第14話:庭園の一幕


 正面玄関口の反対側。今は雪で埋もった女子寮の庭園。

 雪が溶け、春になると色鮮やかな春の花が咲き誇り、そこで女子寮の生徒が華のように舞い踊る様は、まるで妖精のようだと巷で有名な、妖精の園と呼ばれる庭園は、今は止まない雪が降り積もり、白き世界へと姿を変えている。


「水地。何人くらいいる?」


 その妖精の園で探知を開始した水地にカヤが声をかける。


 水地が目を閉じ意識を集中。左腕を振るうと周りに積った雪の一部が水地の手に集まり圧縮。純白を思わす白い弓を形作った。


 自分の服が濡れるのも気にせず、水地はその場に片膝をあげて座り込み、左手に握り締められた白い弓を正面に構える。いつの間にか形成されていた細く白い半透明の弦をゆっくりと引き始める。

 その弦からゆっくりと指を離れると、水面のアメンボが足をつけているときのような波紋が水地から現れ広がる。リンッと鈴の音に似た音が重なり合い、音と共に拡散していった。

 拡散される波紋は辺りに降り落ちる雪に触れると、それを粉雪に変えて辺りに細かな雪を降らし、寮内から漏れる光に反射してきらきらと舞い落ちていく。

 水地の周りは水地の周りにだけスポットライトが当たったかのように、粉雪が輝きながら落ちては消えていく儚い輝きで溢れかえった。


 探知と呼ばれる技巧は、本来は五感の内一つの感覚を閉ざし、他を鋭利にし、探ることを指し、人に対してのみ適応される。


 水地のそれは、彼特有の『弓』を使い、波紋を生じさせることにより、全ての気配を広範囲に感じることができ、現殺人許可証所持者の中では珍しい技巧であった。

 彼本来の仕事である遺跡発掘にも大いに役に立っている。


 これが『弓鳴る』という彼の弐つ名の由来であり、鳴るにあたって行う行為である、『水』を操る力を使うことから、弓鳴りの水となる。


「相変わらず綺麗な『ながれ』の型だな」

「褒めてもなにもでないけど」

「純粋に思ったまでだ」 

「そりゃどうも」


 水地達の正面。庭園を挟んだ遥か遠くの暗闇の中に広がる山脈――尖山せんざんの下腹部にその山を囲みこむように広がる森林地帯の先。

 敵意を露にする気配を感じた。


 数は5人。


 うち4人は恐らく華月。残りは下弦駕籠であろうと推測した。


 水地も戦闘においてはそれなりの『力』を持ってはいるが、しかし裏世界最強と呼ばれるカヤに名前を知られる暗殺集団の4人を相手に出来るほどの圧倒的な力を持っているわけでもない。


「5人だ。華月と思われる気配が4。あとは駕籠だ」

「ふむ……商店街で感じた気配と合っているか……」


 いかにこの女子寮に戦火を広げず一人で戦い、尚且つ生き延びるにはどうすればいいか、カヤがいる時点でそれはかなり高確率で大丈夫そうではあるが、油断をすれば簡単に死ぬであろうことは次のカヤの言葉で理解できた。


「……俺の予想が正しければ、その中の1人は俺から逃げ切ったやつだ」


 カヤはそう言うとおもむろに枢機卿カーディナルを呼び出す。

 画面の電子パネルを操作し、3人の前に簡易の小型パネルを表示させる。

 そのパネルをメイと水地は何気なく受け取るが、望は、


「え。枢機卿カーディナルってこんなこともできるのか」


 と、殺人許可証所持者の基本操作さえも知らないような一言を呟き、メイが苦笑いしながら操作を説明していく。


「今向かってきている敵の情報だ」


 こいつは本当に初心者レベルの所持者なんだなとため息をつきながら何を見せるのか説明。


 その電子パネルは『手配帳ビンゴブック』と呼ばれる、殺人許可証所持者が常に目を通しておくべき裏世界に住む人物を網羅した帳簿であった。


 カヤがソートして渡してはいるが、カヤの所持者ランクになると、表、裏の全ての個人情報が網羅されており、出身や住所、果ては何を何回したか等もリアルタイムに常に更新される、情報だだ漏れの手帳であった。

 なので、カヤとしては手配帳ではなく、ただの手帳でいいんではないかと常に思っている。

 ただ、これを黒帳簿ブラックリストと連携させることで、殺人許可証所持者内でも主に賞金首を専門に扱う賞金稼ぎがよく使う高性能な手配帳へと早変わりする。


「さて。この中でも要注意な人物についてだが」

「永遠名、ちょ、ちょと待て」

「まず、筆頭として」

「か、カヤちゃん。待ってください!」

「このかいってやつが」

「おっさん! ちょっと待て!」


 カヤが話を始めようとすると3人がこぞって邪魔をする。

 特に水地に至っては「なんてものを見せるんだ」と、カヤの取った軽率な情報公開に驚いている様子だった。


「なんだ。あまり時間ないぞ」

「いや、永遠名。これ本当か!?」


 カヤが渡して来たパネルに表示されていた手配帳に、それぞれが慌てている。

 それもそのはず。

 そこに表示されていた華月のメンバーがあり得ない表示を出していたからだ。


 れい:暗殺集団「華月」所属 脅威度 Cランク 討伐褒賞:無

 かい:暗殺集団「華月」所属 脅威度 Aランク 討伐褒賞:有

 けい:暗殺集団「華月」所属 脅威度 Bランク 討伐褒賞:有

 すい:暗殺集団「華月」所属 脅威度 Aランク 討伐褒賞:有


 カヤが見せた手配帳には、それ以外にも情報はあるが、今の状況で特筆すべき情報はこのように表記がされていた。

 脅威度は殺人許可証を持たない裏世界の要注意人物を表す場合に使われる言葉であり、それは殺人許可証のランクと変わらない。

 討伐褒賞がある時点で、賞金首として裏世界にどれだけ名を馳せているかが簡単にわかる制度だった。

 ほぼ水地よりもランクの高い、または同程度の者で構成されていることになる。


「ああ、本当だ」

「いや……だとしたらこれ……」


 守り切れるわけがない。


 水地はこの状況に絶望を感じ始めていた。

 水地自身はB級殺人許可証所持者ではあるが、戦いを専門としているわけではない。いくらカヤがSS級だとしても、流石にこの人数の高位ランクの殺し屋達を一気に相手にできるとは思えなかった。


 だからこそ、準備をして、人を集めたかった。

 カヤが管理人室で戦える人材を集め、まずったと言ったことがよく分かった気がした。

 望に殺人許可証所持者としての教育を行わなかったことを改めて後悔する。


「とりあえず、俺のほうでA級2人を相手にする。水地。お前にはB級を相手してほしい。分断が必要になるがそこは先行すればなんとかなるだろう」

「……それが妥当だな。永遠名、後の1人は?」

「メイ、望。お前等で時間稼ぎだ」


 高位ランクの名前を見て驚いたまま何度も電子パネルを見ていた望がびくっと震えた。


「おっさ……私に、勝てるのか?」

「無理だろう」

「っ! だったら……」

「戦闘はメイに任せておけ。メイならC級程度ならなんとかなる。お前はとにかく、もう1人いる駕籠を寮に入れないことだけを考えろ」


 言葉さえもまともにできない程に緊張し始めた望を見て、これは確実に失敗するとカヤは感じていた。

 少しでも時間を稼ぎ、カヤと水地が即殺した後、戻って相手をするしかない。

 駕籠自身はあの時会った時は、『銃を持っただけのただの人』であったのは確認している。

 駕籠程度は殺人許可証所持者でも相手にできるだろうと考えていたが、望を見ているとそれさえも危ういのではないかと思えてしまう。


 ただ、問題はメイであった。

 メイ自身は、ある程度の護身術を扱えるが、全盛期と比べると明らかに劣っているのは間違いなく。あの一件から、メイ自身戦いから身を引いており、自身が戦えないことに気づいていない。

 だからといって、戦力としてカウントせざるを得ない状況だったことは確かである。

 あの商店街で見知った相手――華月所属の『解』を見たときから懸念はもちろんあった。

 カヤから逃げることができた相手。

 それが解であった。

 そして粋という人物も気になっていた。

 つい先日手配帳の華月内に忽然と現れた人物。


「水地。状況はかなり悪い」


 水地の肩に手を乗せ、耳打ちするように小声で水地だけに聞こえるように喋る。


「ああ……まさかこんな大物が来てるとは思ってもなかった」

「それも、なんだが……メイは力をほぼ出せない。戦力としては期待するな」

「……それ、赤阪君も戦力として期待できないだろ」

「だから、状況がかなり悪い。……正直、所持者だと聞いたからアテにしたんだが。言い方悪いが、まさかこんなにも使えない所持者だとは思ってなかった」

「……すまん」

「いや、アテにした俺が悪いし、お前の弟子であればと期待した俺が悪い」


 5年前の裏世界最強を殺したメイが力を出せないという意味が分からなかったが、カヤが戦力と期待するなというのであれば、時間稼ぎ要員としてしか考えられないのだと水地は思ったが、力を出せないということには推測はできた。

 あの時何があったかは分からないが、まだ小さかったメイが姉を倒した時に、トラウマ的なものを追ってしまったと考えれば理解はできる。

 ただ、そのトラウマが、メイ自身が理解できていなさそうということも、カヤの言葉で理解でき、本当に戦える人員は自分とカヤしかないということに焦りも感じる。


 望もあまりな急展開についていけていないのが丸わかりだった。

 殺人許可証所持者として、何回か仕事も経験している為、人を殺すという部分についての望の覚悟は申し分ない。

 ただ、そこに、高位ランクの相手をして、自分以外を守りながら戦い生き残るという経験はしたことはなければ、このような慌て方も理解はできる。

 望は、本当に殺し合うという経験が不足しているのだ。


 水地もカヤと同じく、何としても自分に当てられた相手をすぐに倒して救援に向かう必要があると感じ取った。


 駕籠だけであればまだ女子寮に侵入を許しても何とかなる可能性もある。それでも一般人が銃を持った相手を見て、恐怖を感じないわけがないとも思うし、その場で被害にあう可能性もあるが、こんな場合であれば仕方ないと割り切るしかない。

 ただ、殺し屋が寮に侵入してしまえばそれで終わりだ。

 それが自分の恋人に向けられると思うと、誰一人として侵入を許せないと、考えを改める。


「最初から型式をフルで使え。同ランクとはいえ、殺されるぞ」

「お前と違って臆病だからな。いつでも最初から本気だ」

「ならいい」


 殺し屋達の気配は、すぐそこまでやってきていた。


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