第9話 本当に漫画の中みたい

 姿見すがたみの前に立つなんて、本当に久しぶりだった。そもそもいつもは病院服で、全身がうつるような大きな鏡なんて使わない。

 だからこれまでの病室には元から置かれてなかったし、この鏡を使うのも今が初めてだ。


「ねぇ、もしかしてこれって『サクラ学舎がくしゃ三人娘さんにんむすめ』?」


 そしてくうちゃんがはりきってコーディネートしたお出かけ服は、初めて見るのにどこかで見覚えがある服で。


「はい、ご明察めいさつの通りです。三人娘が着用している学園の制服であるノーブルドレスを参考に仕立てあげました」


「ドレス? これって普通の白のブラウスにチョコレート色のスカートだよね。結婚式で花嫁さんが着るようなのとは全然違う」


 スカートも普通の学生服と変わらない、縦のひだひだがついてるそれだ。


「ドレスとは女性の正装せいそうします。ですのでスカートでもドレスに間違いはなく、私めのメイド服もスカートですが、ゴシックエプロンドレスという呼称こしょうです」


「ぁ、そのメイド服もドレスってつくんだったっけ」


「なお、ノーブルには貴族きぞく、身分の高い、という意味がございます。内面ないめんにある気品を引き立たせる服をノーブルドレスと呼びます」


「そうなんだ」


 姿見の前で右に左に体をすり、ちょっとポーズしてみたり。


「とてもお似合いでございます」


「っあ、ありがと」


 これまでは出かけることもなかったし、汚れてなければなんでもいいやって思ってた。


 でもなんとなく、お出かけ前の服選びに時間をかける子の気持ちがわかった気がする。


「あぁ、私めの見立てにくるいはございませんでした。末那さまの純朴じゅんぼくさとあいまってとても可憐かれんでございます」


 ハンカチを取り出したくうちゃんは目尻めじりを押さえ、ぐっと何かをこらえてた。


「も、もう言いすぎだって」


「ショートボブの黒髪と愛くるしいまぁるい目、ツヤのある肌はまさに深窓しんそう令嬢れいじょうかと見紛みまがうほどですが。ノーブルドレスでいよいよもって、社交界しゃこうかいデビューが見えてきました」


 いつの間にそんなお話に?


「いや、そんなことよりくうちゃんってば、そんな目で私のこと見てたんだ?」


 くうちゃんバイオロイドにもそんなことがあるのかは分からないけど、思わず口をついて出た、そんな本音にじぃ~っと見返してしまう。


「そんなこと、とは?」


「ぇ? その……、私の見た目、っていうかなんていうか」


 こうグイグイこられると、こっちが変な気がしてしまう。というかこうして説明ささせられるのも恥ずかしい。


「はい、末那さまのおなかの虫さまも含めて、可愛らしゅうございます」


「もう、だからそれは言わないでっ」


 そうだ、感情を知らないくうちゃんには良い意味でも悪い意味でも裏表うらおもてなんてない。

 お世辞せじでもなんでもなく本当にそう思ってて、だからこうしてれもなくめてこれるんだ。


「末那さまはノーブルドレスがよく似合う、学習しました」


「うぅ」


 くうちゃんにはやましい考えなんてひとつもなくて、だから強く言い返せない。


「それにしても末那さま。ここだけを見ればまさに『サクラ学舎がくしゃ三人娘さんにんむすめ』のようですね」


 姿見に映る自分とくうちゃんと、モダンなつくりをした部屋を見回した。


「言われてみれば、本当に漫画の中みたい」


『サクラ学舎の三人娘』はその名の通り、サクラ学舎で日々勉強に励んでいる三人娘の日常が描かれている。


 モダンでレトロな雰囲気ふんいきがとても好みで何度も読み返している作品で、大正ロマンが詰まっている作品だ。


千紗チサ未央ミヲリツの三人が放課後にお茶会をしているかのような、そのような場所に見えますね」


 元気っ子な千紗と芸術肌の未央、それにお勉強が得意な律はよく三人でお茶会をもよおしている。


 そこは美術商を務める未央の家の一室だけど、その部屋の雰囲気ととてもよく似ていた。


「じゃ、くうちゃんは未央にお付きのメイドさん?」


「いえ、末那さまのメイドです」


 一点いってんくもりもない眼差まなざしだった。


「あぁ、うん、そうなんだけど……」


 むずむずして落ち着かない。さっきからなんなの? もしかしてこれが漫画にもあるとし?


「ところで末那さま、このあたりでひとつお茶などいかがでしょうか?」


「うん、ありがとう」


 テーブルでくうちゃんと一緒のティータイム。

 昨日とは違ってくうちゃんも、自分の分を用意して二人一緒にティーカップに口つけた。


 まだ服選びだけだというのにこれだけ盛り上がっちゃうと、外出たらどうなっちゃうのかな。

 

「末那さま、本日のお出かけですが、当病院の中庭なかにわはいかがでしょうか?」


「外に出ないの?」


 てっきり病院から出るんだと思ってた。


「はい、当初はその予定でした。ですが、万全ばんぜんして中庭の散策さんさくから始めた方がベストと判断いたします」


「そうなの?」


「はい。本番はまた明日にして、本日はおでかけの練習にあてましょう」


 お出かけに練習って必要だっけ。


「心配しすぎじゃないかなぁ」


「いえ、ねんには念をいれましょう。末那さまの負担を考慮こうりょさせていただきました」


 くうちゃんにはリアルタイムで私の生命徴候バイタルえているらしい。だからそういうのも考えられての変更だろう。


「それに、まずはこの服を着ている自分に慣れる必要がございます。人の視線は気になるもので、疲れの大きな一因いちいんです」


 そっか、そうだよね。今はくうちゃんが相手だから気にならないけど、外に出たら気になってきてしまう。


「また、服に着られる、という言葉もあります。ですが末那さまの場合、その点は全く心配ありませんね」


「ぁ、ありがと」


 こういうことをさらっと言えるくうちゃんはカッコイイって思っちゃう。


「どういたしまして」


 素っ気ないふうにも聞こえるけれど、くうちゃんの場合はクールっていう感じだよ。


「あれ、ところでくうちゃんはその格好かっこうで行くつもり?」


 私の方はまだ落ち着いた色合いの服だけど、くうちゃんは黒と白のメイド服。やっぱりこの格好のくうちゃんと並んで外を歩くのは抵抗がある。


「その格好とは、このゴシックエプロンドレスでしょうか?」


「う~ん、ちょっと目立ちすぎちゃうんじゃない?」


 メイドさんが歩いていたら、普通の人なら二度見する。


「でしたら多少お時間を頂いてもよろしいでしょうか? これから急ぎ仕立てます」


 どうやらメイド服でのお出かけはけられた。


「うん、私も『サクラ学舎の三人娘』を読み直したい気分だし。でも服ってそんなにすぐ作れるの?」


 お裁縫さいほうなんてやったことないから分からないけど、簡単に作れるようなものじゃないことくらいは分かる。


「いつでも仕立てられるよう、材料は奥の部屋に揃っています。しかし急ぎですので今回は、一度仕立てたことのあるノーブルドレスをと存じますがいかがでしょうか?」


 奥の部屋はくうちゃんの私室として使われている部屋だ。寝室というよりは工房に近く、色んな道具や機械、材料が揃えられているらしい。


「いいんじゃないの? ぇ、なにか駄目なことでもあったっけ」


 メイド服よりずっと目立たない服で、早く作れるならいいことだ。


「昨日の診察時は患者さんとしてお揃いの服を着ましたが、メイドである私めが末那さまと同じ服を着るなんて、本来許されないことと存じます」


 あれだけズバズバ言ってたくせにそこ気にしちゃう?


「そんなこと気にしなくていいよ」


「しかし」


「私はお揃いの方が嬉しいよ、それこそ『サクラ学舎の三人娘』みたいでさ」


 学生服とは違うけど正装ってところはおんなじで。近くなった気がしない?


「ご学友がくゆう……。いえ、この場合は友達のようで、ということでしょうか?」


「そういうことよ」


 ぶっきらぼうな言い方なのは、やっぱり照れくさいから。

 でもこれで少しはくうちゃんも、照れくささを味わうだろう。


かしこまりました。ただちに仕立てますのでおくつろぎくださいますようお願いします」


 クールに受け流したくうちゃんは、ただ柔らかな笑みを浮かべただけだった。

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