第2話 堪らなく嬉しいのです
『朝食のお時間となりましたのでご準備ください。別室にご用意しております』
このメイドさんの怪しさっぷりは相当だけど、悪い子じゃないみたいだし。
行くとしたら食堂あたり? あれ、でもこんなメイドさんと一緒にいたら、すごく悪目立ちしちゃうんじゃ?
そうだとしたらきっとというか絶対に、人の目が気になって食べれない。
もうエレベーターに乗っちゃったけど、今からでも部屋に戻れない?
「
え?
最、上階? いちばん上の階?
そんなとこで朝ごはん? というかいちばん上って何がある?
……院長室、とか?
「末那さま、着きましたよ。足元にお気をつけてお降りください」
「ちょ、ちょっと待ってって!」
先を歩くメイドさんを追いかけて、来たこともない道を行く。
ズンズン進むメイドさんは一番奥の扉の前で、やっとこっちを振り向いた。
「末那さま、どうぞこちらの扉をお開けください」
「え、わたふぁ!?」
「……わたふぁ?」
「……」
「……」
「ちょ、ちょっと聞いて、いつもはこんな追いかけたりとかしないから、だから、そう、息が上がっててっ!」
「……朝食は、こちらの先にご用意させていただきました。しかし、ふふ。末那さまにおかれましてはなにかご不安がある様子。
うぅ、また恥ずかしいところ見られた。
「末那さま。私めは噛まれたことを笑ったわけではございません、お顔をお上げください」
嘘だ。そんなの嘘に決まってる。お
「末那さま。私めは、末那さまにお
よく分かんないけど私に会いたかったってこと? だとしても実物がこんなんで、もう幻滅ってヤツだよね、ごめんっ。
「末那さま、決して嘘ではありません。こうしてお会いすることができ、データにはない末那さまの一面が知れる
……。
「それにしても、ふふ。末那さまは不意打ちを突かれると、
「そんなこと学習しなくていいってば!」
もう、恥ずかしい。
「では保管いたします」
「そんなぁ」
我ながら情けない声だと思う。けど、ほんと泣きたい気分。
「そのような目を私めに向けないで、どうか、こちらを御覧ください」
「え」
カチャリ。
メイドさんの手がいつの間にかドアノブにかけられていて、何の
「末那さま、いかがでしょうか? 末那さまがドラマでよく見られる、高級ホテルのスイートルームを参考にご用意させていただきました」
え、まって。院長室への呼び出しじゃなかったの?
「さぁ、末那さま。お食事はこちらです」
「あ、うん……」
この病院にこんな部屋があっただなんて、ずっと住んでたのに知らなかったよ。
「本当にここ? 間違ってない?」
自分でも、なにをどう間違ったらこうなるのか分からないけれど。
「いいえ、間違っておりません。こちらのテーブルにご着席ください。今、ご朝食をお運びします」
「わ、わかった、けど」
クマとかトラでも飼ってるの? ってくらい広い部屋。
いろんな家具から高級品オーラが漏れてるし、この椅子だって私なんかが触っていいのかよく分かんない。
「お待たせしました」
小さなカゴ車を引きながら、奥の部屋からメイドさんが戻ってきた。
「本日のご朝食は、肉じゃが、魚のつみれ汁、白ご飯にお漬物の純和風の日本食となっております」
湯気がうっすら揺らいでて、いい匂いが漂ってきた。
「
すごく美味しそうだけど。
でも、だけど。
「た、食べちゃってもいいの?」
今ならなにも手をつけてない。
メイドさんには怒られるかもしれないけれど。
なにも見なかったことにして、部屋に帰ればまだ引き返すことができるかも。
「丹精込めて、ご用意させていただきました。しかし、お召し上がりいただけませんとこちらは廃棄することに」
「すてちゃうの?! それじゃすんごくもったいないし……。い、いただきます!」
手を拭いて箸をとり、美味しそうに盛り付けされたお皿に手を伸ばす。
……肉じゃが、おいしい。
つみれ汁、おいしい。
白ご飯。涙が出そう。
「これ、あなたが作ったの?」
「左様でございます。あちらのキッチンをお借りしました」
ここ、キッチンもあるんだ。
「お口に合いますでしょうか?」
肉じゃがも、つみれ汁? もおいしいけれど、とくにほかほかの白ご飯なんかすごくおいしい。
これまで食べてたご飯は冷えててべちゃべちゃだったのに。
このご飯は噛めば噛むほどほんのりとした甘みが口いっぱいに広がって、じんわりと
「すごく美味しい」
「お褒めにあずかり光栄です」
「でも、私がこういうの食べて平気なの?」
ここは病院で、だから私は病人で……。治るどころか悪くなってる一方なのに、こんないかにも普通な食事しちゃダメなんじゃ?
「ご心配には及びません。こちらのメニューは昨晩までと変わらない、きちんとした病院食にございます。カロリー、糖質、塩分摂取量も範囲内に収めていますので、おかわりこそ難しいですが、ご安心してお召し上がりくださればと存じます」
メイドさんに連れられて部屋を出たときは、食堂でみんなに見られながら食べるのかと思ってた。けど、こんな場所でこんな朝ごはんになるなんて。
「末那さま。どうか私めの願いをお聞き届けください」
「え?」
「この朝食をお出ししたままの形で残されますと、私の胸がキュウキュウと
なんだかとてもわざとらしい言い方だけど。
「……うん、任された!」
こんなにおいしい朝食なんて残すほうが難しい。箸が止まらないとはこのことか。
それにしてもこのメイドさん、私と同じくらいの年だよね? なのにお裁縫も料理も出来て、よけいにワケが分かんなくなってきた。
でもおいし。
「ふふ、肉じゃがよりも白ご飯がお好きなのですね。そんなに噛みしめるように味わわれるなんて。学習しました」
……やっぱり怪しい子?
「あぁ、末那さまがようやく打ち解けてくださった。また一歩、近づきました」
それもちょっとよく分かんない。
ともかく危なくはないみたいだし、ご飯、ご飯。
◆
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
メイドさんはお辞儀をすると、食器をカゴ車に下げていく。
テーブルの上には食器と入れ替わるようにして、ティーポットとカップが置かれ、いい香りの紅茶が注がれる。
「どうぞ」
「ありがとう」
「どういたしまして」
食後の優雅なティータイム。気分はまるでお嬢様。
「恐れ入りますが、末那さま」
「うん」
お腹もふくれてすっかり落ち着いちゃったけど、次から次へとよく分かんないことが起こってる。
「どうか医療用バイオロイド
お裁縫ができて、料理もやれて、でもやっぱり怪しい子なのに違いはないけれど。
それでも、この子はきっと優しい子なんだろう。
だって。
真っ先に話したがっていたのはこの子の方だ。
なのに私が逃げちゃったから。
だからこの子は我慢して。
私の心の準備が整うのを待っててくれたんだ。
「うん、ちゃんと聞く。けどさ?」
こっちとしても、そろそろきちんと説明をお願いしたいところだけれど。
「そんなとこに立っていないで、ほら、こっち。座って
本物のお嬢様なら気にもしないんだろうけど。
小心者の私には、そんな偉そうな真似できっこないし、気になって仕方ない。
「お心遣い、痛み入ります」
テーブル挟んで向こう側、ようやく椅子に座ってくれて、同じ目線の高さになった。
「それじゃ、その……。ごめん、何から聞けばいい?」
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