Belka

聖 聖冬

ベルカ

「ねぇ、あれがベルカさんじゃない? 凄く綺麗な人、隣の人は何だろうねー」


「ほんとだ、ドイツと日本のダブルなんて反則」


「背が高くて髪も綺麗なブロンドで頭も良い。更にお母さんも研究者でお父さんはベルリン警察の長官でお金持ち、男の人だったら絶対告白したのに」


「時に後輩、君は存在確率を知っているか?」


遠巻きに先輩を見て興奮している3人を無視して、不躾ぶしつけにそう問う。

その3人に気を取られていた俺はすぐに返事が出来ず、アインが推奨する近場のアイス専門店を取り敢えずリストに入れる。


今まで黙っていたのに唐突に口を開いた先輩は、アインを操作しながら歩き、画面から目を離さずに廊下の角を曲がる。

わざわざ距離を計算してまでゲームに集中したいだなんて、この惨状を知らない人たちにどう謝ったら良いのか分からない。


【Ein Beobachter】翻訳→【観測者アイン ベオーバハター


と呼ばれる超小型の機械で体の健康状態を読み取り、それとペアで使われる【プロビデンス】と名付けられたコンタクトの様な膜が、視界の中に警告や推奨などを表示して伝える。

数年前まで全世界を繋いでいたWiFiや5Gの概念を飛び越え、仮想空間へ直接意識の隔離が可能になるなど、わずらわしい機械は必要としなくなった。

地面や街頭や建物には、発表されてからも実現出来なかったスマートダストと言うセンサが散りばめられていて、その場その場でスマートダストが体から送信される健康状態を、世界保健機関に文字として人間を記録し続ける。


「聞いてるか?」


「はい聞いてますよ先輩、シュレディンガーの猫のやつですよね。箱を開けるまで観測者が居ないから、その猫は存在するかどうかってやつの」


「むぅ、まぁ妥協して良しとしておこう。細かく補足するとそれだけで君は頭がいっぱいになるからね」


「そうですね、それがどーかしましたかー」


「あからさまに機嫌を悪くしないでくれ、兎に角本題に戻すよ。最近思うんだ、私の観測者は実感出来る程に減って来ている」


「急に訳の分からない重い話になりましたね、先輩が認識できない人なんて居ませんよ。今や日本国民にはもれなく生まれた時からアインが埋め込まれるんですから、今世紀最大のテクノロジーですよ」


また先輩独特の異次元に入り込んだと軽く受け流していると、講義の始まりを告げる本鈴が鳴る。


「私は姿のことを言っているんじゃない、私を私として観測する者が……」


「講義始まりますよ。丁度教室にも着きましたから、また後で聞きますよ先生」


ひとつしか年の違わない先輩だが、大きく飛び級をして初等部になる頃は大学を卒業し、17歳と言う若さでアインとプロビデンスを開発してみせた。

名門中の名門であるル・ローザ学院を卒業し、ここ数年で急成長を遂げ世界最高の名を手に入れた、王立ミザール大学から特別講師として今日から授業をする事になった。


テキトーに空いている席を探してみるが、先輩の綺麗な容姿のせいか、いつもは人気の無い前の席が埋まっていて、仕方無く後ろにある端の席に腰掛ける。


「不躾ですが皆さん、存在確率って知っていますか?」

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Belka 聖 聖冬 @hijirimisato

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