第10話 我慢して良かったよ

 遊びに行くことこそなかったけれど、こもりっきりだったわけでもなかったよ。


 だって毎日検査があって、その検査室へは歩いて移動してたんだ。


「なのになんでくるま椅子いす?」


 そりゃ体力はないけれど、車椅子を使うほどだとは思えない。


「はい。明日の本番に向けて、車椅子の練習です。ささ、末那さまこちらにおかけくださいますようお願いします」


「ぇ、だって私、歩けるよ?」


 本当に疲れてからでもいいじゃない。座っているだけなんだから。


「いえ、日課ルーティンの検査室に向かうのでしたらそうですが、今回は車椅子でお願いします」


「でも中庭なんだよね? それくらいなら行ったことあるよ?」


 木と花がいっぱいの植物園みたいな感じの空間で、患者さんやお見舞い客が散歩をしていたのを覚えてる。


「しかし今回は、おでかけの練習という明確な目的がございます。それは見えない心の負担となって末那さまにのしかかり、よけいに体力を消耗させてしまいます。ノーブルドレスも着慣れるまでは、気疲れをしてしまいますでしょう?」


 まあ、そわそわしてしまうところはあったけど。


「でも、車椅子じゃなきゃぁ駄目?」


「末那さまは車椅子がお嫌いですか?」


 そうじゃないけど……。


「なるほど、さっしました。つまり末那さまは『サクラ学舎がくしゃの三人娘』でいたいのですね」


 え、そうなんだ?


「同じ格好でお出かけをして、手をつないでならんで歩く。それがしたかったのではございませんか?」


 確かに千紗チサ未央ミヲリツの三人はよく手を繋いでお団子屋さんに行ってるけれど。


「そう、なのかな?」


 やっぱりいまいちピンとは来ない。


「末那さま、どうかお願いいたします。体力を温存するために、車椅子での移動はかすことのできない条件であるのです」


 くうちゃんはノーブルドレスを小一時間で仕上げてみせた。

 姿見すがたみの前でお揃いの服でポーズを決めて、さぁそろそろ部屋を出ようと動き出したその矢先。


 ドアの横手にある靴箱から突如とつじょくうちゃんが取り出したのは、折りたたみ式の鈍色にびいろかがやく車椅子だった。


「……わかった、安全運転でお願いね?」


 気持ちはちょっとしぼんじゃったけど、それでもくうちゃんと出かけられることは楽しみだ。


 車椅子に腰けて前を向く。正面にあった姿見に、車椅子に座る私とハンドルを握るくうちゃんが映っている。


「では、参りましょうか」


 くるっと反転させて部屋を出て、鍵を掛け、廊下を進む。いつもと違う高さと動きにやっぱり少し落ち着けなくて、指で毛先をつまんでは、くるくるくるくる遊んでしまう。

 でもこれくらい我慢できなくて、外になんか行けるはずがないだろう。


「末那さま。これから向かいます中庭は、当病院のパンフレットにも掲載されている目玉施設です」


 エレベーターを待つ間、詳しく教えてくれるみたいだ。


「完全屋内おくない型の植物園となっており、遊歩道沿いに多種多様な植物が植えられている形です」


 植物の名前は知らないけれど、前見た時はジャングルかってくらい緑にあふれてた。


「天井には時間帯によって明るさが変わる天井照明シーリングライトが埋め込まれておりまして、室内ですがこの空間には朝と夜がございます」


 時間帯によって雰囲気ふんいき様変さまがわりして、だから患者さんからの評判も上々らしい。


「その適切な光量こうりょう管理と全自動の給水により、植物達は訪れた者に自然の癒やしネイチャーリラクゼーション効果をもたらすのです。っと、エレベーターが参りましたね、末那さま」


 チン、と到着音がしてドアが開くと、なかから白衣はくいの女の子が降りてきた。


穂乃香ほのかさま、お帰りなさいませ」


 エレベーターから降りてきた子はどうやらくうちゃんの知り合いらしい。

 後ろで会釈えしゃくした気配につられて私も一緒に頭を下げた。


「おや、君は……」


 その声は私じゃなくて、その後ろに向けられていた。


「ん? そうか、この子が君のご主人様か」


 私と同い年おないどしにしか見えないけれど、白衣を着てるしきっと偉い人なんだろう。


「はい、これから末那さまと中庭にお出かけに行くところです」


 でもお医者さんには見えないし、くうちゃんとしゃべる仲ってどんな関係なんだろう?


「それはすまない。少し、君のご主人様を借りていいかい?」


 え?


かしこまりました」


 ちょ、くうちゃんっ?


「はじめまして、末那」


「は、はじめまして、ぇっと……」


 ずっと病院生活していたけれど、私はこんな子見たことがない。


「あぁ、自己紹介がまだだったな。私は君と同じ年、背こそ末那より少し低いが、これでも体力はあるほうだ」


「え、ぇぇっと?」


 なんのアピールなんだろう。


「……くうちゃん、どういうこと?」


 意味が分からなさすぎて助けをもとめると、くうちゃんはこそっと耳打ちしてくれた。


「末那さま、こちらのお方は穂乃香さまとおっしゃりまして、プログラム二人暮らしの主任研究員をされております」


 あ、なるほど。だからくうちゃんを知っていたのか。


「そうだ、私がくうちゃんの生みの親である。ママと呼んでもかまわんぞ?」


 普通に聞こえていたらしい。


「とまぁ、穂乃香さまはこういうお人です。幼少ようしょう時より優秀な成績を収め、その若さにして最先端の研究を行っておられます」


「そ、そうなんだ」


 つまりは雲の上の人なんだろう。どうりで会ったことが無いはずだ。


「そうだ、そして私は今こうしてくうちゃんが稼働かどうしていることを生で見て、被験者ひけんしゃとの仲も良さそうで安心してる」


 被験者って私かな?


「うん? あぁ、末那が疑問に思うのももっともだろう。実はな、こう見えて私とくうちゃんは今が初対面なのさ」


 なんにも口に出してないのにどんどん話が進んでく。


「くうちゃんは末那に合わせて作られた。白髪に、琥珀色こはくいろの瞳に白磁はくじの肌に、なにからなにまで全部がそうだ」


 腕を組み、やたらうんうん頷いている。


「それはプログラム二人暮らしの成功率を上げるためであり、仲がよくなるということは、まずは第一関門である容姿ようしから来る生理的な嫌悪けんおを突破したということだろう」


 穂乃香ちゃんはニカッと笑い、年相応の笑顔を見せた。


「えぇ、っと……」


 くうちゃんとは違うタイプで言葉にまる。


「おおっと、どうして初対面なのか言い忘れた。それはな、生みの親である私と最初から接点を持ってしまえば有効な検証が出来ないおそれがあったからさ」


 まだなにも言えていないのに、穂乃香ちゃんは上機嫌に話し続ける。


「こうしてプログラム二人暮らし中に会うのはいいのだが、ほら、鳥などの動物は生まれて初めて目にする生物を親と認識するだろう? り込みと言うんだが、これが良くない」


 穂乃香ちゃんの口はよく動き、私ではついていくので精一杯だ。


「ほら、今回は特にくうちゃんと末那、二人はメイドとご主人様の関係だろう? そこに穂乃香生みの親なんて存在は邪魔でしかないのだよ」


 な? と言われても分かんないよっ。


「だから事前入力インプットだけ済まして直接会うのはけていたのさ。だがしかしもう私が出てもいいだろう」


 だから出ていいってどういうことよ?


「お揃いの服でおでかけなんて、まるで姉妹みたいだなっ」


 くしゅっと笑った穂乃香ちゃんはとても嬉しそうだった。


「穂乃香さま、そろそろ末那さまをお返しくださりますでしょうか?」


 くうちゃんっ!


「あぁ、すまないな。少しきょうが乗ってしまったか。できることなら是非ぜひ穂乃香もおともさせていただきたいが、外せない用事があるんだよ」


「あ、あの!」


 ひらひらと手を振り立ち去ろうとする背中を呼び止めた。


「なんてお呼びすればいいですかっ?」


 気圧けおされてばかりじゃいられない。私にとっても関係の無い人じゃないんだから、名前くらいはちゃんと聞いておかないとっ。


「ん? あぁ、私のことはくうちゃんのママと呼べ」


「へ?」


 そうなんだけど、本当にそれでいい?


「くふ、冗談だ。敬語もいらんし穂乃香でいいよ。ちゃん付けでもさん付けでも自由にするといい」


 そう言い残し穂乃香ちゃんはフロアに消えて。

 くうちゃんはもう一度エレベーターのボタンを押した。


「……竜巻たつまきみたいな人だった」


 もう、こそぎ気力を持って行かれてしまった感じ。


「車椅子で良かったですね」


「ほんとにね……」


 あの説得を振り切ってたら、今頃どうなっていたことか。ほんっと我慢して良かったよ。

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