第10話:商店街にて
「……幾ら今日が休みだからって、何でお前等は買出しについてくる……」
翌日。
夕食の買出しに向かおうとしていたところを、いつものメンバーについて来られため息とともに言う。
雪道を歩くよりは移動手段を使った方が明らかに労力も時間もかからない。
それに、田舎の一駅は舐めてかかると痛い思いもする。
1人であれば楽ではあったのだが。
「暇だから♪」
茜が楽しそうに言った。それに同意するように望が頷く。
いや、恐らくこいつ等は昨日の一件から味を占めたのだろう。とカヤは自分の財布の中身にどれだけ入っていたかを考える。
「暇なことには変わらないだろうが」
「そうかなぁ?」
「みんなで行けば楽しいと思います」
「おっさんをからかうとより一層な」
「俺をからかうな……」
メイの言葉に付け加えるように言う望に、面倒そうにため息をつく。
「でも、50人分の食事を作るとなると、材料も1人で持てないと思いますし」
「うにゅ。美冬も持つの?」
「お前は戦力外、だな」
メイにおんぶされている美冬をみて、本当に高校生かと思わずにはいられない。
荷物持ちだとしたら、この時点で2名脱落している。
「……?」
ふと、カヤは誰かに見られているような気配を感じた。
目を閉じると少女達の他愛ない会話の声が少しずつ小さくなっていく。
暗闇の中、不可視の波がカヤから辺りに広がり、視覚が一気に広がっていく。
『探知』
目を閉じると感じられる、人が必ず持っている僅かな『気』を感じることによって、物陰に息を潜めて隠れている敵を感知する。
許可証を入手するための最低限の技巧を、カヤは使ったのだ。
まったく害のない、商店街を歩く買い物途中の主婦や、暇を持て余して歩く学生達。 様々な気色を放つ平和な商店街内に、全く相応しくない気色を放つ数人を感じ取る。
「狙いは、俺……か?」
その中に『見たことのある人物』の顔が不可視の視界に映った。
「……あいつ、か?」
「……カヤちゃん?」
カヤの小さな呟きにメイが聞いてくる。
視界に映った人物の位置を頭の中に記憶し、目を開ける。
「あ? 何か言ったか?」
さらっと返すが、カヤはメイの言葉に、自分が言葉を返していることには気づいていない。
「今……」
「『
「か、げつ……?」
頭の中に形成された
「おっさん、かげつってなんだよ」
「……あ?」
「食べ物の名前♪」
茜の能天気な言葉に思わず呆れて、額に手をおいて脱力ポーズを取る。
「なわけねえだろ。……んなことより、ちょっと聞きたいことがある」
「何♪ スリーサイズ?」
「管理人さん、聞く気ないです」
「あは♪ やっぱり?」
気づかないとは幸せなもんだな、と思いながら茜の頭を軽くこずく。
「前の管理人の名前、
「わ! 当たってる♪」
「……何で分かったんですか?」
「尾行されてるからな」
その言葉に驚いて振り向こうとする3人をカヤは無理やり正面を向かせる。
相手はポケットの中に手を突っ込んでいたことから銃を隠し持っている可能性が十分あった。
今ここでそれを出されるとカヤも『力』を解放せざるを得ない。
カヤはそんな考えに至った自分に驚きを感じていた。
数日前なら商店街内でも、自分や知り合いに狙いを定めている敵は何の迷いもなく一瞬にして殺害していたはずなのに。
思わず自分の考えに鼻で笑ってしまった。
「痛いだろ!」
望が叫ぶように怒る。
殺人許可証所持者であればそんなヘマをしないはずだが、こいつがよく取得できたと思わず思ってしまう動作だった。
「阿呆か。振り向いて確認したらすぐにばれて隠れるに決まってるだろうが」
「あ、そっか♪」
「でも、何で名前まで?」
驚く気配もなく、メイがそう聞いてくる。
望と違って、『経験がある』というのはやはり落ち着きがある。
「まあ……正直どうでもいいことだが、お前等、俺が殺人許可証所持者だってこと忘れてないか?」
そう言いながら、女性用のコンパクトを3人のちょうど真ん中にいるメイに渡す。メイが美冬を茜に預けてそれを受け取り開けると、中にはメイの顔を映す鏡と、ファンデーションとスポンジの代わりに、ボタンが配置されていた。
その間にカヤは煙草を取り出し一服。
「何これ、可愛い♪」
「化粧でもしろって言うのかよ」
「違います。ボタンを押すとね……」
周りから見れば、楽しそうにメイが持つコンパクトをみんなで覗いているようにしか見えない。その光景も少し変だが、皆が一斉に背後を見るよりは不自然さはない。
メイが数多くのボタンのうちの1つを何度か押すと鏡の映像がズームアップし、背後の景色を映し出す。数人の子供を連れた主婦が楽しそうに買い物をしている光景が映った。
「わ、凄い凄い♪」
メイがコンパクトを少しずらすと、ちょうど男の顔が鏡に映った。
いかにも不健康そうな男の顔。眠たそうな三白眼にこけた頬。その頬に走る大きな傷。伸びきって寝癖のままのようなぼさぼさの髪。赤いコート。白ければそれは医師の着用する白衣そのものだ。
「あれ、だろ?」
彼女達は不安そうにこくっと頷く。彼女達が視線を反らした一瞬のうちに、メイが定めていた男の姿はコンパクトの鏡から消えていた。
ばれたな。
そう思いながら元管理人の逃げた方向に気配を配る。
華月がこんな辺境にいることも疑問ではあるが、それと同じくして不祥事を起こした元管理人がいることも気になる。
後で少し調べる必要もあるし、水地が関係している可能性もある。
「……今度の獲物はお前等ってことか……」
華月のこととは別としても、駕籠の行動については女子寮に対する報復という線もある。
やはり後始末ができていなかった、ということか、と、まったくの初心者である望の浅はかな行動にため息をつく。
ここは人目に付く。
殺るにしても、人が死ぬところを見たこともない一般人もいる。
一部例外だとしても、ここでは無理。
華月のことは後回しにして、まずは逃げていった駕籠を追うか。
「え、獲物ですか?……私達が……?」
「お前等、寄り道せずに帰れ」
自分達から少し離れるように歩き始めたカヤを見ると、カヤの姿がゆらっと、陽炎のように揺らめき、消える。
カヤの吸っていた煙草が孤を描いて、地面に落ち、じゅっと音を立てて消える。
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