第零話【達成使いは夢を見た】その⑦
〈3-1〉
学寮から飛び出した俺は天角学園の校門前に辿り着いた。否、校門前にしか辿りつけなかったのだ。中学生の女の子のような容姿をした一人の教師が、校門のど真ん中に立っていたからだ。
俺はそれを見てこう思う。
予想は的中した。やはりいたか。
そこにいたのは、うちのクラスの担任だった。
ホームルームでは全く分からなかったが、この先生只者ではない。なんだか、俺と同類な気がする。
一応天角学園に入るにあたって学校について色々調べようとはしたが、残念ながら俺にはハッキングの能力は無かったので、結局何もわからなかった。
教員に達成使いがいるかどうかも。
この学校の情報は、場所さえ、1週間前に郵便で届いた入学のしおりで初めて知ったぐらいだ。さすが異能が集う場所なだけあって情報管理がしっかりしてるな。
「先生、こんにちは」
「こんにちは渚くん」
「薙紫です」
「ああ、そうですか。それはごめんなさい。あなたのことは、『クリムゾン』という風に覚えていたので。薙紫くん。ですね。薙紫紅くん。」
「俺の全盛期をご存知ですか」
「もちろんですよ。生徒のみなさんについての情報は全てもう頭に入っています。教師として当然です」
なんだよ。
いい人みたいに振る舞うなよ。
異常者だらけの学校なんかにいるくせに。と思った。
ちなみに全盛期というのは、まだ声変わりが始まっておらず、それでいて達成使いだった中1の頃の話である。まあだからといって今とさほど強さは変わらない。
「…先生は担任以外に何か受け持っておられますか?生徒指導とか…」
「いえ、私は生徒指導ではありませんよ。でも…」
「?」
「達成使いの監視係ですね」
「!」
なんと。よりにもよってそんな役職の先生が担任とは…いや、俺がいるから担任なのか?
いや、なんにしろそれは困った。
いや、困ったどころの騒ぎではない。
これから理事長と生徒指導の先生をぶっ飛ばしに行くところなのに。
「…じゃあ例えば、俺が校内で教師とか生徒とかと喧嘩したら止めますか?」
「止めますね」
「俺が正義の味方だとしてもですか?」
「止めますね」
「じゃあ俺が悪の味方だとしたらどうしますか」
「………」
返答次第では久々に本気を出すことになるかもしれない。
今思い出した。この顔ら、間違いない。この人は、うちのクラスの担任は、
「キャンディ先生」
キャンディ・ベル。イギリスの殺人者数ランキングで、ついこないだまで一位を保っていた暗殺者だ。前におっさんに写真を見せてもらったことがあった。確か、厳重指名手配犯だった。
『他人任せの殺人鬼』だなんて呼ばれていて、仕事の依頼を受ければとにかく『偶然』で殺す暗殺者。もちろん、表に出ているランキングでの順位で、実際には先生より殺人者数の多い奴らはたくさんいるだろうが、情報が正しければ先生は『言葉』を操る達成使いだ。先生は少なくともイギリスで一番強い暗殺者だろう。
「…まあ、私はどちらかというと悪の人間ですから、味方をされてしまっては止める理由もありませんね」
「…」
よし。
「そもそも紅くん。私はあなたと戦う為にここで待っていたわけではありません」
「え?」
「はい、これをどうぞ」
先生は、俺に手紙を渡した。その内容はこうだ。『リリー・シエルは預かった。取り戻したければ生徒指導室まで来い』。
「な、なんと古風な…」
先生は苦笑いする。
「全く困ったものですよねぇ。」
「…どういうことですか?」
「ほら、達成使いは頼られるじゃないですか」
「…んん…まあ…」
いきなり話題を変えて来た。いや、変わってないのか。
「大変ですよ、これから」
それは同情なのか、そうではないのか、そんなことは俺にはどうでもよかった。だって俺は、頼られたことなどなかったから。
俺は味方なだけ。正義の味方が正義になりきってもなりきれないように、俺は悪には、共感できない。だから、共感されない。
「紅くん」
「はい?」
「君はこの門を超えて行くのでしょうが、それがどういうことを示すか、もうわかっていますね?」
「…はい」
「なら、私にはやはり止めることはできません」
先生はどいてくれた。
あっさり。
「あなたはこれから理事長と、さらに2人の先生を倒すことをきっかけにまたいつか地獄を見ることになる。でも、私は君をとりあえず信じましょう。大丈夫だと。行ってらっしゃい。」
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