第21話:別れの前に


 水地を回収して女子寮に戻ると、少女達はすでに学校へと向かっており、静かな寮内だった。


 怪我を理由に欠席したメイと望、水地のことが心配だった茜は寮内に残っており、水地をある程度治療――とはいっても細々とした傷の手当てと解凍するかのようにグツグツと煮えるような風呂に叩き込んで暖めたりしただけではあるが――して眠らせると、すでに夕方近く。学校帰りの少女達が戻ってくる時間になっていた。


 そして、夕方。

 すでに外は暗い。

 管理人としては、夕食を作る時間ではあるが、人を目の前で殺している男の料理を食わすわけにもいかない為、残っていた3人に夕食を作るように頼んでいた。


 そして夜。

 食堂がざわついている。

 

 学生の仕事として勉学に励んだ少女達50名が食事をしているのだからざわつくのは当たり前だ。


「……」


 そんな中、調理場が見えるカウンターに寄りかかり、夕食を食べる少女達を不機嫌そうに、面倒そうに見つめている男が1人。


「カヤちゃん、似合ってます」

「……今の俺に、話しかけないでくれ……」


 カヤは今、三角巾とエプロンを着けていた。どちらも白で、メイが調理場を使うときにいつも着けているものである。

 カヤが好んで着る黒い服装に白がよく映えていた。


「あはは♪ 管理人さん、可愛い♪」


 茜の言葉に、辺りから笑い声が漏れる。

 その白い割烹着のようなエプロンに可愛らしい猫がプリントされていなければこうもからかわれなかっただろうか。


「……お前等は……」


 脱力しながら、何か言おうと口を動かすが、結局、何も言えずにため息をつく。


「それにしても、おっさんの作った料理、美味いな。昨日の朝食はメイが作ったのかと思ってたけど、おっさんが作ってたんだな」 


 望は、先ほどから箸を置く気がないのか、人の三倍は料理を食べている。

 よく食うもんだと感心した。


「当たり前だ。俺がメイに料理を教えたんだからな」


 そう言い、ため息をついて三角巾を外す。

 女生徒達は、カヤが作った夕食を食べ終わると、カヤに一言ずつ言って食堂から出て行く。

 中には、結婚生活がどうとか、どうやって知り合ったのか等、カヤからしてみると意味不明な質問を投げ掛けて去っていく少女達もいた。


 食事中にもそんな話題で持ちきりなのはなぜか聞いてみたが、自分で暴露したと言われてもさっぱりわからない。

 結婚間近の恋人はいたが、今はすでに失い、独り身なカヤである。

 少女達ともそこまで親しく話したわけでもない。


 カヤが分かったこととしては、少女達が昨日の出来事をまったく気にしていないということだけだった。

 思うところはあるだろうが、この1日の間に彼女達に何があって心境の変化に至ったのかがさっぱりわからない。

 自分が深く考えすぎているだけで、そんなものなんだろうかと思い始めてもいる。



 しばらくすると、残っているのはいつも通りのメンバーと、食後の雑談をする少女達数人だけとなった。


「そもそも、作れと言っただろうが……目の前で人を殺したやつが作った料理食べて美味いか?」


 カヤが喋りだすと、雑談をしていた少女達も言葉を止めてメイ達と合流し、カヤの話に耳を傾け始めた。


 あの時。

 水地を運び込んで望に夕食を作るように言った時に、メイは腕の怪我といまだふらつく状態だった為作れるわけもなく、茜は水地の看病もあり出来ず。

 消去法で望を指定したが、必死に茜とメイに止められ、結局カヤが夕食を作る結果となっていた。


 朝食は望が作ったとは聞いているが、何かあったのだろうか。

 その話題になると、騒がしかった食堂さえもしんっと静まり返ったのはなぜなのか。

 謎は深まるばかりだった。


「美味いことには変わりはないと思いますよ。カヤちゃん。ちょっと考えすぎです」

「前の管理人が作った夕食を食べてきたわけけだし……誰も気にしてないけど?」

「なんか変な味してたから、夕食を外で済ます子もいたしね」


 眠たそうな美冬の口に、食事を運んで食べさせながらメイがそう返してくるのに合わせて少女達も自分達の考えを伝えてきた。

 言われてみれば、メイも望も手は血に染まっているわけだし、駕籠が裏の住人と知らず、作られた料理を食べていたわけだから今更気にならないということは頷けた。


 なんせ、それに比べれば自分の作った料理のほうがましだったのかもしれないとカヤは思う。



 ただ、人が死ぬ瞬間を見て、トラウマにさえならないのはまた別の話ではあるとは思うが。とも思った。


「ふにゅ……人殺しって、なあに?」

「……あれの、どこが16歳なんだ?」


 そう問いかけるが、誰からも答えは帰ってこない。


「まあ、お前等が片付けを――」

「おっさんがしろ」

「……俺は面倒なことを嫌う――」

「遠足は、家に着くまでが遠足だ。料理は食器を洗い終わるまでが料理だ」


 やっと箸を置いた望が得意げに言う。


「……要は、お前等は洗う気がまったくないということだな?」


 カヤはため息ついでに煙草に火をつける。


「メイや望は別にいいとして、何でお前等は俺のことが怖くないんだ?」


 カヤは食堂に併設されているバルコニーへと歩いていく。

 扉を開けると冷気が入ってくるが、いまだごとごとと火のかかった鍋やエアコンの効いた食堂の中は暖かすぎる。

 バルコニーから入る冷気がほどよく、煙草を寒い中で吸うのがカヤは妙に気に入ってしまっていた。


 数日間とはいえ、彼女等がしきりに煙を外に出すために、煙草を吸う度に開け放たれた窓等から寒さを感じていたからだろうかとも考えると、数日間がいい休暇だったのだろうとも思えた。


「おっさんは殺し屋って言っても、いまいちピンと来ないからじゃないか?」

「守ってくれたし、ね♪」

「俺の正体を知ったから、殺すってのもあるかもしれないのにか?」


 カヤはバルコニー側の机に寄りかかり、少女達を脅すような言葉を告げてみるが、反応も悪い。


「カヤちゃんは、女性を殺しません。そんなこと少しも思ってませんよね?」


 メイがくすっと笑いそう言うと、少女達は頷きで返してきた。

 それだけではなく、「ありがとう」とお礼さえ言ってくる。


「その言葉には間違いがあるな。殺さないんじゃない。……殺せないだけだ」


 ぼそっと呟き、煙草を携帯灰皿に捨てる。

 食堂の丸時計を見ると9時を指していた。


 狩りをするにはちょうどいい時間だ。


「……そろそろ、頃合、か」


 そう言うと、カヤはメイから借りたエプロンを脱ぎ、目を閉じる。


「何の頃合だよ」

「……駕籠の非公認のサイト見て、あいつ、俺の警告無視してお前等の……まあ、いろいろなモノを掲載し続けてたみたいだからな。結構な盛り上がりだったぞ。ランキングとか。で、だ。……管理人としての最後の仕事を済ませようと思って、な」


 カヤは言葉を言い終わった後、目をゆっくりと開ける。


「あ……」


 メイはカヤの瞳を見て、何を言っているのか気づいた。

 そして、カヤの黒で統一された特注の服装を見て、もっと早くに気づくべきだったと思った。

 カヤが『殺し』をする際に着る服装だと言うことに。


 カヤの黒い瞳が、赤く変色していた。

 それは、カヤが本格的に『殺し』をするときに起きる現象だった。


「お、おっさん?」


 雰囲気の変わったカヤに驚き、望が一声あげる。


「とりあえず何を見たのか知りたかったら、駕籠のサイトを見てみろ。びっくりするぞ」


 そう言うと、ポケットの中から小さなカメラと丸薬を取り出し、見せる。


「なに、それ……」

「たくさん残っているわけ、だ。カメラは。自分達の部屋を探したほうがいいぞ。部屋内に最低でも3つは仕掛けられたままだ」


 カメラを手のひらに乗せ、少女達に見せるようにする。

 着火器具を使ってもいないのに、カメラが勢いよくも燃え始め、灰がバルコニーから吹いた風に乗って消える。


「……これは媚薬、だな。裏世界ではよく見かける代物だ。軽く舐めただけでも火が付いたように体が熱くなる」


 丸薬を舐め、カヤが苦そうな顔をした後、丸薬はカメラと同じように燃えて消えていく。


「ど、どこでそんなもの!?」

「調理場。駕籠が作った料理、変な味しただろ? 体が火照ったりしたんじゃないか?」

「そ、それはぁ……」

「……ま、余計な考えが浮かぶから、言わなくていいぞ」


 少しずつ寒くなってきた食堂。

 バルコニーの扉を閉めると、


「……行ってくる、か」


 そう言い、カヤは食堂の出口へと歩いていく。

 途中、メイの隣を通り過ぎる時、メイに四角い、テレホンカード程の大きさのカードを渡す。


「一応非公認だから、な。あと、高天原特製のウイルスでも送っておけ。操作方法は……大体分かるだろ?」


 そう言うと、カヤは食堂から出ていった。




「メイさん、何をもらったんですか?」


 カヤが去った後、しばらく続いた沈黙を、1人の少女が破る。


「……許可証。

 政府公認の殺人許可証証明書です。一時的に権限譲渡されました」


 メイはそう言うと、それをポケットの中へと入れる。

 これを使って駕籠のサイトを見るとしたら、集合して見るべきだろうか。それとも今この場にいる皆で見るべきか迷いながら、メイは「枢機卿カーディナル」と言葉を紡ぐ。


 目の前に、カヤが使っていた電子パネルが現れ、それを見たことのない少女達が驚きに声をあげる。


「……あ」


 そんな中、枢機卿を見慣れている望が気づいた。


「どうしたの?」

「おっさん。……食器洗ってない」


 はっきりしている事実だけが、その場に残っていた。

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