前略、午後9時あのカフェで
高瀬晴臣
第1話
第一章
僕は新人賞を受賞した。しかし僕にとってそれはどうでもよくて、どんな賞を取ろうともどんな名誉を貰おうとも決して手に入らないものがあったのだ。
たった一度だけだけ確かにつかんだその宝物を話してしまった自分を恨み、空っぽなまま文字を綴る。
儚く消えてゆく桜散る4月の出来事を──
*
4月、僕は桜の花びらの祝福を心地よく感じながらいつも通り通学路を歩いていた。春になったとはいえまだ少し肌寒く、スプリングコートが恋しくなる。そんなことを思いながら僕はずりおちてくるメガネを上にあげ、読みかけの小説に目を運んでいた。
1年の頃までは一緒に帰る友達もいたが、2年の夏くらいから皆揃って彼女を作り、気がつけば僕は取り残されていた。そんな彼らにとって毎月が春であり、夏も冬もないのだろう。なんて皮肉を並べ、僕は羨ましいという感情を誤魔化した。
「別に彼女なんて居なくたって。」
ポツリと1人呟いた僕の心に穴が空いていた。
学校に着くと友人の智也が僕目掛けて吹っ飛んできた。思わず身を交わした後に、智也に大丈夫かと聞いてみる。受け身をうまく取れなかったのか腰を痛めたみたいだが、平気だといわんばかりにグッドサインをしてきた。
しかしそんな余裕もつかの間、智也が飛んできた方向からもう一人の友達の健太がものすごい形相で近づいてくる。
智也は涙目になりながら僕の後ろに隠れ助けを求めてきた。
事情を聴くと智也が健太のオーディオプレイヤーを借りたが壊してしまい、証拠隠滅のために校庭に埋めたらしい。
僕はため息をつきながら足にしがみついている
二人とは中学のころからの付き合いだ。教室で一人本を読んでいた僕に声をかけてくれた二人にはとても感謝しているが、智也に関しては迷惑しかかけられていない気がしてどこか複雑な気持ちでいる。なんてことを一人で考えながら苦笑していた。
8時40分をまわり、担任教師の号令のもと、朝のホームルームが始まった。健太はいつも通りニコニコとしていたが智也は頭と机が仲良しになっており、今にも頭から煙が出そうな勢いだった。
そんなこんなで授業も終わり放課後の教室で他愛のない会話をしていた。そして教室に僕ら三人だけになったくらいのころに智也がキラキラとした笑顔で僕達に言った。
「なぁ!しってるか?この辺にカフェがあるんだけどそこで働いている同い年くらいの子がめちゃくちゃかわいいんだぜ!」
「へぇ……。ってかこの辺にカフェなんてあったっけ?僕いつも通学路歩いてきてるけどカフェっぽいところなんてないよ?」
「あるんだよ!ちょっとわかりずらいんだけどこっから五分くらいのところに。だからさ、いってみようぜ!今日!今から!」
智也の提案に僕は少し抵抗があったがコーヒーは好きだし少し気になる気もした。健太も快く了承していたので向かうことになった。それぞれ帰宅の準備をし、教室を後にする。
カフェに向かう最中、智也が僕に向かって『彼女を作らないのか?』と聞いてきた。僕は作ろうと思ったことはあるが色恋におぼれるほど時間的にも精神的にもゆとりがない。創作途中の小説もあるし祖父母があまり体調がすぐれなく、家事などを手伝わないといけない。もちろん好きな人ができてその人と結ばれて、長く幸せな時間を過ごせたら幸せだろう。だが僕にとってそれは縁のない話で夢の股夢なのだ。
「残念だけど僕には無縁だ、好きな人とかもいないしね。」
「ちぇ、つまんね。お前のことからかえると思ったのになー!」
わるかったな。と心の中で一言智也に言いながら僕は苦笑いをした。廊下の窓は所々空いており少し肌寒い。僕はマフラーに顔半分を埋め、ブレザーのポケットに手を入れて歩いた。窓の先では小鳥が2羽仲良さげに空の旅を楽しんでいる。
「ところで、お前。その女の子はどんくらい可愛いんだ?お前の目利きの良さはお墨付きだがちょっと心配だな。」
「健太よ、俺を信じろ。大船に乗ったつもりでついて来い!絶対に後悔はしないぜ。」
「お前ら二人とも彼女持ちだろ。そんなことやって彼女に申し訳ないのかよ……。」
思わず二人につっこんだ。つっこまざるにはおえなかった。羨ましいという気持ちもあったが二人に対して呆れた部分もあったのだろう。すると二人は顔を合わせからニヤリと笑い僕のほうを見た。
「そうだよな~『彼女』がいるのにそんなことしたらだめだよな。な?健太」
「そうだな、『彼女』がいるのにそんなことするのは心がいたたまれないよな。」
二人はやたらと彼女という単語を強調してくる。きっと僕に喧嘩を売っているんだろう。そうに違いない。だが僕は大人なので二人のあおりをスルーした。事実、二人のほうがモテるので返す言葉がないのだ。悔しい気持ちをこらえ僕は二人に言った。
「んで、どうすんだよ。いかないなら僕は家でやりたいことあるから。」
「お?やることってあの長ったらしいショーセツの続きか?」
「まぁそうだよ。智也僕の小説よんでくれたの?」
「んいや。俺にはあーいったもんは性に合わん!ちょっと読んだけど5分したらぐっすりだったぜ」
智也は親指を立てながら自慢げに僕に告げた。最初からそうなる気はしていたが、この二人のほかに小説のことを話せる人がいない僕にとっては、藁にもすがる思いだった。だがまぁ
「あ、あー......。小説、実はまだ読んでないんだ悪いな。ちょっといろいろ忙しくてさ」
「お?健太忙しいって『彼女』と熱々なのか~?」
この
「ちがうわ!ほら例のあれだよ。この間お前にもわかりやすいように話しただろ」
「あー!思い出した。綾人の」
「ばか!お前黙れ!」
ゴツン。という鈍い音が智也の頭上で響く。健太の力強い一発により健太の脳細胞が8割死滅したようにも思ったが彼の場合はもうすでに死滅してるので問題ないようにも思えた。
――――ん?僕の?
智也が言いかけた内容が気になった。何をするつもりなのかわからないが、そこはかとなく危険な感じがする、僕の第六感がそう言ってるのだ。健太はともかく智也が関与しているとなると不安しかない。僕は立ち止まり後ずさりをした。
「いってぇなバカ!俺の天才的な頭になにすんだよ!」
「バカはお前だあほ!何考えてんだ。ったく……。お前のせいで綾人がものすごい顔になってるぞ」
「あ、ほんとだ!般若みたいな顔になってるぜ!」
僕の不安をしりめに二人は僕の顔を見て大笑いしている。ため息を漏らしながら僕はまたまた歩き始めた。
そういえば中学に上がってから二人に振り回されてばかりな気がする。
――中学2年の秋に、近所になっている柿を収穫して柿パーティーをすることになった。当然柿の木の所有者にばれてしまい僕らは3人は全力で逃走した。その後3人で食べようとしたが渋柿だったため食べられなかったのだ。しかたなく家に帰るとしばらくして健太と智也、二人の母親、そして柿の木の所有者がやってきて、僕らはこっぴどくおこられた。今でも思い出したくないくらいに、怖い思いをしたと思う。
そのほかにも智也の家で闇鍋をしたり、冬休みに僕の告白大作戦をしたり、夏休みに肝試しをして二人に墓地に置いてけぼりにされたりと色々あった。そのおかげもあり、僕はちょっとやそっとのことでは動揺しなくなった。いいことか悪いことかはわからないけど。
「まぁいいや、二人に振り回されるのは慣れてることだから。それで今日カフェにはいくの?」
「あたりまえだろ!これはお前のためでもあるんだぜ?綾人」
「え?どういうこと?」
「彼女のいないお前のために、俺と健太がキューピットになってやるよ」
「イランお世話だ!」
そんなやり取りをしているとカフェ『
ツタに覆われてる。名前の割に不気味な外観に少し恐怖を感じた。携帯の地図アプリを確認したが間違いなくここだ。僕は引きつった顔で智也を見た。しかし彼は純粋無垢な少年のように目ををかがやせていた。確かにこんな外観の建物はないし珍しいが怖くないのか……?そんな素朴な疑問が僕の頭によぎった。
「すげっっげぇ!ぼろっ!」
「おいバカそんなこと言うな……。でも確かに古びた感じだな」
「とりあえず入ってみようぜ!な!な!」
智也と健太は興味心に身を任せ店内に入っていった。ここで取り残されるのも嫌だったので、僕しぶしぶあとを追いかけるように中に入っていった。内装は黒がベースとなっており、壁はグリジカオニコとよばれる天然の大理石で作られている。照明はいくつがあるのだが薄暗く不気味な感じだ。二階建てになっており一階と二階にそれぞれ大きな本棚がいくつか置いてある。
「へぇ~。なかは意外に広いんだな。ってか本棚がいっぱいだな、綾人好みじゃん!」
「まぁ嫌いじゃないかな。でもちょっと暗いし本読みづらそうだな……」
「そこかよ!まぁたしかにな~。さすが本の虫、細かい所に目がいくな」
やかましいわ。そんなこと思っていると、健太があたりをきょろきょろしている。きっと智也が言っていて美少女を探しているんだろう。それをみた智也もその子を探し始めた。しかしそれっぽい姿はなく、年老いた店員とメガネをかけた20代前半くらいの店員が話してる姿だけに見受けられる。
「おい、智也ほんとにそんな子いるのか?見た感じいなさそうだぞ」
「そ、そんなことないはずだぜ!先週と先々週もこの時間にいたんだから!」
「それ春休みだったからとかじゃないのか?もしかしたら帰省してきててその間にアルバイトしてただけかもしれないぞ」
「あ……。それあり得るかも……。」
僕は二人のやり取りを聞き、肩の力がぬけた。確かに智也の下調べはなかなかのものだが詰めが甘い。それと決定的なミスもある。そう、こいつは
すると一本の着信がこの一帯に響いた。それは健太の携帯で、画面には『母』の文字が浮かんでいた。そして彼はごめん、と一言告げその場を立ち去った。しばらくして戻ってくると。
「わり、妹が熱出しちゃったみたいで帰らないといけなくなったわ。また明日学校でな!」
といい、店を出て行った。僕たちもコーヒーを一杯注文し数分滞在した後、つられるように店を後にした。
帰り道智也は落ち込んだ表情で僕に謝ってきた。いつもの表情とは打って変わって暗い顔をしている智也に僕は思わず笑ってしまった。普段はお調子者の彼が、こんな一面を見せることはなかなかないからだ。
「なにいってんだよ。こんなにも良いカフェを近場で見つけてくれたんだからむしろ感謝したいよ。ありがとう智也。」
「綾人~!お前って良いヤツだな!マジ愛してるわ」
「はいはい。どうもありがと」
キスの真似事をしながら近づいてくる智也を両手でガードしながら僕は言った。
そんなこんなで智也とも別れ、僕は一人家路を進んでいた。信号を過ぎ細道を通り坂を下れば僕の家が見えてくる。ざっと1~2キロといったところだろう。家に帰ったら小説の続きを書こうか、それとも途中で止まっている小説でも読もうか、などと考えながら僕は心を弾ませていた。するとどこからか僕を呼ぶ声がした。最初は小さかったその声は次第に大きくなり、僕の足を止めた。
「す、すみません!!」
「あ、ごめんなさい。つい気を取られていて、なんでしょうか」
[あ、あの!もしよかったら……私……。」
――今でも忘れない。これが僕と彼女の最初の出会いだった。
前略、午後9時あのカフェで 高瀬晴臣 @haruomi3
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