第12話:休暇が終わる足音
気を取り直して管理人室。
風呂から上がったほかほかの二人は、タオルを首にかけながら、煙草を凄い勢いで吸うという同じ行動をしながら、目の前で少し態度の変わったメイに弁明をしていた。
「そういうものの話をしていたわけじゃないんだよメイちゃん!」
「そもそも俺がそんなの見るほど女に困ってるように見えるのか、お前は」
冷静に話しているように見えても煙草が吸っては消えを繰り返していることからかなり動揺しているのが手に取るようにわかる。
2人の煙草の煙で管理人室にも雪が降ったかのように真っ白な世界が広がっていた。
「でも……例えば、久遠さん。男の人は彼女がいても、その……そういうことってするって聞きますし……カヤちゃんに至っては、多分、彼女いないですし……」
そんな白い世界を煙たそうにしながら、メイは2人と目を合わせようとしない。
白くなった世界に我慢できなくなったのか、管理人室の窓を開けて換気すると、煙が一気に外へと吹き出していく。
代わりに入ってくるのは外気の冷たい風。
まるで、メイの今の2人に対する心情のようだった。
「うっ……いやでも、無実と誇りのために、ここはあえて言おう! 断じてそれはない! それは俺の愛の為せる技さっ!」
「……意味がわからん……それよりも、さらっとお前は失礼なことを……合ってるが」
「だから、その……忘れますっ!――きゃっ!」
恥ずかしそうに顔を赤らめて管理人室から飛び出そうとしたメイの腕をカヤがすかさず掴むと、メイは大きな驚きの声があがった。
「そんなにビクつくなっての。とにかく、見ろ」
ため息をつきながら、カヤは腕を振るう。枢機卿と呼ばれた反物質の立体的な情報画面が3つ現われ、真ん中の画面に表示されている男の情報を見せる。
「ほれ、これの話だ」
「あ……え? この人……」
情報枠に表示されている男の顔をみて、メイの表情が真剣な物になる。
「今日、近くにいるの見たろ。まあ、俺より詳しいとは思うが」
浴場で水地と話していた時と同じようにもう一つ情報枠を隣に出す。
「水地にも情報共有の為にも話をしてたわけだ」
カヤがそんなことをしていないことくらい分かってはいた。女性として好ましくない話だったからあの態度だったが、数年会わなければ人は変わるとも感じていたからこそ少しの疑念があった。
変わっていない。
そんなカヤにほっとした。
「……元々、どこぞの有名病院のやり手の医者で院長候補だったそうだ。まあ……その病院で看護師に手を出したことからこいつの調教師としての道が始まったらしいが」
情報を読みながら、カヤは簡潔に駕籠の過去の情報を説明していく。
今度は先のように失敗しないよう必死だ。
「裏の世界に首を突っ込み始めたのは調教師としての不祥事が発覚し、医師免許を剥奪された後からだ。駕籠を偉く気に入ったお得意様の専属に。下弦駕籠……ふん、安直な偽名だな。で、問題はここからだ」
ある程度の換気が済んだからか、カヤが立ち上がって窓を閉めながら続きを話す。
「何か、問題でもあるのか?」
「専属となってから、だ。クライアントがいるのか、この女子寮に目をつけた。まあ、50人もいればより取り見取り、あらゆる行為に及ぶことができる」
「あらゆる行為……?」
ぴこんっと擬音が出そうなほど、メイの白いリボンで縛った馬の尻尾が跳ね上がった。
カヤがこほんっと咳払いをする。
「その準備中に赤阪君が隠しカメラを見つけて、この女子寮から追い出したのがつい最近ってことか」
慌てて言葉の続きを水地が話す。
こちらも、メイのために必死さが滲み出ている。
「そう。その後、こいつはとある組織と手を組んでいる。これがつい最近だな」
「組織?」
「殺し屋組織」
カヤの言葉に二人の表情が強張った。
「俺も一度殺りあったこともあるんだが、その時はまだ小さな組織だった」
「何て組織だ?」
「華月」
「華月……って。今日、カヤちゃんが商店街で呟いていた……」
メイは組織の名前を呟くが、さらっとカヤが言った、「カヤと殺りあった」という言葉に、少し遅れて驚きの表情を浮かべた。
水地も同じ様な表情を浮かべている。
「カヤと、殺りあって……壊滅していない……?」
「ああ。後少しってところで逃げられた」
「カヤちゃんから、逃げきった?」
つまりは、唄として語られるほどの殺人許可証所持者から逃げられる技量を持った存在がその組織にいるということ。
カヤからしてみればどうということもない話だが、B級ランクの水地や、メイからしてみれば脅威以外の何者でもない。
カヤは、何か思い出したのか、小さく「まずった」と呟きながら、2人の驚愕なぞどうでもいいとばかりに、まったく違うことを考えていた。
……壊滅させてなかったこと、親父に報告していなかった。
休暇を取る条件の1つが、その組織の壊滅であり、それを報告していなかったことを思い出していた。
いや。まだ間に合う。
親父のことだからすでに知っているだろうが、ここで処理して報告すればいいだけだ。
たらればの話ではあるが、あの時に壊滅させておけばこんな場所で仕事のことなんか考えるはめになることも起きなかったはずだ。
そして、もう1つカヤは失態を犯していたことに気づき、舌打ちする。
のんびりした空間が気に入りすぎて、感覚が鈍りすぎていた自分に対する苛立ちを感じた。
カヤが、遥か遠くを見つめるように寮の玄関先を見つめ始める。
「まあ……あれだ。少し早まったが、ここからが風呂で言いたかった本題なわけだが、もうすぐ来るだろうから少し時間はありそうだな」
カヤが、ぱんっと、自分の両手を音が出るように合わせる。
その音にびくっと反応した2人がやっと思考を途切れさせた。
「おっさん、呼んだか?……って、たばこくさっ!?」
そんな言葉と共に、管理人室の扉を開けながら部屋の惨状に不満を述べる望が入ってくる。
「ああ。これで戦力が揃ったな」
「あれ? 師匠とメイも呼ばれてたの?」
「いえ……私は……」
苦笑いしながらメイが窓を再度開けると冷気が部屋内を冷たく冷やしていく。カヤがぶるっと震えながら煙草に火をつける。
「水地。お前、望にどれだけ教えた?」
「あー……何も」
「……数にカウントするのはまずいか?」
カヤのその言葉に水地が焦ったように動き始めた。
すぐに探知を行い、水地も気づく。カヤが感じた違和感に。
「おっさん。何の話かさっぱりわからないけど、仕事の話なら人数くらいに入れてくれても」
「お前を数にいれるならメイも数にいれる」
「メイは普通の子だろ!」
望が普通の女の子と思われていたことに自尊心を傷つけられたのか、叫びにも似た声で反論してきた。
「……おい、水地」
「ま、まあ……師弟関係だとしても、極力赤阪君には何もさせてない。学校とか、普通に生活するのも大切だろ?」
「『
「必要ないと思った」
「まぢか……」と、カヤが呟く。
数にカウントするのは確実に危うい。
少し厳しいと思いながらもどうするかを必死に考え始める。
「だからっ! さっきから私をのけ者にするなっ!」
「望ちゃんっ」
今まで黙っていたメイが望に対して普段出すことのない苛立ちの声で呼ぶ。何かを感じているのか、体は小刻みに震え、表情は強張っている。
「……メイ?」
「今の、今の状況が分かりませんか。お2人の話から私にだってわかります。今、この寮は――」
「強襲されそうなんだよ」
メイの言葉を遮り、カヤがため息をつきながら言う。
「……え?」
「だから、戦力になりそうな奴を集めて対策しようと思ったんだが。……敵が迫っている。そう言えばわかるか?」
「なんで……」
カヤの言葉が望には理解できなかった。
何が迫ってきているのかもわからなければ、それが「敵」と言われても何に対する敵なのかもわからない。
私以外の3人は何を見ているのか。
頭で理解しようにも情報が少なすぎ――
「一応、警告はしたんだがな。諦められないのか、それとも単独行動か偵察か」
「数は……5人、か? 偵察だといいが」
「まだ本格的に攻めてくることはないはずだから、偵察と考えたいところだが……」
――望には分からないまま、目の前で進んでいく会話に、2人が遥か遠くの存在に感じた。
「おっさん……?」
この管理人として来たばかりの殺人許可証所持者が何者なのか。
師匠と仰ぐ水地が、何かに気づいて慌てているほどの出来事に対して、面倒そうにため息をつきつつ、カヤは自分の指に指輪を嵌めていく。
カヤの静かな行動に、ほんの少しの不気味さを感じた。
「望ちゃん、カヤちゃんはね。裏世界でも有名ですよ?」
メイが、カヤが無造作に放り投げた指輪を慌てて受け取りながら、助け船と言わんばかりに望に情報を与えてくれる。
「赤阪君も名前くらい聞いたことはあると思うぞ?」
「「閃光の二重影」」
二人が声を揃え、カヤの弐つ名を呼んだ。
情報を与えてくれる2人を見ていた望は、その弐つ名を聞いて信じられないような物を見るかのようにカヤを見つめた。
「世界最高の……許可証所持者? こんな、おっさんが?」
信じられず、声が上擦る。
信じられるわけがない。
数いる殺人許可証所持者の中でも見たことがいないと言われる、存在しているか分からない幻と言われる所持者。
SS級殺人許可証所持者。
『閃光』の弍つ名をもつ死神。
殺人許可証所持者の現頂点が、目の前にいる、面倒そうな管理人がそうだなんて。
「休暇中なんだがな。助けてやるよ」
準備の整ったカヤが、ため息をつきながら、管理人室から出ていく。
カヤの、短い休暇が、間もなく終わりを告げる。
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