第9話 見えない真珠

「この習作を世に出してはいけないよ」


 師匠は生前そうおっしゃっていた。複数の先達の特徴を捉え、習作として描かれたこの絵は、最後までアトリエに仕舞われていたものだ。


「習作で報酬を得るのは画家としてのプライドが許さない」


 師匠はそのようにおっしゃって、他の弟子たちにもこの絵を外に出さないように指示していらっしゃったが、古くからお仕えしている私だけは知っている。


 これは師匠が想いを伝えることのできなかったあのお方への、想いそのものだ。


 習作と言いながら描きこまれた爪--元になった絵には爪は描かれていない--、特徴的な手の組み方はそっくりだが、同じく特徴的な笑みはわざととらせず、背景もただの壁になっている。真珠の耳飾りも首飾りもつけず、僅かに簡素な髪飾りをしただけの女性。師匠とは近しい仲でありながら添い遂げるどころか、想いを伝えあうこともなかったあの方は、結局師匠よりもずいぶんと先に早世されたのだ。


 師匠が亡くなる少し前に聞いたことがある。絵のタイトルには真珠があるのにこの女性が真珠を身に着けていないのはなぜか、と。


 師匠はこう答えてくれた。


「彼女の形見は私が一緒に持っていきたいからだ」

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