第6話 恋をして、と言われたら

「ところで。どうしてこの番組をごらんになられていたのでしょうか?」


「どうして?」


美味おいしそうだから、でないのでしたら、他に興味きょうみかれたところがあったのではないかと」


 特に理由なんてない。ない、けど。


 くうちゃんは普通の人とは違う。

『学習しました』

 がくちぐせの、私のために生まれたバイオロイドだ。


末那まなさまのことを、もっと知りたいのです」


 融通ゆうづうかないというか、なんというか。


「あ、だからなの?」


 テレビを前に、私はくうちゃんとベッドの上に並んで座っていた。


「だからとは?」


「その、めっちゃぎゅうぎゅうくっついてくるからさ」


 ベッドに上がってきたくうちゃんは、隣に座るとそれはもう、私のかた撓垂しなだかるようにを寄せてきた。

 一緒に見ようとさそったのは私だし、はなれてなんて言いづらい。


「くっついて? 末那さまが指示された地点ポイントに移動しましたが、不都合ふつごうがありましたでしょうか?」


 このへんに座ってよ、という軽い気持ちでポンポンたたいただけだったのに、くうちゃんは律儀りちぎにも、真芯ましんで座ろうとしたらしい。


 そりゃ、ぎゅうぎゅうにもなるよ! せっかくベッドは広いんだから、もうちょっと有効活用するべきじゃない?


「末那さま?」


 呼びかけられて顔を上げると、


「ぅえっ?」


 鼻先はなさきが触れるくらいの近さから、くうちゃんが上目遣うわめづかいに私をのぞき込んでいた。


「ちょ、近いちかいっ」


「末那さま、急に動かれますと」


 ふかふかベッドは心地いいけど足場あしばとしては不安定ふあんてい


「うぁっ」


 落ちる!

 のけるような体勢たいせいからでは両腕りょううでをバタバタさせても立ち直れない。

 布団の上だからたいしたことないと思うけど、どこかひねるくらいはするだろう。


「っと、末那さま?」


 いつまで待ってもやっくるはずの痛みがこない。

 代わりにくうちゃんの声がすぐ近くからってきた。


 おそるおそる目を開けば、すぐそこに琥珀こはく色の綺麗な瞳。


「末那さま。動き出しはゆっくりと、がよろしいかとぞんじます」


「ぁ、うん」


 くうちゃんの手が、私の背中に回されていた。


「お聞き届けくださり、ありがとう存じます」


 抱きとめるようにして、支えられたらしい。


 ゆっくりと離れていくその顔には柔らかな笑みが浮かんでいる。


「……くうちゃん、てば」


「はい、末那さま」


 こんなとき、なんて言えばいいのだろう?

 ごめんなさい? ありがとう? なんか違う気がする。

 

「末那さま?」


「……なんでこの番組を見てたか、だっけ」


「はい、どうしてでしょう? 私めなりに考えましたが、食べることでなければ求愛きゅうあいの方でしょうか?」


「きゅ、求愛?」


 くうちゃんの表情は変わらない。ただ純粋に知りたいようだ。


「この番組の題名は『ヒートラン。雄大な海の中、十日間にも及ぶクジラの求愛活動を追う』でした。しかし末那さまは始め、この番組名を意識されていなかったように記憶しています」


 どんなのがやってるのかな、てチャンネル切り替えてただけだから。

 たまたまこのクジラのドキュメンタリーで手が止まっただけ。いちいち題名なんて見ていない。


「いささか疑問ぎもん余地よちは残ります。しかし、美味しそうということでなければこの番組名にかれたのではと考えました」


 今さら何の理由もなかったなんて、正直に言えるわけもない。


「そうね、そうよ?」


 十日間にも及ぶヒートラン。それってすごく素敵なことじゃない?


「恋に生きてる、て感じがして。なんだか、すごいな、って思ったの」


 これは本当のこと。

 見始めたきっかけじゃないけれど、見てて本当にそう思った。


「恋に生きる、ですか。生物にはしゅ存続そんぞくという本能が行動こうどう規範きはんさだめられており、クジラのヒートランもより良い相手とめぐり合うための儀式ぎしきなのでしょう」


 学術的がくじゅつてきに話すくうちゃんにれる様子は見られない。

 ここまで私ばかりが恥ずかしい目にあっている。


 くうちゃんのスキも見てみたい。


「くうちゃんは恋ってしたことあるの? それか、ほら。相手に求める理想像とか」


 少しだけ、意地悪イジワルな質問だったかな。


「私めには、種の存続という本能は宿っておりません」


「え?」


「私めは作られた者バイオロイドです。親から子へ、そして子孫しそんを残すという種のサイクルからはずれています」


 くうちゃんはロボットだから、そう言われたら確かにそうなのかもしれない。


「で、でも、恋って素敵だよ?」


 漫画には主人公がいたらヒロインがいて、その殆どに二人の恋のお話が出てくるんだから。

 それってやっぱり、素敵だからえがかれている、ってことだよね?


「私めを含むバイオロイドは人間をして作られました。そのさい、脳の大脳新皮質だいのうしんひしつなどの構造こうぞう解析かいせき搭載とうさいされました」


 ようは人間を真似まねして作られた、ということだろう。


「しかし、恋などをつかさどる部位である扁桃体へんとうたいいまだ謎が多く、解明されておりません。ですので搭載されておりません」


「つまり、恋がどんな気持ちなのか分からない、てこと?」


「はい。例えば末那さまに『好きです、付き合ってください』と言われたら、私は付き合うことでしょう」


「えぇ……」


「もとよりロボットとはそういう存在です。バイオロイドである私を含め、ロボットには与えられた課題かだい処理しょりする使命がございます。むしろ、それを処理するために作られた機械がロボットです」


 くうちゃんは何のことはないと言う風に話す。それがまた、少しむなしい。


 ロボットは、役割を果たすことを望まれて作られる。そしてロボットも、それが自分のすることと理解する。


「トモイキ、という言葉をご存知ですか?」


「なにそれ?」


ともに生きる、と書いて、共生トモイキと読みます。普通は共生きょうせいと読みますが、それとは意味が異なります」


「ぁ、なんかコマーシャルでよく見る『自然との共生きょうせいを目指す企業、なんちゃら』みたいな?」


 それなら結構よく流れてる宣伝せんでんだ。


「それです。共生きょうせいは自分と身の回りの環境をし、自分の利益のために利用するばかりではなく、持ちつ持たれつで生きていきましょうという意味です」


「それで共生トモイキの方は?」


共生トモイキは、親から子、子から子孫へ受け継がれるたましいを含めて共に生きるという意味です」


 難しいかもしれませんね、とくうちゃんは付け足した。


「私めにはそれが分からないのです。ですから、恋をするということがまぶしくもあり、と同時に冷たくもあるのです」


 くうちゃんはロボットで、だから恋をして、と言われたらそれっぽいことは真似できる。

 けれど、本当の意味で恋をする、恋に落ちるという感情は分からない。ということだろう。


「ぁ、だから喧嘩ケンカだってそうなんだ」


 喧嘩をして、と言われたら喧嘩は出来る。けれど、本当の意味で喧嘩という意味は分からない。

 だからたのまれない限り、喧嘩にもならない


「喧嘩だってとは? どういう意味でしょう」


 くうちゃんは不思議そうにするけれど、なんでもないと首を振って返事にした。


「でもね、くうちゃん。私は、共生トモイキとかの考えは抜きにしてもさ」


 恋って素敵なものだと思う。


「はい」


 それが分からないなんて、分かって欲しい、て思う。


「くうちゃんに、恋を知ってほしい」


 鳩が豆鉄砲を食らったような。きょとんとしたその顔は、まさに私が見たかったスキだった。


「それは。ご命令ですか?」


 意地悪だと思う。分かれ、なんてどんな言い方だよ、って思う。けど、


「命令ね」


 それでもくうちゃんには知ってほしいんだ。


 私も恋なんてしたことないし、学校とか行ったことないから出会いもなかったんだけど。


 ドラマや漫画で知っている。恋はとても素敵なものだ。


「末那さまは、私めに恋を知ってほしい。学習しました」


「よろしくね」


 どうしてこんなに強く言っちゃったのか、自分でもまだ分からない。

 けれどいつか、その答えが知れたらいいなと思う。


「しかし末那さま。私めは末那さまと二人暮らしをしています」


「ぇ、それが?」


順当じゅんとうに考えますと、私めの恋の相手には――」


「わぁあああっ! ごめん、なんかごめん!」


「? どうしてあやまられるのですか?」


 くうちゃんには融通ゆうづうかないとこがある。


 この後、クジラのドキュメンタリーが終わり診察の時間が来るまで追求ついきゅうは続いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る