第10話 我慢して良かったよ
遊びに行くことこそなかったけれど、こもりっきりだったわけでもなかったよ。
だって毎日検査があって、その検査室へは歩いて移動してたんだ。
「なのになんで
そりゃ体力はないけれど、車椅子を使うほどだとは思えない。
「はい。明日の本番に向けて、車椅子の練習です。ささ、末那さまこちらにおかけくださいますようお願いします」
「ぇ、だって私、歩けるよ?」
本当に疲れてからでもいいじゃない。座っているだけなんだから。
「いえ、
「でも中庭なんだよね? それくらいなら行ったことあるよ?」
木と花がいっぱいの植物園みたいな感じの空間で、患者さんやお見舞い客が散歩をしていたのを覚えてる。
「しかし今回は、おでかけの練習という明確な目的がございます。それは見えない心の負担となって末那さまにのしかかり、よけいに体力を消耗させてしまいます。ノーブルドレスも着慣れるまでは、気疲れをしてしまいますでしょう?」
まあ、そわそわしてしまうところはあったけど。
「でも、車椅子じゃなきゃぁ駄目?」
「末那さまは車椅子がお嫌いですか?」
そうじゃないけど……。
「なるほど、
え、そうなんだ?
「同じ格好でお出かけをして、手を
確かに
「そう、なのかな?」
やっぱりいまいちピンとは来ない。
「末那さま、どうかお願いいたします。体力を温存するために、車椅子での移動は
くうちゃんはノーブルドレスを小一時間で仕上げてみせた。
ドアの横手にある靴箱から
「……わかった、安全運転でお願いね?」
気持ちはちょっと
車椅子に腰
「では、参りましょうか」
くるっと反転させて部屋を出て、鍵を掛け、廊下を進む。いつもと違う高さと動きにやっぱり少し落ち着けなくて、指で毛先をつまんでは、くるくるくるくる遊んでしまう。
でもこれくらい我慢できなくて、外になんか行けるはずがないだろう。
「末那さま。これから向かいます中庭は、当病院のパンフレットにも掲載されている目玉施設です」
エレベーターを待つ間、詳しく教えてくれるみたいだ。
「完全
植物の名前は知らないけれど、前見た時はジャングルかってくらい緑に
「天井には時間帯によって明るさが変わる
時間帯によって
「その適切な
チン、と到着音がしてドアが開くと、なかから
「
エレベーターから降りてきた子はどうやらくうちゃんの知り合いらしい。
後ろで
「おや、君は……」
その声は私じゃなくて、その後ろに向けられていた。
「ん? そうか、この子が君のご主人様か」
私と
「はい、これから末那さまと中庭にお出かけに行くところです」
でもお医者さんには見えないし、くうちゃんと
「それはすまない。少し、君のご主人様を借りていいかい?」
え?
「
ちょ、くうちゃんっ?
「はじめまして、末那」
「は、はじめまして、ぇっと……」
ずっと病院生活していたけれど、私はこんな子見たことがない。
「あぁ、自己紹介がまだだったな。私は君と同じ年、背こそ末那より少し低いが、これでも体力はあるほうだ」
「え、ぇぇっと?」
なんのアピールなんだろう。
「……くうちゃん、どういうこと?」
意味が分からなさすぎて助けを
「末那さま、こちらのお方は穂乃香さまと
あ、なるほど。だからくうちゃんを知っていたのか。
「そうだ、私がくうちゃんの生みの親である。ママと呼んでも
普通に聞こえていたらしい。
「とまぁ、穂乃香さまはこういうお人です。
「そ、そうなんだ」
つまりは雲の上の人なんだろう。どうりで会ったことが無いはずだ。
「そうだ、そして私は今こうしてくうちゃんが
被験者って私かな?
「うん? あぁ、末那が疑問に思うのももっともだろう。実はな、こう見えて私とくうちゃんは今が初対面なのさ」
なんにも口に出してないのにどんどん話が進んでく。
「くうちゃんは末那に合わせて作られた。白髪に、
腕を組み、やたらうんうん頷いている。
「それは
穂乃香ちゃんはニカッと笑い、年相応の笑顔を見せた。
「えぇ、っと……」
くうちゃんとは違うタイプで言葉に
「おおっと、どうして初対面なのか言い忘れた。それはな、生みの親である私と最初から接点を持ってしまえば有効な検証が出来ない
まだなにも言えていないのに、穂乃香ちゃんは上機嫌に話し続ける。
「こうして
穂乃香ちゃんの口はよく動き、私ではついていくので精一杯だ。
「ほら、今回は特にくうちゃんと末那、二人はメイドとご主人様の関係だろう? そこに
な? と言われても分かんないよっ。
「だから
だから出ていいってどういうことよ?
「お揃いの服でおでかけなんて、まるで姉妹みたいだなっ」
くしゅっと笑った穂乃香ちゃんはとても嬉しそうだった。
「穂乃香さま、そろそろ末那さまをお返しくださりますでしょうか?」
くうちゃんっ!
「あぁ、すまないな。少し
「あ、あの!」
ひらひらと手を振り立ち去ろうとする背中を呼び止めた。
「なんてお呼びすればいいですかっ?」
「ん? あぁ、私のことはくうちゃんのママと呼べ」
「へ?」
そうなんだけど、本当にそれでいい?
「くふ、冗談だ。敬語もいらんし穂乃香でいいよ。ちゃん付けでもさん付けでも自由にするといい」
そう言い残し穂乃香ちゃんはフロアに消えて。
くうちゃんはもう一度エレベーターのボタンを押した。
「……
もう、
「車椅子で良かったですね」
「ほんとにね……」
あの説得を振り切ってたら、今頃どうなっていたことか。ほんっと我慢して良かったよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます