第6話 恋をして、と言われたら
「ところで。どうしてこの番組をご
「どうして?」
「
特に理由なんてない。ない、けど。
くうちゃんは普通の人とは違う。
『学習しました』
が
「
「あ、だからなの?」
テレビを前に、私はくうちゃんとベッドの上に並んで座っていた。
「だからとは?」
「その、めっちゃぎゅうぎゅうくっついてくるからさ」
ベッドに上がってきたくうちゃんは、隣に座るとそれはもう、私の
一緒に見ようと
「くっついて? 末那さまが指示された
この
そりゃ、ぎゅうぎゅうにもなるよ! せっかくベッドは広いんだから、もうちょっと有効活用するべきじゃない?
「末那さま?」
呼びかけられて顔を上げると、
「ぅえっ?」
「ちょ、近いちかいっ」
「末那さま、急に動かれますと」
ふかふかベッドは心地いいけど
「うぁっ」
落ちる!
のけ
布団の上だからたいしたことないと思うけど、どこか
「っと、末那さま?」
いつまで待ってもやっくるはずの痛みがこない。
代わりにくうちゃんの声がすぐ近くから
「末那さま。動き出しはゆっくりと、がよろしいかと
「ぁ、うん」
くうちゃんの手が、私の背中に回されていた。
「お聞き届けくださり、ありがとう存じます」
抱きとめるようにして、支えられたらしい。
ゆっくりと離れていくその顔には柔らかな笑みが浮かんでいる。
「……くうちゃん、てば」
「はい、末那さま」
こんなとき、なんて言えばいいのだろう?
ごめんなさい? ありがとう? なんか違う気がする。
「末那さま?」
「……なんでこの番組を見てたか、だっけ」
「はい、どうしてでしょう? 私めなりに考えましたが、食べることでなければ
「きゅ、求愛?」
くうちゃんの表情は変わらない。ただ純粋に知りたいようだ。
「この番組の題名は『ヒートラン。雄大な海の中、十日間にも及ぶクジラの求愛活動を追う』でした。しかし末那さまは始め、この番組名を意識されていなかったように記憶しています」
どんなのがやってるのかな、てチャンネル切り替えてただけだから。
たまたまこのクジラのドキュメンタリーで手が止まっただけ。いちいち題名なんて見ていない。
「いささか
今さら何の理由もなかったなんて、正直に言えるわけもない。
「そうね、そうよ?」
十日間にも及ぶヒートラン。それってすごく素敵なことじゃない?
「恋に生きてる、て感じがして。なんだか、すごいな、って思ったの」
これは本当のこと。
見始めたきっかけじゃないけれど、見てて本当にそう思った。
「恋に生きる、ですか。生物には
ここまで私ばかりが恥ずかしい目にあっている。
くうちゃんの
「くうちゃんは恋ってしたことあるの? それか、ほら。相手に求める理想像とか」
少しだけ、
「私めには、種の存続という本能は宿っておりません」
「え?」
「私めは
くうちゃんはロボットだから、そう言われたら確かにそうなのかもしれない。
「で、でも、恋って素敵だよ?」
漫画には主人公がいたらヒロインがいて、その殆どに二人の恋のお話が出てくるんだから。
それってやっぱり、素敵だから
「私めを含むバイオロイドは人間を
ようは人間を
「しかし、恋などを
「つまり、恋がどんな気持ちなのか分からない、てこと?」
「はい。例えば末那さまに『好きです、付き合ってください』と言われたら、私は付き合うことでしょう」
「えぇ……」
「もとよりロボットとはそういう存在です。バイオロイドである私を含め、ロボットには与えられた
くうちゃんは何のことはないと言う風に話す。それがまた、少し
ロボットは、役割を果たすことを望まれて作られる。そしてロボットも、それが自分のすることと理解する。
「トモイキ、という言葉をご存知ですか?」
「なにそれ?」
「
「ぁ、なんかコマーシャルでよく見る『自然との
それなら結構よく流れてる
「それです。
「それで
「
難しいかもしれませんね、とくうちゃんは付け足した。
「私めにはそれが分からないのです。ですから、恋をするということが
くうちゃんはロボットで、だから恋をして、と言われたらそれっぽいことは真似できる。
けれど、本当の意味で恋をする、恋に落ちるという感情は分からない。ということだろう。
「ぁ、だから
喧嘩をして、と言われたら喧嘩は出来る。けれど、本当の意味で喧嘩という意味は分からない。
だから
「喧嘩だってとは? どういう意味でしょう」
くうちゃんは不思議そうにするけれど、なんでもないと首を振って返事にした。
「でもね、くうちゃん。私は、
恋って素敵なものだと思う。
「はい」
それが分からないなんて、分かって欲しい、て思う。
「くうちゃんに、恋を知ってほしい」
鳩が豆鉄砲を食らったような。きょとんとしたその顔は、まさに私が見たかった
「それは。ご命令ですか?」
意地悪だと思う。分かれ、なんてどんな言い方だよ、って思う。けど、
「命令ね」
それでもくうちゃんには知ってほしいんだ。
私も恋なんてしたことないし、学校とか行ったことないから出会いもなかったんだけど。
ドラマや漫画で知っている。恋はとても素敵なものだ。
「末那さまは、私めに恋を知ってほしい。学習しました」
「よろしくね」
どうしてこんなに強く言っちゃったのか、自分でもまだ分からない。
けれどいつか、その答えが知れたらいいなと思う。
「しかし末那さま。私めは末那さまと二人暮らしをしています」
「ぇ、それが?」
「
「わぁあああっ! ごめん、なんかごめん!」
「? どうして
くうちゃんには
この後、クジラのドキュメンタリーが終わり診察の時間が来るまで
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