3章 トウミョウ、ウタタネ
第8話 そんなことも初めてだった
私が友達になってと言えば、
そこに
私からそう求められたらそうなる以外はありえない。
それがもし、恋人だろうと同じこと。
くうちゃんにとって私からのお願いは絶対で、なにより守らなければならない優先
でもそれで本当の友達と、本物の恋人と、言える?
くうちゃんにはその違いが分からない。
機能として搭載していない。
人間を
人間にあって、ロボットにはないもの。
それは
ロボットには体温なんて必要がない。
動くことで熱が出て、
けれどくうちゃんには体温がある。
それは人間になるために必要な無駄で、確かなその手の温もりは、一言では言い表せない力強さを私に覚えさせていた。
でも、だけど。
それでも人間と呼ぶにはほど遠く、命令されたことをそのまま実行するという点においてロボットのままらしい。
つまり、感情が
女医さんは言った。
『もしも感情という無駄を、くうちゃんが覚えたら。それはもう、新たな
肉体的には完成してる。人と同じなんだから、家族をつくり、子供をつくることだって問題はない。
けれど、その必要がない。
だって、バイオロイドは作れるのだから。
その合理性を越えられない
けれど女医さんは、いつかロボットが感情を
その日がいつ来るのかなんて分からない。けれどいつかくうちゃんがそうなれば、とも思う。
「本日は学園青春ドラマを見られるのですね」
テレビでは、ちょっとひねくれたところのある男の子と、いかにも優等生の女の子が教室で言い争っていた。
「うん、これ
男の子はあの手この手で女の子から逃げようとして、けれど全部
「ちょっとリモコンお借りしますね」
テレビは番組表に切り替わり、くうちゃんは短編ドラマのあらすじに目を向けた。
「『春に咲く、
くうちゃんは画面を元に戻すと、いそいそとベッドに上がりこみ、私の隣に並んで座る。
「なにか気になることでもあった?」
真剣な
「これを見れば、私めにも恋が分かるのかと思いまして」
「えぇ……」
恋を知って欲しいと言ったのは私だけれど。そう
「駄目でしょうか?」
でも、ドラマで知れないこともない。私がそうであるように、くうちゃんだってそうなれるかも。
「うぅん、一緒に見よ」
「はい」
理由がどうであれ、こうして並んで見るテレビはやっぱり楽しいなと思う。
二人暮らしを始めたのはつい昨日のことだけど、もう
味のする食事だってそう。
夜食のときに、『くうちゃんは食べないの?』と聞いたら、くうちゃんはくうちゃんできちんと食べていたらしい。
けれど自分はメイドだからと、
今朝は一緒のテーブルで、一緒のご飯を一緒に食べた。
そんなことも初めてだった。
「
「面倒だから?」
「どうして面倒なのでしょう?」
「したくないから?」
「くじ引きで決まったことでしょう? であれば、やるべきことではないのでしょうか」
くうちゃんはドラマに見入っていた。
与えられた課題を処理することがロボットだから、どうしてやろうとしないのかが分からないみたい。
「ぁ、女の子が勝ったようです。自分でも分かっていたと言うのなら、最初からそうすれば良かったのに」
くうちゃんは不思議そうに、男の子と女の子の成り行きを見守っている。
そのひとつひとつの意味が理解できないと、よく首を
「ね、今は見ることに集中しよ?」
私だってちゃんと見たいし。
「かしこまりました」
ドラマは進む。命の重みを前にして、という
けれどしっとりとした
見終わった今ではとても
「末那さま、どうしてこの男の子は最後まで言わなかったのでしょう」
「言わなかったんじゃなくて、言えなかったんだよ」
きっと、男の子だって言いたかった。言うべきことだって分かっていた。
「言えなかった、ですか。最初から言っておけば良かったのに」
くうちゃんは最後まで不思議そうなままだった。
「でも、だから恋をしたんだろうね」
「どういう意味でしょうか? その二つは
「言えなかったけど、言えるようになったんだよ」
「私めはやはり、たった
感情という遊びをくうちゃんは搭載していない。
「でも、だから恋をしたんだよ」
感情とはそういうもので、それこそロボットのように、言われたからそうするなんて単純なものじゃない。
「そのように
まだまだ先は長そうだけど。この男の子が成長したように、いつかくうちゃんのそういう姿を見てみたい。
「くうちゃんも学校に
ドラマなんかで見てるより、実際に体験した方がよっぽど分かる。
「私めには、末那さまのお
「…………」
そうだ、この子は私の為に作られたんだ。
「それに学校に通ったところで恋を知れるとは
「……うん、私も頑張るから」
もし、くうちゃんが感情を覚えたら。
そこに少しでも私が力になれたなら。何かを残せたことになる。
「ところで末那さま。体験入学でもなければ学校への
「うん?」
外に行く?
「私が?」
「はい。これまではご体調と検査の為に、外出は
最後に外に出たのも覚えていない。学校には通ってみたかったけど、行けないことは分かっていたし、ドラマや漫画で
「外に出ることは、健康にも良い影響を与えます」
「そう言われても……。そうだっ、私って出かける用のおしゃれな服なんて持ってないの。だからまた今度にしない?」
それどころか病院服しかもってない。
「お任せください、末那さまの服もすでに仕立てさせていただきました」
「いつの間にっ?」
「このメイド服を仕立てた際に」
外に出かけることは最初から、
「もう、分かったよ」
「では?」
「服、持ってきてくれる?」
「私めとお出かけしてくださいますのでしょうか?」
はっきり言ってあげないといけないことは分かってる。けれどやっぱり照れくさいのは照れくさいっ。
「ぅん、出かける、出かけるから! それにくうちゃんがどんな服を仕立てたのかも気になるし……」
「では、ご用意
後はもうされるがままに、くうちゃんに着替えさせられていた。
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作中に登場する
『春に咲く、
は短編小説として公開しています。
しっとり
よろしければそちらもお楽しみください。
次回更新日、また本作に関しましては
近況ノートをお確かめください。
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