―駕籠の失策―
商店街路地裏。
獲物を狙い定め、これからの計画を立てようと仮居に帰ろうとした下弦駕籠の前に男が現れた。
真っ白な世界にほぼ全身が真っ黒のその男は、よく目立つ。
駕籠は自分に用があるであろう男を見て立ち止まった。
「誰に、お前」
人気のない路地裏で、駕籠は枯れた声で言う。
男は少し鍔の長い帽子を深く被っているため、どんな顔をしているか分からなかった。
「お前の後釜の管理人だ」
「ほう?」
そう言うと、駕籠はポケットに突っ込んでいた手をだし、目の前の男に向ける。 その手には、赤く装飾されたサイレンサーつきの銃が握られていた。
「聞いておくだにか? 名前」
「……」
男はその言葉に鼻で笑う。
方言なのかは分からないが、キャラクター付けしているかのような語尾のせいで、何を聞きたいのかよく分からない。
おこうか? ならわかるが、おくだにか? となると、男の名前を聞きたいのか自分の名前を聞かせたいのかよく分からない。
話の流れからして俺の名前を聞きたいのであろう。と男は解読した。
そして、そうだとしたらとても滑稽だった。
「何がおかしいだに」
「言うと思うか? 名前だけでも簡単に身元を割り出せるこのご時世に」
「……裏世界の殺し屋だにか」
「……まあ、そうだな」
男は面倒そうにため息をつく。
銃を突き付けられ慌てない時点で男が裏世界の住人だと駕籠には分かったが、最近はそこらへんにいる少女でも許可証を持っている。人は見かけによらないから、茜に追い出されたあの時から聞くようにしていた。
思わせぶりなことを言っている調子に乗った男であれば始末すればいいだけ。
駕籠自身はそれほど力があるわけでもないが男との距離はさほどあるわけでもない。4mほどの距離であれば裏世界の殺し屋であっても、避けれるはずもない。
「ふん。……偽者!」
自分の手にある銃で撃てばわかること。
駕籠は何の迷いもなく銃の引き金を引く。トシュッと、静かな住宅街にサイレンサーで制限された音が小さく鳴る。
「もう少し、ばれないように引き金を引きべき、だな」
背後からの声に体がびくっと震える。
男が背後に移動していた。
駕籠の撃った銃弾は、男の後ろにあった電信柱に当たって小さな傷跡を残しただけだった。
「……本物の……殺し屋……」
「当たり前だ。偽者が銃を持っていそうな男の目の前に堂々と出るか?」
しばらくの沈黙。
駕籠が、離れようと銃を持つ腕を動かし振り向こうとする。
なんでもいい。とにかく撃って距離を稼ぎたい。
そう思っての行動だった。
「胴と首がお別れしたい、か?」
首筋に金属の冷たさを感じた。
駕籠の首に、刀身が添えられている。
「降ろせ」
ぷつっと、普段は聞こえない小さい音が大きく聞こえた。
生暖かい液体を首の辺りに感じ、ためらいのない殺気に恐怖を覚え、銃をゆっくりと降ろし地面に捨てる。
ぼすっと新雪の中に愛用の銃が沈んでいく。
近くの家から、匂いに敏感な犬が唸り声を上げているのが聞こえた。
「いいだにか? こんなところにいて……」
「……」
「くくく、俺だけだと思うだに? お前達を見ていたのは……」
「……」
刃物が一瞬首から離れる。駕籠はそれを見逃さず男の腕を殴り、隙間を作って目の前にダイブする。飛ぶ先には先ほど捨てた銃があった。
すぐさま雪ごと掴み取り、男に向かって突きつける。
「……形勢逆転だにね」
先ほどの動きから銃撃を簡単に避けれることはわかっている。
だからといってこのまま死ぬわけにはいかなかった。
これからの楽しみが待っているのだから。
華月が傍にいない今、とにかくこの場を切り抜ける。
その為の虚勢だった。
「さすがに殺し屋だに。が、詰めが甘いがに。さっさと俺を殺せば雛鳥達も何も起きなかっただに」
駕籠はそう言いながら立ち上がり、自分の額を拭う。
拭った手の甲を見ると、自分が見たことのない程の大量の汗がついていた。
殺し屋とは戦ったことはあったが、なぜ自分がこれほど汗をかくのか。
ただ、単に、この男の不気味さに畏怖を感じているだけでこれほど汗をかくのだろうか。
さっきの言葉で、男の動きが鈍った。
それだけであの雛鳥達の関係者と分かった。それであれば先ほどの言葉は酷く動揺を誘っているはず。
今は、こちらのほうが有利。そう感じて口元に笑みが浮かぶ。
「お前を殺した後、一人一人、雛鳥を襲って調教してやるだに。まあ、お前にも調教されて俺のモノで喘ぐ雛鳥を見せたいがに――」
――トシュッ。
言葉の途中、虚をついて銃の引き金を引く。乾いた音とともに銃弾は男に向かっていき……
そして、当たるはずだった。
「な、なんに……!?」
駕籠はそこで信じられないものを見た。
銃弾は男をすり抜け、降り積もる雪の中へと消えていく。
たったそれだけのことだったが、駕籠には信じがたい出来事だった。
慌てて何度も引き金を引き、銃弾を男に向かって発射する。
しかし、結果は同じ。
やがて、男の姿が揺らぎ、二つの影を残して、まるで、存在しなかったかのように消えていなくなる。
駕籠が残像だと気づいたとき、首筋に武器を当てられた時とは違った恐ろしさを感じた。
これが、男から感じていた不気味さであり、自分の汗の原因。
今、目の前にいた男が、元々残像だったのであれば。
なぜ刀身が当てられたかのように錯覚したのか。
本体がいたのであればいつからいなくなっていたのか。
理解ができない。
そして、
「仲間がいることぐらい気づいている。華月に何かしらを依頼したんだろう」
「!?」
「これは、警告だ。手を出す気であれば相手をしよう」
駕籠の耳に、そんな言葉が聞こえたような気がした。
仲間がいるということだけであればはったりで済む。しかし、チームネームさえすでに知られている。
「なんに、あの男……」
そう呟き、自分の他に誰もいない路地で、一人呆然と立ち尽くしていた。
周りが、犬の唸り声や咆哮に包まれている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます