プロローグ【封印ラジオ】その⑥
〈1-4〉
封印能力者には昔にたくさん会ってきたが『クリムゾン』という俺の異名が業界に知れ渡るにつれエンカウント率は下がって行き、ここ最近は会っていなかった。
封印能力者は世界を滅ぼせるが、実は数が多く、運良く社会に適合して就職してる奴までいるらしい。それもそのはずというかなんというか、封印能力者は普通の能力者に比べて、精神の異常が軽度なのだ。それが何故かはわからない。(それに平均がそうであるというだけで中にはちゃんとやばい奴もいる)まあ、人の心のうちなんてわからないのが普通だが。個人的には、いつでも欲求を満たせるという認識による心の余裕があるからだと思う。
とにかく、封印能力者は基本大人しい。
だから、普通の、世界を滅ぼせない能力者の仕業なのかとも思っていたけど、でも何か、放送を聞いていて思い出す人物たちがいた。そいつらの名は…まあどうでもいいとして。哲学レィディオなんてやりたがるのは封印能力者だ。世界を滅ぼせるから、世界を理解した気になる。それが悪いことだとは思わないけど、ラジオ局と声優に迷惑をかけるのは悪だと思う。
だから、悪の味方を冠する俺は、そういう奴を救いたくなる。そう、俺は軽度ではなく、重度の思考異常者だ。
おおかた支配欲が湧いたかそれとも孤独になったか、なんにしろ、この放送をした今回の犯人、時破田心裏とやらは放って置けない。俺の心はこの悪を救うことでいっぱいになり、おっさんはそれに気づいたのか、急いで捜査しようと俺にラジオ局を出るよう促してくれた。ありがとう。俺にやる気が起きる時、事件に巻き込む呪いである負荷能力クリムゾンとは別の力が働いて、周りに恐怖を与えてしまうから。おっさんは毎回それを防いでくれる。全く、この人はいい人だ。感謝感激雨霰。
「あれ?」
そんなことを言っていたら、雨が降ってきた。俺とおっさんは住宅地の通路を走っていたから、雨宿りする場所が無いな、と嘆いた。まあ、元より雨宿りをしている場合では無いが。
「あられが降れよ、どうせ降るなら」
「紅」
と、そこには。
「…」
恐らく俺と同年齢ぐらいの女がいた。
髪の毛は後ろで団子にまとめられており、メガネをかけていて、漫画の単行本をもっている女。
まさか。
いやまさかそんな、ありえない。
でも、それは明らかにおかしい現象だった。何故か、そいつの周りだけ雨が無いのだ。いや、無いんじゃなくて…
「消して…いや、どこかへ飛ばしているのか」
「…」
「おい紅、まさか…」
テレポーター。お便りを集めるだけじゃない。もし、時破田心裏とやらがレベルの高いテレポーターなら、ラジオもジャックできるし、ジャックした痕跡すらどこかへ飛ばせる。一瞬で俺たちが突き止められても何とおかしくはない。むしろ自然だ。
そして何より…
「…後はなんとかするから逃げてください」
「紅、やっぱりあいつが?」
「ええ、この感じ、間違いないです。凶大な超能力、これは封印能力者だ」
「…後は任せたぞ」
「はい」
おっさんをここに居させるわけにはいかない。能力付きの拳銃ぐらいじゃ絶対に勝てない。
「クリムゾンくん」
「!」
シャベッタアアアアアアアアアアアアア!
「じゃなくて、薙紫紅、薙紫くん」
「紅でいいよ、そっちは?」
「時破田心裏」
「……」
「あ、しまった、時破田心裏じゃないよ」
アホか!
遅いわ!
何?このギャグ漫画みたいなノリ!…いや、ギャグ漫画じゃない、バトル漫画のちょっとしたギャグパートのノリ!これ、うっかりしてる天然ちゃんだけど実は強者であることを表す表現の一環で自分の名前バラしちゃう奴!
「時破田鋭利」
「そんなに変わってねえ」
「しまった。これは弟の名前だった」
「まず苗字から変えようよ」
「あたしは時破田心裏」
「諦めるなよ」
何?何こいつ?さっきの緊迫してたのは何?いや俺もシャベッタアアアアアアアアとか思ってたけど。
「まあ、ご存知の通りあたしが放送をジャックした犯人だよ。知ってる声でしょ?」
「…こちらの捜査は筒抜けだったようだな」
やばい。シリアスに戻そうとしてるのが面白くて、失礼にも吹き出しそうだ。
「…」
彼女は漫画のページをめくる。
「まあ、捜査はずっと見てたし聞いてた…なにせ、あなたの推測通りあたしは封印能力者でテレポーターだから」
「人と喋る時は目を見たらどうだ?」
「ああ、ごめん、それは無理なんだ」
「は?」
「あたしはさっき言った時破田鋭利っていう弟に存在を消滅させられ続けてるんだ」
「…え?」
「だから、『生きている』とか『話している』とかいう事実を、逐一漫画からテレポートしなくてはならないんだよ」
…いきなり新情報を大量に持ってこないでほしい。どれが今一番重要な情報なのかわからなくなるじゃないか。
・時破田心裏はやはり封印能力者のテレポーターだった
・弟の鋭利に存在を消滅させられ続けている
違う。
このへんは今はどうでもいい。いつかどうせ巻き込まれるにしても、今は覚えておくだけでいい。今重要なのはこれ。
・概念をテレポートできる
封印能力者確定だ。こいつは世界を滅ぼせる。
「はあ…かわいそうにな。じゃあ何か?それでお前はひねくれて、哲学レィディオなんて始めたのか?」
「まさか。これでも日常生活じゃ不便はしてないよ」
「日常生活じゃない場面ってどこだ」
「さあ?紅の知ることじゃないんじゃない?」
「じゃあさ」
「何?」
いつものように。
俺はこれまでと同じように問いかけた。
「もしその呪いが解けるって言ったら、もしその呪いが解けたらお前は放送のジャックをやめてくれるか?」
「どうしてそうなる?ストレスは感じてないし無関係って今言ったじゃん」
「単なる交換条件だよ。俺がその鋭利とやらがお前にかけた呪いを解く代わりに、これ以上ラジオ局の胃をきりきりさせるなっていう」
「わりにあわないな。そんなことできるわけないじゃん。それとも何?あなたは最強主人公か何か?周りに出来ないことが出来て、ちやほやしてもらえる感じの」
「いいや。でも…」
俺はこう言った。
達成『マゼンタ・エモーション』。
それが俺の『達成』だ。
お前のテレポートで消滅に抗えるということは、弟の呪いもまた異能なんだろう。どれだけ強いかは知らないが。それこそ世界を滅ぼせる能力かも知らないが、
「俺には関係ない。もっと言うのなら、感情を操る俺の『達成』には関係ない」
あらゆる常識とあらゆる非常識を操るのが能力者なら、俺はそれを止めることができる。
「あらゆる当たり前とあらゆる摩訶不思議の上に立つ、俺は達成使いという。」
最強に絶対なれない代わりに、最強にも殺されなくなる力。
それが、達成、である。
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