―SS級殺人許可証所持者 ナノ―
とある安賃金のアパートの一室。
「なんだにかっ!」
暗闇の中。複数のサーバーと乱れた布団があるだけの一室で、駕籠はキーボードで必死に対策プログラムを打ち込んでいた。
「誰がウイルスを送り込んだに!?」
「……」
「だ、だれ――」
背後に視線を感じ、駕籠は振り向こうとした。
すぅっと、何かが通りすぎる音を、耳が酷くはっきりと大きな音として捉える。
「――……?」
駕籠は自分の目と目の間に何かが突き刺さった感触を知った。
初めて知る感触。目は自然と内側に寄り、何がそこにあるのかを見る。
「……あ、ぐ……!?」
それは、鉄の塊。よく見ると、鋭利な刃物のようだった。
片刃。それが日本刀のようなものだと気づき、視線がその刃物の先を辿ろうとするが、目はぐるんと回り、暗闇を映し出す。
暗闇の中。黒い中国風の服と、黒い鍔が長めの帽子を被った男が、背後に立っていることは駕籠にはわからなかった。
「逃がしてもらえると、思った、か?」
その声は聞き覚えがある。
すっと、何かが抜き取られる感触を感じた。
生暖かい液体がぬるりと流れていくのを感じると、背後にいた何かが動いた気がした。
「……二重……影……」
中国服の男は深く被る帽子を軽く上に持ち上げる。
「……」
2つの真紅の瞳が駕籠を見つめている。
男はゆっくりと腕を振るう。
ぱきんっと液晶ディスプレイの割れる音が聞こえ、駕籠の意識もそこで途絶えた。
・・
・・・
・・・・
深夜。
ガコンッと、自動販売機の取り出し口から音が聞こえ、取り出し口にある缶ジュースを取った。数は2つ。
『華月』の1人、解であった。
解は女子寮から逃げた後、華月のリーダーとコンタクトを取り、今回の依頼から手を引くよう指示を受けていた。
今から依頼破棄を駕籠に伝える途中の道程である。
リーダーに閃光の二重影と戦いとなったことを伝えると、2つ返事で撤退の言葉をもらった。
やはり、リーダーと言えど、世界最高の殺し屋に目をつけられるのは避けたいらしい。
一度襲撃を受けて壊滅的打撃を受けたから尚更なのであろう。
今は元の拠点を捨て別の拠点に移動しているとも聞いている。
駕籠がなんと言おうとも、殺してでもこの場からすぐに逃げ出し華月本体と合流したかった。
殺し合いが好きな解ではあったが、閃光の二重影とは出会いたいとも思えない。
圧倒的な殺意と力に、例え自分がこれからどれだけ強くなろうが、勝てる気がしなかった。
まだ底が見えない強さに、心が折られていたと言い換えてもいい。
解の目の前には安そうな2階建てのアパートがあった。
そのアパートは見た目は2階建てではあるが、人は1人のみ住んでおり、中はすべて駕籠のものである。
その2階の1番奥の部屋に入り口がある。
かんかんっと音を立てながら、鉄の階段を上がり、入り口へと向かい、ドアをノックすると、キィッと、鉄の軋む音がして、ドアがゆっくりと開いた。
「……」
いつもなら扉を開くと、サーバーの駆動音が絶えず聞こえてくるはずが、今回はそれがない。
何かが起きている。
そう直感的に感じた解は、懐からナイフを取り出しゆっくりと進んでいく。
部屋の奥へと移動していくと、真っ暗なディスプレイの前に座る駕籠がいた。
「……」
部屋内はいつも通りの光景が広がっている。
電気のついてない部屋。
乱れた布団。
パソコンの前に胡座をかいて座る駕籠の姿。
ディスプレイの電源が落ちていることに不信を抱き、駕籠を軽く蹴る。
駕籠は、ぐらっと揺れると、仰向けに倒れる。額から大量の血が、思い出したかのように流れ始めた。
「……非公認の殺し屋と、許可証を持つ殺し屋の違いを教えてやるよ」
解が歩いてきた通路から、声が聞こえてきた。
ばっと振り返り身構えるがそこには暗闇が広がるだけで何もない。
声は続く。
「それは、『型式』に習熟しているか――」
背後で倒れていた駕籠が急に動いた。
糸に吊られるかのように立ち上がり、ふわふわと宙に浮いている。
顔を解へと向け、血塗れの顔をにぃっと歪ませると、駕籠の眼球が、ゆっくりと飛び出し、地面に転がる。
「――いないかの」
やがて、顔面がぶくぶくと膨れ始め、勢いよく破裂した。辺りに白い液体が混じった赤い鮮血や脳漿をぶちまける。
「……ちょっとした違いだ」
異臭が漂う中、どこからか聞こえる声を待っていたかのように駕籠の体全体が急に盛り上がる。
内側から、ボンッと音が出るほど勢いよく破裂し、服を突き破り、内部の臓器の切れ端や鮮血が飛び散って辺りに舞い散り通路まで流れていくのを、解はただ呆然と見るだけだった。
ぴちゃっと音を立て、通路の暗闇から羽が舞い落ちるように中国服の男が姿を現す。
「に、二重影!?」
「今からじっくりと……型式を、その身に刻み込んでやるよ」
「おぉぉぉぉっ!」
解はすぐに窓に向かって体当たりをし、ガラスの破片を纏いながら外へと飛び出す。
逃げたい。
死にたくない。
そう思いながら、逃げる。
アパートの中では男が1人立っている。
「SS級殺人許可証所持者、ナノ」
そんな言葉をぼそりと、誰に伝えるわけでもなく呟くと、アパートに火の手が上がる。
「仕事を、開始する」
立ち上る業火の中、ナノの姿が陽炎のように2つ影を残して消えた。
陽が昇る頃。
全焼したアパートには、もう人と呼べる原型をまったく留めていなかった駕籠の変死体はない。
代わりに、変哲もない道路で復元不可能な惨殺死体が発見される。
しかし、のどかな田舎町に起きた、マスコミが飛びつきそうな惨殺事件は、報道されることはない。
表の警察もマスコミも、今回の事件には、命欲しさで介入しようとするものは誰一人としていないからだ。
裏に関われば表の誰もが口を閉ざす。
それが、特に、国を滅ぼせる力をもつと言われる死神なら尚更である。
全ては、闇の中へと消えていく。
それが、裏に関わり、死神に狙われた者達の末路である。
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