くうちゃんと末那さんの二人暮らし

葦ノ原 斎巴

1章 トモシビ、ウケザラ

第1話 いい子にしてればきっと治るよ

『いい子にしてればきっと治るよ』


 ――信じてたわけじゃないけれど、苦いクスリも太い注射も我慢した。

 でも頑張ることと、いい子にしていることは違ったみたい。


 あと何日生きれます、なんて言われたんだから。


『治ったらなにしたい?』


 これまで何度も聞かれたの話。

 病気と闘うには、負けない心をはぐくまないといけないらしい。


やまいは気からというように、ふさぎ込んでちゃ治るものも治らないわよ? だから夢とか希望とか、そういう燈火トモシビが大事なの』


 そう女医さんは言うけれど、私には答えれなかった。病との付き合いが、あまりに長すぎたから。治った姿なんか想像できないよ……。


 でも、こういうことを皮肉って言うのかな。

 あと何日生きれます。そうはっきり言われたおかげでしたいことが見つかった。


 生きた証が欲しいなんて神様になんか強請ねだらない。

 どんなにちっぽけなものに過ぎなくたって構わない。


 せめて何かを残したい。


 [プログラム]に参加したのはそんな気持ちが芽生えたからで。


 それが、彼女との出会い。


末那まなさまどうか末永く、お傍に寄せていただきとう存じます」


 それが、これまでにない治療法――「二人暮らし」のはじまりだった。



 ◆



「恐れ入りますが、末那さま? 医療用バイオロイドNo.9ナンバー.ナインより、お話ししとうことがございます」


 目を覚ましたら、見ず知らずの美人さんが横にいた。白い髪が特徴的で、琥珀こはく色の目をした整った顔立ちの別嬪べっぴんさん。


「お目覚めからずっと、テレビ鑑賞を続けられておりますが……。どうか、このバイオロイドNo.9めに、御耳をお貸しくださると嬉しいです」


 朝のニュースは頭が回っていないとき、ぼおーっと見るのにちょうどいい。

 赤の他人で初対面の……、バオロイドさん? が突撃してきた朝にはとくに、を取り戻すのに役に立つ。


「そんなにテレビに近づかれては、反対に見えにくいのではないかと具申ぐしんします」


 朝、いつものように起きると、覗き込むようにこちらを見ていた美人さんと目があった。

 記憶にない、知らない人だ。

 ベッドから逃げるように跳ね起きて、そのまま美人さんに背中を向けてテレビに逃げた。


「末那さまはテレビがお好きなのですね。学習しました」


 気味が悪くてゾゾゾってきた。学習ってなに?


「末那さま、コマーシャルの間で構いません。何卒なにとぞ、お聞き届けくださいませ」


 無理矢理なにかしてきたわけでもないし、今は無視が一番な筈。

 なんかこっちが悪いことしてるみたいだけれど、でもやっぱりすごく怪しくて。


「末那さま」


 そう言われても……。もう少ししたら、看護師さんがカゴ車を引いて朝ご飯を運んできてくれる。そしたらあいだに入ってもらって、それからなら、ね?


「ふふ、末那さまはコマーシャルもお好きなのですね。学習しました」


 なにそれなんで嬉しそうなの気味悪い。それとさっきの雰囲気どこいった?


「お楽しみのところ申し訳ございません。朝食のお時間となりましたのでご準備ください。別室にご用意しております」


 ――――え?


「うぅ。ようやっと、こちらを向いてくださりました……。小さな一歩ですけれど、記念すべき歩み寄りの第一歩です」


 グッときてるようだけど、え、準備ってなに? いつもの看護師さんはどうしたの? というか今気づいたけどその服装ってもしかして……。


「メイドさん?」


「医療用バイオロイドNo.9と申します」


「そうじゃなくて」


「メイドさんです」


 メイドさん。漫画やテレビとかでしか見かけたことないあのメイドさん?


「本物?」


「ではありません。末那さまの趣味嗜好から、お気にしていただけるよう仕立てましたところ、この給仕服に行き着きました」


 趣味嗜好? お気に召していただけるよう?


「仕立てたって、自分で縫ったってこと?」


左様さようにございます。末那さまが所蔵されております漫画本やご視聴なされるドラマから、白と黒を基調とした肩口フリルのゴシックエプロンドレス、いわゆるメイド服がお好きであると見当をつけました」


 言われてみれば、大正ロマンとかそういう漫画をよく読むし、そこの本棚にも並んでる。

 でもメイドさんが目当てじゃなくて、その古めかしい雰囲気が好きなんだけど。


「あ、もしかして、その喋り方も漫画から?」


 分かりづらいというか。

 遠回しな感じでクセのある話し言葉もそんな気がする。


「左様です。末那さまが特に愛読されております大正ロマン「サクラ学舎がくしゃの三人娘」を参考にしております」


 とりあえず、この子が勉強熱心なのは分かった。


「また、私の容姿……、絹のようになめらかな白髪はくはつと、琥珀色の瞳に白磁を思わすやわい肌。すべて末那さまに合わせて生まれました」


 私に合わせて、生まれた?


「あらためまして。医療用バイオロイドNo.9と申します。末那さまのご病気を治すため、『二人暮らし』に参りました」


 ……とにかく悪いヤツじゃないらしいけど、とっても怪しい子だってことには変わらない。


末那まなさまどうか末永く、お傍に寄せていただきとう存じます」


 うん、ちょっと落ち着こう。

 落ち着けば、今の状況が見えるはず。


 ――――クゥ。


「末那さま……。ふふ、末那さまのおなかの虫さまは、とても可愛かわいらしゅう声で鳴かれます。学習しました」


「そんなの学習しないでよっ、それよりご飯、連れてってくれるんでしょう? 案内してよっ」


 もうっ、調子狂わされてばかりじゃんっ

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