第6話 散歩
澄んだ空に強めの風が吹くある日、妻と長男を連れて散歩に出かけた。夏が近いのだろう、カラっとした風が全身を薙いでいく。
最近は戦後の復興景気に陰りがでており、パトロンからの支援が途絶えた。この風ではないが財布の中どころか戸棚の中までカラっとしたものだ。以前から生活に窮することは多かったが、最近は特に酷い。絵で食っていくのはやはりもう限界なのではないだろうか。
「ねぇあなた?」
満足に世話してやることもできずに暗い顔をしていたであろう私に、妻がなんでもないように声をかけてくれた。彼女は日傘をくるくると回しながら不甲斐ない私を元気づけようとしてくれる。
「今までもずっと、苦労しながらここまでやってきたのでしょう? 今更景気の風向きが何よ。あなたには才能があるわ。助け合い、手を取り合ってくれる友達もたくさんいる。人生には辛い時もあれば楽しい時もあるわ。今がちょっと辛いくらいが何よ。明日はもっと辛いかもしれないわ。なら今日はまだ幸いよ。明後日はもしかしたら楽かもしれないわ。ならやっぱり今日は幸いよ」
あぁ我が妻はなんと心得ているのだろう。
「筆をお取りになりなさいな。あなたがするべきことはそれだけよ」
サロンに落選し、展覧会も失敗し、今日の食事にも窮する現状をもってしてなお、不甲斐ない私を支え励ましてくれる。
あぁ我が生涯の妻よ。君と息子に今日この日を捧ぐ。
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