第20話:最後の休息
女子寮が慌ただしい。
襲撃してきた相手がいなくなったことで、恐怖から解放された少女達が周りの被害にあった同寮生を介抱するために動いている。
その中で最も被害を受けたメイを、カヤは、ぐったりとしたメイの希望によりお姫様だっこで寮内へと運び込んだ。
大広間のソファーでぐったりするメイに、介抱が一段落した少女達が不安そうに群がっている。
「おじ……」
その中で、茜が何か言いたそうに一瞬顔をあげようとする。が、すぐに顔を伏せ、地面を見つめたまま無言になる。
「茜ちゃん、カヤちゃんは悪い人だけを」
「人殺しには変わりないけどな。誰が決めるんだよ。悪いとか、善いとか」
そんな押し問答が先ほどから続いている。
フォローを簡単に打ち消し、カヤは折れて骨が飛び出したメイの腕に触れる。破れた皮膚の先からは止めどなく血液が流れ、このまま行けば出血による死が待っているだろうことはすぐに見てとれた。
ソファーはすでに血塗れで、メイの雪のようにきめ細かな肌も今は血色を失っている。
今にも眠ってしまいそうな意識を必死に繋ぎ止めながら。話をしていないと、目覚めない眠りが来ることが分かっているのだろう。絶え間なく言葉を紡ぎ続けている。
「ったく。こんな傷物になってどうすんだ。嫁の貰い手がなくなるぞ」
「……その……は、カヤ……ゃんが……らって……い」
遂には、流れ出る血液とともに意識も流れていく。
「メイっ!」
必死に望がメイの血塗れの腕を止血しようとタオルで締め付ける。
ただ、その行為さえすでに遅い。
次第に少女達の啜り泣く声も聞こえ始めた。
「はぁ……」
その中で一際ため息が目立った。
「おっさん! あんたなぁ!」
「ひどいよっ! 私達より付き合い長いんでし――」
「『流』の型は、苦手なんだよ」
カヤから望と茜、その他大勢の少女達の避難の声を遮る言葉と――
――淡い水色の光がメイと望を包み込む。
「慣れてないから、時限式みたいに発動すんだよ」
淡い光は特にメイの右腕に集中。
「望、これからも許可証所持者をやっていく気なら覚えておけ」
時間が戻るかのように、腕が修復されていく。
まずは、飛び出した骨が収納されるかのように腕の中へと収まっていく。
「これから、どんなに辛いことがあろうとも、尊厳が踏みにじられようとも、諦めるな。諦めたらそこで死ぬ」
その光景に目を離せなくなった少女達の1人である望に、カヤは声をかける。
望も、自分の体の、駕籠からつけられた傷か少しずつ塞がっていく感触が分かった。
「だったら、死ぬことになっても、最後まで暴れてから死ね」
食い千切られたかのように破れた皮膚が、糸で縫い合わされるかのように元に戻っていく。
理解不能な不思議な光景に、望は自身の傷を負った箇所に巻いていた包帯を取り外すと、メイの体に起きている現象と同じように傷が塞がっていく光景を目にした。痛みもなく治癒されていく傷は、温かみのある水と共に、自身の心の傷も癒してくれているかのように淡く輝く。
「……それが、お前の踏み込んだ道だ。もし、生きたければ型式を覚えろ」
カヤはそんな言葉と共に、空いていたソファーに座って煙草に火をつけようとポケットの中をまさぐる。
煙草の箱を見ると、中身が空っぽだった。
舌打ちしながら、箱をくしゃっと握り潰してポケットの中へ仕舞うと座ったばかりのソファーから立ち上がる。
「後な、メイ。お前を嫁に貰ったらメグに申し開きがたたん。何で姉妹揃って俺の嫁になろうとする」
腕が治ったことを確認したのか、言葉が返ってくることが当たり前かのように、いまだぴくりとも動かないメイに声をかけると、メイが反応した。
「姉妹、どん……ぶり……? でき、ます……よ?」
「……どこでそんな言葉を……」
「茜ちゃん……から……?」
返ってきた言葉に絶句しながらメイの右腕を見てみる。
完治とまではいかないが、傷は塞がったようだ。
あくまで表面的なものであり、内部は筋繊維含めてずたずたであろうことは見てとれた。
心配させないように途切れ途切れに話をするメイは、血色は悪いまま、いまだ痛々しい。
……こんな状態で姉妹どんぶりとか、選ぶ言葉間違っているだろ……
「それは、姉妹揃ってないと成立しないぞ」
律儀に返しながら、しゃがみこんでメイの腕に触れてみる。
まだ痣のように紫に変色はしているものの、傷自体はやはり塞がっていた。
触るとまだ痛いであろうその腕を軽く持ち上げてみるとメイから痛さで悲鳴が上がった。
「じゃあ……妹……どんぶり?」
「なに教えてんだお前はっ!」
「いたーいっ!」
謎の発言をするメイを見て、いい加減どんぶりから離れろと思いながら茜の頭をはたく。
「待った!」
2人のじゃれ合いを望の大声が遮る。
吹っ切れたのか、メイの傷が治って安堵していた為か、幾分はまだぎこちなさはあるものの、いつも通りの望のようにも見える。
「メイだってまだ傷が治っただけで安静にしてないといけないんだから、それ以上話すのもどうかと思う」
正論が飛ぶ。
「ああ、そうだな……」
カヤが立ち上がると、メイの体を包んでいた淡い光が収まる。
収まった光はカヤの手のひらに丸い球体となってふよふよと漂う。
その球体をそっとメイの右腕に再度当てると、球体はメイの腕の中に消えると、メイの青白かった血色が戻っていく。
「とりあえず、応急処置だ。少しだけ血が戻ったと思うが、安静にな」
「おっさん……何を……?」
「メイの治癒力を向上させながら型式で傷を癒した。癒した際にメイの体内成分を取り込んだ水でメイの血液を分析、生成。んで、体に無理やり突っ込んだ。成分的にはなんら問題ないぞ。ただ、無理やりだから慣れるのに少しは時間はかかると思うが」
そこで言葉を切り、メイを見る。
メイは少し楽になったのか、ソファーから体を起こして笑顔を見せる。
「とまあ……さっきよりは楽だろ?」
「はい。ありがとうございます。カヤちゃん」
「まあ……本当は、『流』の型は俺より、み――」
はっと、カヤが何かに気づく。
言葉の流れから、メイも口を押えて何かに気づいた。
「み……?」
「あ……」
「みず…ち…忘れてた」
「み~ちゃん!」
茜も自分の恋人を思い出したかのように辺りを探し出す。
周りを見ても見知った女の子達だけに気づいて焦りだす。
「とにかく、俺は探しに行ってくる。なんにせよ。今日の事は忘れてお前等はもう寝ろ。朝起きれなくなるぞ」
管理人として少女達を気遣うという職務を全うしようとしている自分が面白かった。
ただ、それももうすぐ終わり。カヤはそう思いながら、大広間から出ていく前に望と茜の肩を叩いてぼそりと呟く。
「望、茜。お前等が朝食を作れ。
……目の前で人を殺した直後の奴が作った飯なんて、食いたくもないだろうからな」
カヤは、少し悲し気に笑顔を見せ、大広間から去っていく。
茜から、「み~ちゃんを助けてっ」と泣きそうな顔で声をかけてきた。
何より先に思い出さなければならない茜が、水地と本当にそういう関係なのかとも疑いながら、カヤは適当に手を振りながら消えていった。
カヤが大広間から去り、ほんの少しの間、寮内に沈黙が辺りを支配する。
今日起きた出来事は、少女達にはあまりにも衝撃的であり刺激的過ぎて現実だったのかもあやふやな状況だった。
ただ、そこにメイと望の怪我がある。
その傷と、けだるそうなメイの姿が、今日の出来事が現実だったと理解させる。
「……私も、人を殺したことがあります」
重苦しい雰囲気の中、メイはそう切り出した。
「……え?」
「私、特殊な環境っていいましたよね。お父さんとお姉ちゃん、カヤちゃんと同じ、殺人許可証所持者なんです。だから、殺人術も学んでいますし、カヤちゃんと組んで人を殺したこともあります」
「……人を殺してるって風には見えな――」
空元気な茜の声。
友達に人殺しを経験している人がいたなんて信じられないといった戸惑いが、その声から聞き取れた。
ただ、そう言った後に気づいてすぐに口を閉ざした。
すでに望が殺人許可証所持者として活躍している時点で、友達に経験者がいたということを失念していたことにもそうだが、自分の恋人である水地もそう言った経験があるということに、今までまったく気にしていなかったことを、急にそう言う目で見てしまっていたことを茜は恥じた。
「……カヤちゃんだって、優しいし、人を殺したなんて見えませんよ?」
「まあ……私もそうだしな」
腕を胸の辺りで組んで考え事をしていた望が付け加えた。
その言葉に、茜と同じく、少女達も普段接していた望がカヤやメイと同じように経験をしていた事実に今更ながら気づいたようだった。
殺人許可証を持っているだけ。そんな特殊な許可証を持っているだけの少女。
そう思っていただけだったことに今更気づいたが、今までこの寮で一緒に過ごしていた時間がなくなるわけでもなく、望に助けられたこともある。
少女達の沈黙は長いが、そこには確かに、毛嫌いする理由もなかった。
「……深く考えることもないと思います。皆には手を出さないし、危害を加える人なら手を出しますけど……」
「そう、だよね……別に、普段どおりに話してくれるし……毛嫌いする理由もないし……」
暗い顔をしていた茜が口を開く。
まだ考え事をしているのか、いつもの口調ではない。
寮内のムードメーカーである少女がそのような状況では、明るくなるような気配も出てこなかったが、茜自身心の整理がついたのか、顔を上げてメイの顔を見つめた。
目の前の少女は、やはり、人を殺すような少女にも見えず、いつもと変わらない慈しむような笑みを浮かべてみんなを見ている。
殺人許可証という言葉がただあるだけ。
それを理由に、その人を嫌いになる必要もない。
人を殺すことを許可されているだけであり、目の前にいる所持者はそれを悪用する人でもない。
「殺人許可証という証明書があるご時世です。1年や2年前にできたものでもなく、私達が生まれる前からあった証明書です。それが世界を救った事実もありますし、すべてが悪いというわけでもないと思います」
「一番ショックなのは、私たちが狙われていたってことだし。助けてくれたし……ね♪」
いつもと変わらない茜の口調とメイの言葉に大広間の空気が霧散する。
言われてみれば、その許可証は世界さえも救ったと、学校の教科書に載るほどの偉業を行った証明書なのだ。
まだすべての蟠りが消えたわけではないが、それぞれがそれぞれの思いを持ちつつも、被害を受けたわけでもない少女達が、ぶつけるものも何もなく、ぎこちないながらも笑顔が戻り始める。
「この話はここで終わり」と誰かが言い、寮内で慌ただしく後処理が進み始めた。
これからどのように考え、どのように動くのかは少女達1人1人の意思である。
「メイ、ちょっと……聞きたいことが」
そんな中、カヤから食事のことを任された望がメイに声をかけた。
妙に響いたその声が、周りの少女たちの動きを止める。
カヤがいなくなった後、望はカヤの言っていた言葉を何度も考えていた。
自分に対してのこれからのことについての言葉も考えなければならないが、今、それよりもすぐに回答がでそうなほうを優先して、何度もカヤの言葉を間違っていないだろうかと思い出す。
「お……おっさん。結婚、してたの……か?」
「私のお姉ちゃんとそういう関係でしたよ?」
ざわっと、メイの言葉に辺りがざわついた。
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