第7話 おそろいの服を着た

「ごちそうさまでした」


 昼食もくうちゃんのお手製で、親子丼にうどんの小鉢こばちが付いた定食だった。

 ぺろりと美味おいしく頂いて、箸を置いて合掌をする。


「お口に合いましたでしょうか?」


「怖いくらい美味しかったよ」


 こんな美味しいの食べて平気かな、体に悪いんじゃ、なんて考えがチラと頭をよぎっていく。

 なのに箸は止められなくて、だからそれが一番怖い。


「ご安心ください。摂取カロリー、塩分などは病院食の範囲に収まっています」


 医療用バイオロイドのくうちゃんが言うんだから間違いないだろう。

 というかもう食べちゃったから、そうでないと私が困る。


「では、末那まなさま? お食事の後は診察のお時間ですのでご用意ください」


「あんまりすることないけどね」


 くうちゃんはワゴンカートに食器を移し、テーブルの上をいている。


 外出といっても病院の中。服は病院服だし持っていく物もない。

 鏡の前でぱぱっと身だしなみを整えたらもう終わり。


「そうだ。もしかしてくうちゃんも来る?」


 ちょうどキッチンから戻ってきたくうちゃんは、当たり前のように頷いた。


「はい。もとより本日の診察は、末那さまと私め、二人に対して行われます」


「ぇ、くうちゃんも?」


「本日の診察は[二人暮らしプログラム]についてのことになります。ですので、二人で受ける必要があるのです」


 ということは診察というよりも、無事に二人暮らしを始めましたよと報告するだけなのかもしれない。


「ささ、末那さま。出発しましょう」


「ぁ、うん。て、ちょっと待って、くうちゃんその格好で?」


 くうちゃんが着ているのはメイド服。このままでは目立ってしまう。


「そのつもりですが。どこかよごれていましたか?」


 くうちゃんは自分の服を見下ろして、袖口そでぐちを見たりスカートのすそをつまんだり、汚れがないかを点検し始めた。


「どこも綺麗なままですが」


 むしろ汚れていて欲しかった。


「く、くうちゃん、こっち来てっ、替えの病院服があるからそれ着てくれる?」


 ぱっと見た感じ、くうちゃんと私の背の高さはほぼ同じ。

 病院服はだぼっとしてるし背が似てるなら着れるはず。


「ですが理由がありません」


 しかし、この子を説得するにはどう言えばいいだろう?


「ぇっと、くうちゃんも私と一緒に診察を受けるんだよね?」


「はい」


「そしたらくうちゃんも患者さんでしょ? だったらこの服を着なきゃ」


 少し無理やりだったかもしれないけれど、くうちゃんはそれで納得してくれたみたいだ。


 すごすごと服を脱ぎだして、


「ちょ、ちょっと向こうで着替えてよ!」


 二人お揃いの服を着て、女医さんの待つ診察室に足を向けた。



 ◆



 開口一番、女医さんに聞かれたのは服についてのことだった。


「なるほど、だからNo.9ナンバー.ナインもその服なのね」


「はい。ですので今は、私めも患者としてここにいます」


 女医さんはどう思ったのだろう。くうちゃんに向けて小さく笑いかけると、あらためてこちらを向いた。


「まずは最初の障害ハードル突破とっぱ、おめでとう。すべり出しは良さそうね」


 順調と言えるかは分からない。


「ぁはは。色々ありましたけどね」


「まぁまぁ、雨降って地固まるということわざもあるでしょう?」


 そう言われたらそうかもしれない。


「とにかく私は安心したよ。今日の診察はこれでおしまい。ぁ、これから身体からだのことはNo.9がるけれど、引き続き[二人暮らしプログラム]についての問診はあるからね。忘れないように」


「はい」


 あれ、なんだろう? この感じ、どこかで見たことがあるような……。


「ん、どうしたの? なにか気になることがある?」


「ぇ?」


 女医さんには筒抜けらしい。

 けれど私にはうまい言葉が見つからない。


「恐れ入りますが、私めからお答えいたします。末那さまはこうお考えです。今の私達、しゅうとめさんが突然家に押しかけてきた新婚夫婦のそれみたい、と」


「ふぁっ?」


 たしかに女医さんが姑さんならテレビでよく見るシチュエーションだ。合ってると言えば合っている。


「私はそんなにけてないわよ」


 女医さんは大人の余裕でさらりと流す。私にもこんな余裕があれば、もう少し上手うまくできたかな。


「もう、すっかり二人は仲良しさんね」


「はい。おそばに寄せていただきまして、多くを学習することができました」


「そうなんだ。良かったら教えてよ?」


「はい、かしこまりました」


 働きが認められて嬉しいのだろう、胸を張るくうちゃんは自信満々に口にする。


「末那さまはテレビがお好きです」


「そうなんだ?」


「はい、コマーシャルもお好きです」


 自分では、なんでもテレビや漫画に結びつけてしまうところは悪いクセだと思ってる。でも、誰にも迷惑かけていないし大丈夫。


「そしてお腹の虫さまは、とても可愛らしゅう声で鳴かれます」


「ふぇっ?」


 ちょ、ぇ、なっ!?


「それに末那さまは不意打ちを突かれると、片眉をふるりと震わせますね」


 くうちゃんはほらねとばかりにウィンクをする。


「肉じゃがよりも白ご飯がお好きでして、噛みしめるように味わわれます。そのすぐれた味覚に私めは、よりいっそう調理に励む所存しょぞんです」


 ……振り幅がひどいっ。

 ぱっと女医さんを見ると、満面の笑みで返された。


 穴があったら入りたい。


「そうして末那さまは、私めに恋を知ってほしいとっしゃりました」


「くうちゃんっ!?」


 もう、恥ずかしすぎて顔も見れない。


 くうちゃんにそんな気持ちはないのかもしれないけれど、聞かされてるこっちの身にもなってほしい。

 どこからどう聞いても惚気ノロケにしか思えない。


「No.9もやるわね」


 女医さんの声は神妙で、それがますます照れくさい。

 一体全体、くうちゃんのなにがやるもんか。


「お褒めくださりありがとう存じます」


「くうちゃん、ね。No.9はそう呼ばれてるの?」


 私を置いて、会話は続く。


「はい。末那さまが名付けてくださいました、私めの名前です」


「そう」


 ひとつ、大きく息吐く音がした。


「No.9、あなたが恋を知ることは難しい。それは脳科学において、まだ人の感情かんじょう道程プロセスが解明されていないから。当然、あなたにその機能は付与されてない」


 それはきっと、くうちゃんが話した共生トモイキのことだろう。

 女医さんもくうちゃんと同じ考えであるらしい。


「それでもNo.9、あなたに恋を知ってほしいみたいね?」


 はっとして顔を上げると、女医さんは柔らかな微笑ほほえみを浮かべていた。


「どんなに難しいことであれ、それが末那さまのためになるのでしたら、最優先さいゆうせん処理事項タスクとして実行します」


 くうちゃんの目はぐで、この子は本当にそうするだろう。


 もしかしなくても、私は無理難題を押し付けている。


 分かってしているのだから私は悪い子なんだろう。ぁ、だからあと何日生きれます、なんて言われたんだっけ……。


 でもくうちゃんに恋を知ってほしい気持ちは本物で。


 喧嘩して、仲直りして、そういう関係になりたくて。


 だから。


 だから私は私のためウラハラに、くうちゃんが恋を知ってトモイキであってくれたらな、て思うんだ。


「二人とも。まだまだここからなんだから、これからが楽しみね」


 女医さんはただ優しげに微笑んだ。

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