ってみせる。
「末那さま……。ふふ、くうちゃんは料理が好き。学習しました」
なによそれ。
「もう、その言い方、すごく久しぶりに聞いた気がする」
しかも私についてじゃなくて、くうちゃん自身のことじゃん。
「はい、ですがまだ出会って三日も経っておりません。久しぶりと言うほど昔ではないかと存じます」
そっか、くうちゃんと会ったのはまだ一昨日のことだっけ。
「それくらい充実してたってこと」
振り回されてばかりな気がするけれど、これまで刺激のなかった生活を送ってきた私にとっては一週間にも二週間にも思えてたんだ。
「それは嬉しゅうございます。明日にはえびせんべいを用意させていただきますね」
「あ、そうきちゃう?」
食い意地は張ってないって言ってるんだけど。
「はい、なにか?」
「うぅん、なんでもない」
こういうところも含めてくうちゃんはくうちゃんで、私はそういうところも好きに思える。
「ところで末那さま」
「ん、なに?」
「この水中回廊の先にはまだ順路が続きますが、ここで一旦横道にそれて食事休憩と参りましょう」
お腹の減り具合を確かめる。
まだ全然大丈夫だけど、少し体が重い気がする。
「うん、くうちゃんに任せる」
どきどきしっぱなしだったからそれのせいかも。
「ありがとう存じます」
くうちゃんは私よりも私の体のことを分かってる。だから自分ではあまり実感なくてもこういうときは、素直に全部お任せした方がいい。
「今日はまだまだ続きます。食事の後も順路に戻り、お楽しみが待っておりますので今は食事に致しましょうね」
順路からそれてスロープを上がると、そこはさきほどの水中回路を上から覗くことが出来る場所だった。いくつかの屋台のようなお店が壁際に沿ってあり、中央にテーブルセットが並べられていた。
「恐れ入りますが本日は、お弁当をご用意させていただきました」
いつの間にか車椅子の取っ手に袋がかけられており、くうちゃんはそこからお弁当を二つ取り出してテーブルに置く。
「本来であれば飲食物の持ち込みは禁止されておりますが、末那さまのご病気のことを入場の際にお話ししましたところ特別に許可がおりました」
人のいりはまばらだし、お弁当をテーブルの上に置いてるけれどそんなに見られてもいない。
許可がおりているのなら、あとは堂々としていれば平気かな。
「では末那さま、こちらが本日の昼食になります」
くうちゃんがぱかっと開いたお弁当箱の中身は白ご飯に厚焼き玉子、それに炒め物とたこさんウィンナーの組み合わせ。
漫画でよく見る定番のお弁当だ。
「食べていい?」
ついいつもの癖で聞いてしまった。
病院食に慣れてしまった私はこんな料理を見ると、食べていいか確認してからでないと落ち着いて箸をつけることができない。
「はい。心配には及びません。お召し上がりいただけます」
くうちゃんの許しを得ていただきますと合掌をする。
まずはこのぷるぷるしてる厚焼き玉子に箸をつけよう。
「ん、甘ーいっ」
口に入った瞬間にその柔らかな甘みが広がった。これで塩分とか全部大丈夫というんだから本当にくうちゃんはすごい。
「はい、とても嬉しゅうございます」
「ん、嬉しい?」
くうちゃんはとてもいい笑顔で笑っている。
「漫画では厚焼き玉子を食べた女生徒が、頬を染めて甘いと幸せそうに笑う場面がありました」
つまりそれは私にも、そう笑って欲しいってこと?
でも、そんなこと直接聞けるわけがない。
「……だから甘い厚焼き玉子?」
「その通りでございます」
くうちゃんは、ただ漫画の再現をしただけ……。思えばくうちゃんがメイド服を着ているのだって漫画にそうあったから。
「末那さま、いかがでしょうか?」
……それなら御希望のとおり、ホクホク顔で笑おうじゃない。
「とっても美味しいよ」
うん、うまく笑うことが出来た気がする。
けれどくうちゃんはそんな私を見て罰が悪そうな顔をした。
「末那さま、申し訳ございません」
「ぇ、なんで?」
くうちゃんがそんな顔をする意味が分からない。
「こちらのお店の商品をお食べ頂けないことです。飲み物につきましても、やはりお飲み頂けず」
あぁ、そういうことか。
お店の看板にはサンドイッチやホットドッグ、ハンバーガーにアイスクリームが載っている。ボリューミーで食べ応えあるメニューが揃っていた。
けれどあまり食べたいとは思えない。
むしろその反対だ。
「なんかコテコテしてそう」
「コテコテ、とは何でしょう?」
「うん? あぁ、えっと、こってりしてて、脂っこそうなのが多いなぁ、って」
いつも病院食で、そういう高カロリーな食べ物なんてこれまで一切縁が無かった。
「つまり、末那さまはあちらの料理はお嫌いですか?」
「うん? 嫌いじゃないけど、このお弁当おいしいし。ああいうの食べたくなったらまたくうちゃんにお願いするね」
さて、お次はたこさんウィンナーだ。
くるんとくるまった足先から食べようか、それとも頭からかぶりつこうか?
「ぁれ、どしたのくうちゃん」
くうちゃんの目は、箸に持ち上げられたたこさんウィンナーに注がれている。
「いえ、ご心配には及びません。ただ少し、分かった気がします」
「なにを?」
「恋を」
「ぅん?」
たこさんウィンナーで? ちょっとよく分かんない。
というか、たこさんウィンナーから始まる恋なんてそれはもうギャグなんじゃないのって思う。
「お気になさらず。またひとつ、くうちゃんは学習したということだと思います」
もしかしたら、それはまだ恋と呼ぶにはあやふやなものかもしれないけれど。
それでも楽しいと嬉しいの違いを覚えたくうちゃんは、さらになにかを掴んだに違いない。
「頑張ったね」
「ありがとう存じます」
恭しく頭を下げるくうちゃんはいつもと変わらないように見えるけど。きっと、どこかが少しだけ変わっている。
「ささ、ゆっくりとお召し上がりくださいね、まだまだ時間はありますよ」
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