第零話【達成使いは夢を見た】その⑨
〈3-3〉
「これは…」
俺は思考する。
これをやった犯人はどこにいる?
答えは一つしかない。俺の様子を見て、小馬鹿にしたのだ。
俺を監視できる位置にいる。
生徒指導室の先生が俺の行動を見ている。それはつまり行動をまるまる把握されているということだが、しかし、これはラッキーだ。
見ているなら、おびき出せる。
「よし!」
俺はポケットから取り出したかっこいいデザインの手袋をはめ、周囲を殴り、破壊活動を始めた。最初は、特に大事そうでもないものから。
机。棚。コーヒーメーカー。蛇口。蛍光灯。観葉植物。
次に、ないと困るくらいの大事なもの。
AED。謎の資料。USB。パソコン。
最後に、宝物のように大事なもの。
まずはこのスノードームから。
「そこまでだよ」
その声の主に、俺はその辺で止められた。
どうやらこのスノードームは大切な物らしい。
手を引きちぎられそうなぐらいの強さで掴まれているが、姿は見えない。魔法も超能力も感じないから、大方ステルススーツでも着ているんだろう。
ラドえもん風に言うなら『透明なるマント』といったところか。しかし未来のデパートで売っている『きみつ道具』と比べるのはよくないか、裏世界の裏市場で売っている殺人道具は。
音すら隠す一級品のようだ。潜伏用のそれとは違いれっきとした凶器。なにより、これは『透明なるマント』にも言えることだが、自分自身と、ポケットに入れることのできる全ての武器が暗器になるというのは、肉弾戦主体の例えば俺からしたら脅威どころの話ではない。
ステルススーツを使う人と戦ったのはこれまでに多分200回を超えているけど、すっきりと勝てたのは3回ぐらいしかなかった。
それに声から判断するに女教師のようだが、握力が人間離れしている。もしかしたらステルス無しの肉弾戦でも負けるかもしれない。
「お前クリムゾンとか呼ばれてた達成使いらしいな。薙紫紅君」
「…知っていただいていて光栄です」
「おいおい、つれない顔するなよ。まあもっとも顔を見せてない私が言うことじゃねえけどよ」
「…そうですね」
「クリムゾン君。お前、何か注文ある?」
「注文?」
「ああ。お前は予定通りリリー・シエルを助けにきて、この私とそれから都賀先生と戦わなくちゃならないわけだが…私と戦うにあたって、何かしてほしいこととかあるか?」
「…じゃあやめましょうよこんな不毛な事」
「はぁ?」
「俺は先生となんて戦いたくないんです」
「ははっ…まあ、それはわからんでもないがな…しかし、こちとら給料がかかってるんだよ」
「…なら、やはり戦うしかないんですね…」
もちろん、これは演技だ。
戦いに慣れていることを隠すための。
そうしないと、俺には人間味が足りない。
「不本意かもしれんがな」
「なら、注文はたった一つです」
「何だ?」
「本気で取り組んでください。それをお願いします。つまらない結末は嫌ですからね。本気じゃなかったから負けたとか、調子に乗ってステルススーツを脱いだら負けたとか、そういうのは無しでお願いします。」
「…ほう」
俺の手に再び血が巡り始める。
女教師は消えた。いや、この部屋にいるはずだが、やはり裏市場の商品だけあって…
「…どこかな…?」
俺はスノードームを破壊済みの机の上に戻し、警戒態勢を取る。
「ほざくじゃねえかガキ!そんなことを一々言われなくても私はハナからちゃんとやるつもりだったっつーの!」
どこからともなく、水が召喚される。水滴サイズだ。部屋中で、それこそ雨漏りしたように。そしてそれらは次第に形を変え、鋭利になっていく。そういえば『鋭利』で思い出したけど、時破田はまだ来ないのだろうか。もしかして何かあったのかもしれない。いや、来てもあんまり役に立たないだろうけど。
『こより』のような形になる。いや、渦巻きというべきだろうか。回転は加速する。
そして発射される。
怖い。
「うおおお…?」
これは恐らく致命傷になるような攻撃じゃない。この先生は俺との約束通り本気で戦ってくれている。命を取れないなら、できるだけ傷つけようと。
そしてそいつは俺と戦うにあたっては最適解だ。俺は当然避ける行動を取るが、既に部屋中に渦が配置されている。
ということで、全ては避けられなかった。何回かはわからないが、何度も、串刺しにされた。
「…うーん」
「………」
「いやあ、困ったなー」
女教師は呟く。声から、何か不満のようなものを感じる。
「クリムゾン君、これでバトルは終わりでいい?」
「………」
「いや、本気で取り組むつったってさ、やることやったしさー…ああつまんね。まあ、元々殺す気はなかったけどさ…でもそれでも最大威力を使っても意味ないなんてさ、そんなつまんないバトルある?」
「…これから俺の反撃ターンですよ」
「へえ」
「今から先生に一撃入れて気絶させます」
「やってみろ」
では、先生とのバトルもそろそろお開きだ。体をいくらか貫かれたからかなり痛いが、それでも一応鍛えているのでなんとか動けた。
俺は教員用の椅子を持った。
「では、最後に先生の名前を教えていただけませんか?」
「最後じゃねえが…私は『美樹 巴』だ」
「ミキ先生ですか。ではミキ先生、あなたはリリーを攫うことに罪悪感を感じなかったのですか」
「感じたけど…でも仕事だし」
俺はそのまま、前を向いたまま真後ろの壁へ向けて椅子を叩きつけた。
壁へ向けて。だが。
壁にはぶつからず、美樹巴にぶつかった。
スイングが女教師に、直撃する。
「が…はっ…………………え?」
攻撃面において限りなく貧弱な俺からしてみれば、ステルススーツに弱点は無い。
しかしそれを着ている人間は別だ。
人間はたとえステルススーツを着ていても背後に回るものだ。なにせ、ステルスしても相手からの目線は消せないのだから。
「ああそうですか。じゃあまた今度救いに来ますね。」
激怒復活。
脳天直撃。
さすがに防御はしたのだろうが、それは俺の腕を吹き飛ばすほどの威力だったらしい。だから無効化されたんだろう。
「じゃあ…失礼しました」
達成というのはこうして使うものだ。
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