第11話 噛みつく

 いや本当に。どうしてこんなことになってしまったのか。


 偽りの心を持つ者の手を噛みちぎってしまうなんていう噂が流れてしまったせいで、連日たくさんの人間が私の口に手を突っ込んでくるようになってしまった。男も女も老いも若きも関係なく、面白半分に手を抜き差ししては笑いながら帰っていくのだ。


 もちろんそんな光景もほほえましいとは思うのだが、いかんせんこうも毎日毎日口に手を突っ込まれても困るというものじゃないだろうか。実際自分が同じ立場になったらぞっとしないだろうか、来る日も来る日も口に他人が手を突っ込んでくるなんて。別に酔い覚ましに戻したい訳ではないのだ。



 それもこれもあの日、お供えのつもりか一人の老婆が小さなパンを口の中に置いていったのが始まりだ。老婆は信仰心のつもりで置いていったのであろうが、そんなところにパンを置いたら何がおこるかまでは思慮が及ばなかったらしい。

 そのパンを目当てにネズミが後ろから入ってきたわけだ。ネズミたちときたら食べられそうなものがあればどこからともなく現れて、さんざん食い散らかしていくのだ。あの日は一匹の子ネズミだったが。。。

 問題はたまたま通りすがった娼館の女が、これまたたまたまよろけながら、私の口に手をついてしまったわけだ。ネズミがパンをかじっている真っ最中に。

 後はもうご想像のとおりだ。驚いた子ネズミが女の手に噛みついてしまい、勢いで指を食いちぎってしまったのだ。


 女の日頃の行いに問題でもあったのか、その話は瞬く間に尾ひれ背びれがついて広がり、やがて嘘偽りの心を持つものが私の口に手を入れると食いちぎられるということになってしまった、というわけだ。


 それからというもの、来る日も来る日も私の口には手が差し込まれることになったのだ。

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掌編小説(Break Art) C*D @casterd

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