2章 トモイキ、ウラハラ

第4話 二杯目の紅茶

 突然とつぜん病室に押しかけてきた医療用バイオロイドNo.9ナンバー.ナイン――なんちゃってメイドさんのくうちゃんは、[二人暮らし]をするために来たらしい。


 あと何日生きれます、なんて言われて参加を決めた[プログラム]。


 人への応用例は未だ片手で足りるくらいの、まったく新しい治療法。


『効果のほども未知数みちすうで、なんの保証も出来ません』


 そう念押しされたけど、助かる助からないは正直どうだってかまわない。

 なにをせずともすぐそこに、終わりはくっきり見えている。

 だったら、その応用例とやらに私の名前がって、生きたあかしみたいなのが残せるならそれでいい。


 ぶっつけ本番、クスリでもレーザーでも、なんでもござれのどんとこい。


 なんて意気いきがっていた時期もありました。


 まさかなんちゃってメイドさんに二人暮らしを迫られるなんて思ってもみなかった。

 さすが最先端の治療法、意味が分からない。


「ねぇ、くうちゃん。ほんとのほんとにここに住んでいいの?」


 朝食は別の部屋でと連れられてやってきたこの病院の最上階。

 高級ホテルのスイートルームみたいな部屋は、お嬢様じょうさまが住んでいそうな気品であふれてた。


「はい。本日よりこちらに移っていただきます。そもそも、この部屋は末那さまがよく見られるドラマを参考に作られました。ですので末那さまにお住みいただけませんと困ります」


「困るとか言われても。ってあれ、作った?」


「はい、もとよりVIPブイアイピールームとして利用されていた部屋ですが、末那さまに合わせてレトロモダンな内装に作り直されました。いかがでしょうか?」


「いかがって言われても。逆に落ち着かない」


 家具は高級品みたいだし、このティーカップとか割っちゃったらどうなるの?


「ふふ、末那さまは気後きおくれされている時、『って言われても』が多くなるのですね。学習しました」


「なによ、その余裕。まるでくうちゃんの方がここのお嬢様みたいじゃない」


「いいえ、この部屋のあるじは末那さまです。心お優しい末那さまのことですから、ご遠慮えんりょされるところがあるのかもしれません。ですがその心配は一切無用です」


 くうちゃんは琥珀こはく色の瞳を細めて笑うと白髪はくはつを揺らした。

 その姿がすごくさまになっていて、やっぱりくうちゃんの方がよっぽどお嬢様っぽい。


「この部屋は[プログラム]をお受けになられる対価たいかとして用意されました。また、これからの治療費はお食事代などもふくめてすべて病院がちます」


「え、そうなの?」


 ならティーカップ割っても平気かな……、ってわけにはいかないか。いくらお金に問題なくても気にしちゃうのはしょうがない。


「また、これとは別に報酬が支払われる予定です。これは[プログラム]の終了後、期間と成果におうじて支払われます」


「え、終了後?」


 それが終わる時っていえば、私がいなくなってから?


「いついかなる時も、末那さまには中止する権利がございます。またご回復された場合もそうなります。つまり[二人暮らし]の解消が、[プログラム]の終了にあたります」


 そっか、そういう終わり方もあるんだ。


「え、っと、とりあえず心配ないんだね? わかった」


おそります」


 どツボにハマりそうだし、深く考えるのはやめにしとこう。


「それで、[二人暮らし]ってなにするの?」


「私と暮らしていただきます」


 それはもう聞いた。


「なにかしなきゃいけないこととかあったりしない? ほら、クスリが増えるとか検査が増えるとか」


「ありません。しかし、いい機会きかいですのでこれからについておはなししとうぞんじます」


 黙礼もくれいしたくうちゃんに、続きをどうぞとうなずき返す。


「ありがとう存じます。まず末那さまはむっつの検査室をまわられております。一日の大半が検査にあてられており、大変なご負担ではないかとあんじます」


「そりゃぁ、まあ……」


 機械と繋がれてる間、ずっと身動きしちゃいけないし結構キツい。


 でもそれが、私の当たり前だったから。

 あらためて言われても、そうなんだろうなって他人事ひとごとみたいに思うだけ。


「そんな末那さまに吉報きっぽうです」


「え?」


 くうちゃんはその白くて小さい手を胸にあて、自信満々な顔して笑う。


「私めは医療用バイオロイドNo.9ナンバー.ナイン僭越せんえつながら私めが、末那さまの生命兆候バイタルを始めとする各種情報データをリアルタイムで走査スキャンいたします」


「えーっと、それってどういう……?」


 カタカナでドバって来られても。


「っていうか、ちゃんと聞いてなかったけど。くうちゃんはロボットさんなんだよね?」


「厳密には違います。ですが大まかに言えばロボットです」


 バイオロイドって言葉のひびき的にロボットじゃ?


「……ごめん、どういうことか分かるように教えてよ」


「ふふ、末那さまはカタカナ語が苦手。学習しました」


「もう、そうやってすぐ笑うんだから」


 バカにしてるわけじゃないらしいけど、でもその笑い方はムッとくるとこがある。


「ォホン、失礼いたしました。では説明させていただきます」


 くうちゃんの顔が真剣な表情ソレに変わった。


「まず私めは、バイオテクノロジーからアプローチされたアンドロイドです。日本語に直せば、生物工学で作られた人造人間じんぞうにんげん、という意味になります」


「……ようはロボットでしょ?」


「ロボットは人型でないモノも含まれており、人造人間は人に似せて作られたモノを指します。ゆえに、本来ロボットには必要のない機能もそなえています。ですので――」


「ぇ、ちょ、なっ?」


 くうちゃんはすっくと立ち上がり、すぐ隣に来て私の右手に両手を伸ばす。


 こっちがテンパって動けないのをいいことに、私の右手はくうちゃんの両手にそっと包まれた。


「ほら、温かいでしょう?」


 またからかう気?! なんて頭にぎったけれど、くうちゃんは茶化ちゃかしてるふうもなく、真剣そのもののように見てとれた。


 となればむしろこっちが気恥ずかしいやらなんやらで。

 そっぽを向いて視線をらすだけで精一杯だ。


御手おての方はいかがでしょうか?」


 右手に意識を集中すると、じんわりとくうちゃんの体温を肌で感じる。それにその手のやわらかさも一緒になってやってきた。


「ぁぅぅ……」


 漫画やドラマで手繋てつなぎデートの場面シーンを見る度に、手を繋ぐだけでどうしてそんなに恥ずかしいんだろ、って思ってた。


 だけど、そっか。


 手を繋いだりなんて、それこそ特別な理由でもなければしないこと。


 だから、手を繋ぐだけのことがすごくれくさい。


たんなるロボットとの違い、ご理解いただけましたでしょうか?」


「わかったから、離してよ」


 パッと右手が開放されて、熱が逃げていく。


 ……少しもったいなかったかな。


 なんて、くうちゃんの手を目で追ってる自分が心のすみにいて。慌てて首を前に戻して二杯目の紅茶にくちづけた。

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