第零話【達成使いは夢を見た】その⑤
〈2-1〉
俺は自己紹介をするに当たって、より信用してもらう為、自分がどういう目に合ってきたかをリリーに語った。
たくさん話した。
「頑張れ…って言葉は、常に上から目線してるような恵まれた強者がよく使う」
そんなことを言う奴がいた。長々と。
「事情で語るな感情で語れ」
そんなことを言う奴がいた。
庵内湖奈々。
当時、喧嘩の技術だけで能力者と渡り合っていた頃の、まだ色々と未熟だった俺は、庵内湖奈々という女の策略にまんまと乗せられ、達成使いになるまで育て上げられた後、同じく騙された狂人巫槍と戦わされた。そしてそれが彼女のミスでうっかりバレて、俺は彼女と戦うことになった。ある人から一時的に譲り受けた力を使って彼女を倒し、彼女を封印した。その際、彼女を庇った巫も同様に封印された。
巫の「僕を蔑ろにするな。」という言葉は、俺を悪の味方にさせたし、庵内の「期待しているよ」という言葉は、俺を達成使いにさせた。
良くも悪くも、2人は俺の人生に多大なる影響を及ぼした。
「うん。まあそれはいいんだけど、とりあえずお茶をいただけないかな?」
ぷっつんと、彼女は俺のセリフを切る。
「お前、図々しいぞ」
あれ?人間が図々しいと腹が立つぞ?
「でもこれが私だし」
「巫みたいなこと言うな」
俺はお茶を用意する。いくらまだ引っ越ししたばかりとはいえ、水分はきちんと用意していた。
「だからそういうのはもういいんだって。懐かしむのは1人でやっててよ、私そんな過去の話聞かされたって何がなんだかわっかんないよ」
「いやだから、庵内と巫はかつての敵で今は俺が封印してるってわけだ。俺はその時悪の味方としてはまだまだ未熟だったから、結局まだ2人を救えていない。で、その後訓練を積んだけど、回避だけ最強になっただけだ。で、それが現在だ。」
「ふぅん」
まあ確かに、彼女の言う通りだ。が…こいつ、馴れ馴れしいな。一応助けられる予定だったことはわかってるよな…?
「…で、だ、聞きたいんだけど。お前、ど」
「頑張って逃げてきた」
俺の、『どうやって逃げたんだ。不可能なはずだろ。しかも封印を3つも残したままで』という質問が言葉として会話に出る前に、彼女は答えた。
「…」
こいつまじかよ。
「頑張った」
「いや、頑張ったって逃げられるわけないだろ」
「向こうは頑張ってなかった」
「今頃頑張ってるだろうな」
さっき感じた視線は恐らくそれだろう。
まさか理事長直々に来ることはないだろうが、生徒指導の先生方はもう既に玄関先ぐらいまで来ているはずだ。
では、バトル開始か。もうすぐに。
「…」
「じゃあお前、全然逃げれてないじゃん」
「…そうだね」
「よし、じゃあまあ俺の出番だな…」
「待って」
彼女は立ち上がって外へ向かおうとする俺にそう言った。そしてこう言った。
「あなたは巻き込まない」
「は?」
彼女は、語る。
「クレナイ、私には一つだけ誇りがある。」
「知るかよ、俺は時破田に頼まれたんだ」
「クレナイ聞いて、私は元々貴族になる予定だったのよ」
「過去の話には興味ねえな」
「でも、両親が世界を巻き込むほどの暴動を起こしたせいで一家は離散してしまったの」
「………」
何か、聞いたことがある。
シエルという男と女が複数人の仲間とともに世界を滅ぼそうとした事件のことを。たった今思い出した。
…いや、まさか…でも、それなら、庵内と魔力の質が同じなのもなんとかして説明がつくような気がしてならない。
シエルの血統。
「…この先のことはあなたには教えない。でも、もう私に関わらないで。心裏ちゃんをお嫁にあげるから」
「いつから時破田はお前の所有物になった?」
彼女はお茶を濁して、1人で静かに外へ出ていった。俺は当然止めるべきだったが、でも、胸騒ぎが止まらない。なんだか、嫌な予感がする。
これは、初めての感覚だ。
巫と戦う直前にも、
庵内と戦う直前にも、
こんな感覚ではなかった。
なんだろう。
……怖い。
これはまるで、心が警告をしてくれているようだ。リリー・シエルの安否より先に、厄介ごとに首を突っ込む前に、ちゃんと調べた方が良いのではないか、と。
たまには自分の安全も考えろ。
たまには自分本意になれ。
たまには自分を大切にしろ、と。
「……」
電話をかけた。
ある少年に。
その少年はかつて俺が助けたエンジニアであり、天才であり、情報屋なのだ。
《はい、もしもし、渚さん》
「誰だよそいつは。俺は薙紫だ」
《はいはい。今日はどんな用で?》
「調べてほしい事件がある」
《何年のですか?》
「年はわからない。が、シエルという男と女が暴れた事件らしい。」
《それ本気で言ってます?》
「無論本気だ。何だ?有名なのか?」
《…ああ…そういや天角に行ったんでしたっけ》
「?そうだが」
《薙紫さんのことじゃありません…っていうか、知らなかったんですか?異能犯罪の中でもトップ3に入る大事件って言われてるんですよ?トップ3っていうのだって配慮からそう呼ばれているだけで、実質最悪の事件みたいなもんですよ》
「いや、浅くは知っていた…でも、ちょっと深入りするかどうか判断したいので聞いたんだ」
《…うーん。僕はオススメしませんけど…まあ、とりあえず、資料送りますね。薙紫さん、引越し後の整理はすみましたよね?パソコンはありますね?》
「こんなこともあろうかとな」
《じゃまあ、読んで、自分で判断してください》
通話終了。
と同時に、俺はパソコンをつける。送られてきたのは、国際異能連合という組織に保管され、コピーできないはずのデータ。まあ、俺は異能犯罪の防止にめちゃくちゃ貢献しているから、無能連合(という呼び方から、彼らの仕事してなさを察してほしい。)のデータを勝手に見た所でなんの罪悪感もない。が、少年にハッキングさせてしまったことについては反省している。しかし、他に頼れる人もいないのだ。なにせこんな緊急事態はなかなかないから。いや、緊急事態と決まったわけではないけど。
とまあ、俺より賢い彼はそんな俺の考えを既に忖度してくれていたようで、送られてきたメールの最後には『気にしなくていいですよ、たまたま家にあったやつですから』と付け足されていた。
本当に、ありがとう。
これで最後にするから。
そのデータにはこう書かれていた。
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