3章 トウミョウ、ウタタネ

第8話 そんなことも初めてだった


 私が友達になってと言えば、ふたつ返事で友達になる。

 そこに選択肢せんたくしなんてない。くうちゃんは私の為に作られて、私の為にる。


 私からそう求められたらそうなる以外はありえない。


 それがもし、恋人だろうと同じこと。

 くうちゃんにとって私からのお願いは絶対で、なにより守らなければならない優先処理事項タスク


 でもそれで本当の友達と、本物の恋人と、言える?

 くうちゃんにはその違いが分からない。


 機能として搭載していない。


 人間を模倣もほうして作られたバイオロイドNo.9くうちゃんは、当たり前だけど人間じゃない。


 生物工学バイオテクノロジーによって生み出されたことで、体の成分は人間とほぼ同じ。けれどまだ、人間にはなりきれてない。


 人間にあって、ロボットにはないもの。

 それは女医じょいさんに言わせたら、無駄むだという遊びの部分、言いえれば心というカタチのないあやふやなものであるらしい。


 ロボットには体温なんて必要がない。

 動くことで熱が出て、排熱はいねつすることはある。けれどそれを目的として、エネルギーを使うことは無駄にすぎないことらしい。


 けれどくうちゃんには体温がある。

 それは人間になるために必要な無駄で、確かなその手の温もりは、一言では言い表せない力強さを私に覚えさせていた。


 でも、だけど。

 それでも人間と呼ぶにはほど遠く、命令されたことをそのまま実行するという点においてロボットのままらしい。

 つまり、感情がそなわっていないこと。それがどれだけ人間に近くても、ロボットというくくりから飛び出せないでいる理由。


 女医さんは言った。

『もしも感情という無駄を、くうちゃんが覚えたら。それはもう、新たな種族しゅぞくの誕生と言えるでしょうね』


 肉体的には完成してる。人と同じなんだから、家族をつくり、子供をつくることだって問題はない。


 けれど、その必要がない。


 だって、バイオロイドは作れるのだから。


 その合理性を越えられないかぎり、種族になるということは遠い夢の夢。


 けれど女医さんは、いつかロボットが感情を宿やどすその日の為に、まだまだ追いついてない法律的な解釈かいしゃくの整備にも力をくしているらしい。


 その日がいつ来るのかなんて分からない。けれどいつかくうちゃんがそうなれば、とも思う。


「本日は学園青春ドラマを見られるのですね」


 テレビでは、ちょっとひねくれたところのある男の子と、いかにも優等生の女の子が教室で言い争っていた。


「うん、これ短編たんぺんドラマなんだって」


 男の子はあの手この手で女の子から逃げようとして、けれど全部ふせがれていた。


「ちょっとリモコンお借りしますね」


 テレビは番組表に切り替わり、くうちゃんは短編ドラマのあらすじに目を向けた。


「『春に咲く、那知なちさんは色づく世界を作りだす』ですか。キャッチコピーは『青春ラブコメの金字塔きんじとう、命の重みを前にして、二人に芽生めばえた恋心』、と」


 くうちゃんは画面を元に戻すと、いそいそとベッドに上がりこみ、私の隣に並んで座る。


「なにか気になることでもあった?」


 真剣な眼差まなざしがテレビに向けられている。


「これを見れば、私めにも恋が分かるのかと思いまして」


「えぇ……」


 恋を知って欲しいと言ったのは私だけれど。そう簡単かんたんわかるようなら苦労しないし、女医さんだってああは言わないと思う。


「駄目でしょうか?」


 でも、ドラマで知れないこともない。私がそうであるように、くうちゃんだってそうなれるかも。


「うぅん、一緒に見よ」


「はい」


 理由がどうであれ、こうして並んで見るテレビはやっぱり楽しいなと思う。

 二人暮らしを始めたのはつい昨日のことだけど、もう沢山たくさんの初めてのことと出会っている。


 味のする食事だってそう。

 夜食のときに、『くうちゃんは食べないの?』と聞いたら、くうちゃんはくうちゃんできちんと食べていたらしい。


 けれど自分はメイドだからと、一緒いっしょに食べることをけていた。


 今朝は一緒のテーブルで、一緒のご飯を一緒に食べた。

 そんなことも初めてだった。


末那まなさま、どうしてこの男の子は逃げようとしているのでしょうか?」


「面倒だから?」


「どうして面倒なのでしょう?」


「したくないから?」


「くじ引きで決まったことでしょう? であれば、やるべきことではないのでしょうか」


 くうちゃんはドラマに見入っていた。

 与えられた課題を処理することがロボットだから、どうしてやろうとしないのかが分からないみたい。


「ぁ、女の子が勝ったようです。自分でも分かっていたと言うのなら、最初からそうすれば良かったのに」


 くうちゃんは不思議そうに、男の子と女の子の成り行きを見守っている。

 そのひとつひとつの意味が理解できないと、よく首をかしげては聞いてきた。


「ね、今は見ることに集中しよ?」


 私だってちゃんと見たいし。


「かしこまりました」


 ドラマは進む。命の重みを前にして、というれ込みの通り、重たい空気がただよ場面シーンもいくつかあった。

 けれどしっとりとした甘酸あまずっぱさがそれを包んで、最後はこっちまで泣きたくなるような完全無欠かんぜんむけつのハッピーエンド。


 見終わった今ではとても清々すがすがしい気分になっていた。


「末那さま、どうしてこの男の子は最後まで言わなかったのでしょう」


「言わなかったんじゃなくて、言えなかったんだよ」


 きっと、男の子だって言いたかった。言うべきことだって分かっていた。


「言えなかった、ですか。最初から言っておけば良かったのに」


 くうちゃんは最後まで不思議そうなままだった。


「でも、だから恋をしたんだろうね」


「どういう意味でしょうか? その二つはつながっているようには見えません」


 合理性ごうりせいというかべはとても分厚ぶあつくて固い。


「言えなかったけど、言えるようになったんだよ」


「私めはやはり、たった一言ひとことむのですから、始めから言っておけば良かったのではないかと進言しんげんします」


 感情という遊びをくうちゃんは搭載していない。


「でも、だから恋をしたんだよ」


 感情とはそういうもので、それこそロボットのように、言われたからそうするなんて単純なものじゃない。


「そのようにり返されましても。難しいです」


 まだまだ先は長そうだけど。この男の子が成長したように、いつかくうちゃんのそういう姿を見てみたい。


「くうちゃんも学校にかよったら、こういうのが分かるんじゃない?」


 ドラマなんかで見てるより、実際に体験した方がよっぽど分かる。


「私めには、末那さまのおそばに寄せていただく使命がございます」


「…………」


 そうだ、この子は私の為に作られたんだ。


「それに学校に通ったところで恋を知れるとはかぎりません。ですので学校には通いませんが、恋を知る為にはげみ続ける所存しょぞんです」


「……うん、私も頑張るから」


 もし、くうちゃんが感情を覚えたら。

 そこに少しでも私が力になれたなら。何かを残せたことになる。


「ところで末那さま。体験入学でもなければ学校への侵入しんにゅうきびしいですが、外に行ってはみませんか?」


「うん?」


 外に行く?


「私が?」


「はい。これまではご体調と検査の為に、外出はひかえていただいておりました。しかし、今は私めがございます」


 最後に外に出たのも覚えていない。学校には通ってみたかったけど、行けないことは分かっていたし、ドラマや漫画でりていた。


「外に出ることは、健康にも良い影響を与えます」


「そう言われても……。そうだっ、私って出かける用のおしゃれな服なんて持ってないの。だからまた今度にしない?」


 それどころか病院服しかもってない。


「お任せください、末那さまの服もすでに仕立てさせていただきました」


「いつの間にっ?」


「このメイド服を仕立てた際に」


 外に出かけることは最初から、プログラム二人暮らしに組み込まれていたらしい。


「もう、分かったよ」


「では?」


「服、持ってきてくれる?」


「私めとお出かけしてくださいますのでしょうか?」


 はっきり言ってあげないといけないことは分かってる。けれどやっぱり照れくさいのは照れくさいっ。


「ぅん、出かける、出かけるから! それにくうちゃんがどんな服を仕立てたのかも気になるし……」


「では、ご用意いたします」


 後はもうされるがままに、くうちゃんに着替えさせられていた。




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 作中に登場する

 『春に咲く、那知なちさんは色づく世界を作りだす』

 は短編小説として公開しています。


 しっとり甘酸あまずっぱい青春ラブコメです、

 よろしければそちらもお楽しみください。


 次回更新日、また本作に関しましては

 近況ノートをお確かめください。


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