第11話:男だけの大浴場
大浴場。
カヤは今日一日の疲れを取るため、遅い時間だが風呂に入って温まっていた。
商店街で駕籠を脅した後は少女達は無事寮へと戻ることができた。
殺し屋集団の華月が手を出してくると思っていたが、駕籠が言っていた仲間というのが華月だったと考えれば、あれだけ脅せば慎重にならざるを得ない為、早々に手を出してくることはないと思われた。
不確定要素はあるが、あの状況であれ等が絡んでいないと考えるのもおかしい。
こちらも準備を整える必要があった。
いっそのことあの場で殺してしまえばよかったとは思うが、華月が関わっているのであればそう簡単にはいかないと思っている。
本来であれば、華月が関わってくる前に処理をしておけばよかった話であって、そこまで気が回らない初心者が対応したのだからこのような結果になっているのだろう。
そこで気になるのは、初心者である望であるが、師弟関係を結んだ水地がいるのになぜこのような結果になっているのかを、まずは問いただす必要があると考えていた。
「……で、なぜお前は俺と一緒に入る」
カヤだけではなく、もう一人。この浴場には男がいる。
問いただす対象である水地だ。
「いいだろ別に。寮内の子達と一緒に入っていいなら入るぞ」
「それは却下だ。一応管理人として、やろうものならお前を、本気で、殺す」
その風呂は誰も薪炊きをしてくれないため、少し温い。
総勢50人が入ってもまだ余裕がありそうな広さのその大浴場に入ってみたが、あまりにも広すぎて寂しさを感じる。
大人数で入るのであれば少しは狭さも感じるのかもしれないが、全員が全員同時刻に入るわけでもないと思うし、あまり人気がないのも頷けた。
薪をくべるのも時間がかかる。
しばらく管理人を続けるのであれば、この辺りを改善してやろうとさえ考えている自分に少し笑えた。
どこまでのんびりしようとしているのか。
数日とはいえ、この時間を自分が気に入っていることに驚きを感じていた。
「……さてと、これで邪魔する奴はいないわけだ」
急にカヤがため息混じりに水地に向かって言う。
「言い方が……卑猥な感じがする」
「お前を……襲ってどうする……」
癖になったため息をついて本題へと入る。
「……お前があまりにも曖昧に話を終わらすから、ちょっと調べた」
カヤのその言葉に、水地の笑顔が真剣な表情へと変わる。
「安心しろ。お前の仕事に関してじゃない。俺の助けはいらないだろうからな」
そう言うと、カヤは右手を自分の目線まで持ってきて、右から左へとゆっくり動かしながら言葉を紡ぐ。
「――『
カヤのその言葉と共に、湯気以外何もないその場所に緑で構築された電子ディスプレイが3つ宙に浮かびだす。
真ん中のディスプレイは黒く、赤文字で『許可証』と書かれた文字が現れた。
『枢機卿へようこそ。
SS級殺人許可証所持者
ナノ様』
機械音声が流れ、その言葉と同時にディスプレイが光に包まれる。
背景が半透明なwindows型の画面へと中央の画面が切り替わる。真ん中は立体的な、画面が浮き出ているかのように情報枠が現れ、左の枠はチャット型の画面へ。右枠ディスプレイは世界地図と裏世界の地図に変わる。
裏世界の地図には、中央に大きな樹木の形があり、世界樹と記載されていた。
世界樹事変と呼ばれる戦いにおいて、表世界の大地にも表れた大きな樹木であり、裏世界の象徴ともいえる樹木であることは裏世界では当たり前となっている。
「さて、この女子寮と近辺を調べたわけだが……」
そう言いながら、一つの情報枠をじかに触り、目の前に大きく表示させる。
「これだ。俺の前の管理人について、だ」
画面に一人の男の顔が表示されていた。
三白眼の歪んだ瞳は黒く淀み、眩しいのか左目は少し潰れて三白眼。所々に白髪の見える頭髪はスポーツ刈りと呼ばれる短髪。年は30半ばといった感じの男が映る。
下弦駕籠。
つい数時間前にカヤが脅した男だった。
「表世界でも裏世界でも有名みたいだな。流石に
「……俺が探した時は見つからなかったぞ?」
カヤは水地に見やすいように画面を斜めにするが、水地の位置からは微妙に見えなかったようで、水地は半歩分カヤに近づく。
端から見ると、仲良く寄り添っているようにも見える。
「そりゃそうだろう。普通に探しても見つからない。特に、俺らの世界じゃ見つからないな」
「意味がわからないが……」
情報枠を水地にも触らせることを許可して枠だけを水地の前にスライドさせる。
流石に男二人が寄り添う光景は、絵面的にも場所的にもいいもんじゃない。
「裏世界は裏世界。人身売買とか密輸とか。そういうレベルの物なら俺でもお前でも十分調べられるだろう? でも、こいつはそれに辛うじて入るか入らないかの部類だ。裏でも、表でも、な」
「裏の、暗殺集団関係でもないのか」
「違うね。こいつは……」
カヤは真ん中の男の顔の映ったディスプレイを操作し、水地の前のディスプレイと情報をリンクさせる。
びっしりと文字の書かれた情報枠が表示され、水地が一読していく。
それは駕籠の情報が書かれた枠であった。
「こいつは、調教師だ」
「……は?」
あまりにも聞きなれない言葉に水地が素っ頓狂な声をあげてしまう。
「裏でも、表でも――強いて言うなら、だ。いや、本当に強いて言うならだぞ?……男の生理的欲求を満たすために存在する動画等を作っている男だ」
自分で言って後悔したのか、カヤは自分の顔を手で覆い隠しながら俯く。感情が湧き上がってきたためか、浴槽の湯は熱を帯びているような気がした。
「……あ~……つまり、エロ動画とかアダルトビデオとか、そう言うのね」
「うむ」
「そりゃあ……また大層素晴らしい……役職だな」
「更に付け加えるなら、その中でもマニア的。一部の裏世界の人間にしか売買さ……あ~! 言葉選ぶのが面倒だ! とにかく、とんでもエロい上にマニア志向のエロ動画を作ってるってことだ!」
女子寮という場所だからこそ、どこで聞かれるか分からなかった為あえて丁寧に喋っていたようだが、一気に感情が爆発したようだ。
丁寧な言葉を選ばなければ簡単な男の素性を述べた。
「あ、ああ……お前、何してんだ?」
「何って何だ! こんなの調べる気なんて全くなかったんだよ! そもそもは、あまりにも曖昧に隠すからお前の最近の仕事関係を徹底的に調べてやろうと思った末の結果だ!」
怒りが爆発したためか、勢いよく「ばしゃっ」と湯を飛び散らしながら立ち上がって水地を責める様に指差す。
カヤが言葉を言い終わった直後、沈黙が支配する。
「お前……結局調べてたんじゃないかよ」
「あー! そうだよ! 悪いか!」
「いや、まあ……その、落ち着け」
「……あの、カヤちゃん?」
ふと、浴槽の向こう。壁の向こう側――雪が降りしきる外から不意打ちのようにメイの声が聞こえた。
「……メイ? お前、外で何を……?」
一気に、怒りが消し飛んだ。客観的に考えると、カヤ達の会話は――
「え? カヤちゃん達がお風呂に入ってそうだったから……薪くべようかなって――」
メイの言葉はどこか、遠慮がちだった。そして、言葉の途中で、慌てて訂正する。
「――いえ、別にっ、そんな……カヤちゃんだって男の人だし、そういうの見るのだって気にしませんし……え、でも……ここで見たりするのってちょっとどうかなって思うだけで、だから、カヤちゃんが何見ても私は全然気にしないですけど、でも……え? あれ? 作っているって……」
カヤの予感が、的中した。
幾ら上窓から湯気を排気するために作られた排気口があると言っても、外に聞こえるような声量で話さなければ聞こえない。
怒鳴るように話せば聞こえてしまうのは当たり前。
カヤ達の会話を聞いてしまったメイは、カヤが『えっちな物』の話とその考察を水地と話しているようにも聞こえただろう。
「――ちょっと待てぇぇぇっ!」
「――ちょっと待ったぁぁっ!」
二人の声が、風呂場に響き渡った。
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