第8話 鉄鼠

1


「出現した妖怪は、鉄鼠てっそなのです」

「鉄鼠じゃと! 場所はどこじゃ。鈴太、地図を」

 俺が地図を出すと、童女妖怪は、赤い印の一つを指さした」

「ここなのです!」

田上たのかみの家じゃな。鈴太、転輪寺に行くぞ。急げ」

「う、うん!」


2


「鉄鼠か。ならば早いほうがよいのう。よし、ちょっと待て」

 奥に入った和尚さんは、四角い籠のようなものを持ってきた。

 竹ではなく、何とかという名前の蔓植物を折り込んだ籠だ。ランドセルのように、両腕に通す取っ手がついている。

「鈴太。この背負い葛籠つづらを背負ってもらえるか」

「は、はい。なんか年季の入った籠ですね」

「千年ほど使うておる」

「うそっ」

 そんなに長く保つものなんだろうか?

 籠はそんなに大きくないんだけど、思ったより重い。背負うと少しよろけてしまった。

「大丈夫かの?」

「大丈夫だよ、天子さん」

「行くぞ」

 田上家は、松浦まつら地区にある。つまり村の西側だ。

 村の西側は東側よりほんの少し低く、田んぼが広がっている。こっち側に住んでる人は、西側の店で買い物をするので、面識のない人が多い。

 もう田んぼの稲は相当大きく成長している。青々とした田んぼのなかを通る道を、俺たちは進んだ。

「あそこが田上家じゃ」

 それは立派な家だった。

 広い門がある。その門のあたりで、五十代ぐらいの女性が、いかにも農作業をするような格好をして何かを片づけている。

 近づいてみると、門は門なのだけれど、門の一部が小屋のようになっている。農機具などをしまっているようだ。

「おお、冴子さえこさん」

「ありゃあ、天子さん。和尚さんもご一緒かあ。珍しいことで」

「ちょうどよかった。蔵市くらいちどのはご在宅か?」

「へえ。朝の間に一仕事済ませて、ご飯食べて、今はテレビをみちょります」

「おくつろぎのところ申しわけないが、ちと話がある」

「へえへえ。どうぞこちらへ」

 俺たちは、応接間に案内された。

 すぐに六十歳前後の男の人が入ってきた。

「こりゃあ、こりゃあ、和尚さん。わざわざ来ていただかあでも、言うてもろうたらこっちから行きましたのに。それに、大師堂さんと天子さんまでおそろいで。何事ですかのう」

「朝からわずらわせてすまんのう。実は今朝勤行の途中で、お告げがあってのう」

「へえ? お告げですかの」

「うむ。〈田上家に行け〉というお告げじゃ。吉事か凶事かわからんが、何か起こるのかもしれんて思うて、とにかく来てみたわけじゃ。ちょうど寺に天子と大師堂がおってのう。人手がいるかもしれんと思うて同行してもろうたのじゃ」

「へえ? ほんならわが家を調べますのか?」

「うむ。くつろいでおるところ、まことにすまんが、これも仏法の務め。少しみて何もなければ帰るので、ちょっと家のなかをみせてもらえんかのう」

「へいへい。ほかならん和尚さんのこってすからのう。どうぞどこでもみてってつかあさい」

「今家には何人おるかの?」

「へえ。こどもらは学校ですけん。ワシと蔵治くらじ蔵造くらぞうと、その女房で、六人が家におります」

「そうか」

「おい、冴子! 和尚さんがたが家んなかみたいゆうとられるけん、案内したってや」

「今、お茶が入りますけん、ちょっと待ってちょうでえよう」

「いや、申しわけないが、御仏のお告げを後回しにするわけにはいかん。先に家のなかをみせてもらいたいんじゃ」

「へえへえ。ほんならどうぞ」

 和尚さんは下駄を履いていったん家の外に出た。俺と天子さんと冴子さんがそのあとに続く。敷地のなかには、いくつも建物がある。何世帯かが門のなかに家を建ててるみたいだ。

 和尚さんは、迷いなく歩いて、一つの小屋の前に立った。

「冴子さん。ここは米蔵じゃったのう」

「へえ。米蔵です。今は野菜がいっぱい入っちょります」

「開けてええか」

「はいはい。よいしょっと、……うわあっ? なんじゃ、こりゃあ?」

 米蔵の戸を開けた冴子さんが、仰天した声を上げている。和尚さんは、冴子さんを優しくどかせて、俺ら三人はなかに入った。

 ひどいありさまだ。

 食い散らかされた野菜のかすや、引き裂かれた米俵が散乱している。

 ふつうに泥棒が入っても、ここまでひどい荒し方はしないだろう。

 農具も折れたり倒れたりして散乱している。いったい何がどういう暴れ方をしたら、こんなふうになるんだろう。

 和尚さんは、倉庫の奧の暗がりを厳しい目でにらみつけている。

「法師どの。外じゃ」

「む?」

 天子さんの先導で、俺たちは米蔵を出た。

 わずかなあいだだけど、暗がりのなかにいたから、太陽の光が妙にまぶしく感じる。

「こちらじゃ」

 呆然としている冴子さんを残したまま、一行は門の外に出た。

「あそこじゃ。あそこから妖気がただよっておる」

「おう。確かに」

 それは、小さな小さな森だった。田んぼが連なるなかに、あぜ道とあぜ道が交差する一角に、木が密集して生えているのだ。

 三十メートル四方ぐらいしかないその場所には、しかしびっしり木が生えていて、小さくても森と呼びたい気分になる。

 その小さな森に、三人は歩いていった。

 天子さんが人さし指を立てて、自分の唇に当てた。

 ここからは、話をしてはいけないようだ。


3


 小さな小さな森の入口で和尚さんは立ち止まり、葛籠を地面に下ろすよう、身ぶりで指示をした。

 俺が葛籠を下ろすと、天子さんが手際よく蓋を外した。

 なかには、お札がぎっしりと積み重ねられていた。文字が読めない。普通の日本語じゃないんだろうと思う。

 和尚さんは、俺にその場にとどまるよう身ぶりをして、お札を一枚、むんずとつかみ取ると、木立のなかに足を踏み入れた。

 至近距離からみてみれば、木と木は思ったほど密集していない。

 木立のなかほどに、小さなお堂のようなものがあり、その周りに背の低い木が何本も植えられている。

 聞こえる。

 背の低い木の向こう側から、何かの音が聞こえる。

 何の音だろう。

 いびき?

 その音はいびきに似ている。

 俺は、少しのびあがって、左右に体を動かした。

 みえた。

 茂みの向こうに、何かがいる。

 和尚さんは、その何かに向かって歩いていく。

 そのときだ。

 いびきが止まったかと思うと、何かが茂みから飛び出してきた。

〈ギギギギギイィッッ〉

 古くなった扉を無理やり押し開いたときのような音で、その何かは鳴き声を上げて、和尚さんに飛びかかった。

 それは、おぞましいものだった。

 小柄なおとなほどの大きさのある鼠だ。

 だが、手足は動物のそれではなく、毛むくじゃらではあるが、人間のそれだ。

 その奇怪な巨大鼠が牙を剝きだして和尚さんに飛びついた。

「破邪雷電!」

 和尚さんはそう叫ぶと、堅く握った右の拳をぶうんと振り回した。

 その拳には、お札が握られている。

 飛びかかってくる巨大鼠の顔の左側に、和尚さんの拳が激突した。


 ばきんっ!!


 巨木を引き裂くような音を立ててプラズマの花火が散った。

 巨大鼠は、ぶわりと宙を飛んで、立木に打ちつけられた。

 きゅいっというような小さな悲鳴を上げた巨大鼠は、しかしすばやく木立の後ろ側に回り込むと、円を描くように走った。恐ろしいスピードで。

 そしてぐるりと和尚さんの周りを迂回して、俺と天子さんのいる場所に走り込んできた。

「うわわわわわっ」

 俺はみっともない悲鳴を上げながら、それでも天子さんをかばおうと、手を伸ばした。

 巨大鼠は加速をつけたまま飛びかかり、そして空中で何かにはじきかえされて、ぐぎゃっと悲鳴を上げた。

(い、今空中で何かにぶつかって、緑色の光を放ったよな?)

 みれば天子さんは、目を閉じ、左手を握って人さし指と中指を立てて、それを額に押し当て、右手は開いて前方に向けている。

(ば、バリア? 天子さんは、バリアーを作ってるのか?)

 よくみれば、ほとんど透明だけど、うっすらとした緑色のドームが、俺と天子さんを包んでいる。

「破邪招来雷電!」

 和尚さんが大声を発すると、葛籠のなかから一枚のお札が飛び出て宙を舞い、和尚さんの右の拳にぴたりと貼り付いた。

 起き上がった巨大鼠の鼻面に、その拳がぶち当てられた。


 ばきんっ!!


 みえた。

 目の前で放電現象がみえた。

 というか、俺にも電撃の一部が飛んできたような気がした。

 和尚さんは魁偉な体をしている。

 身長もあり、重量もあり、下半身が以上に安定していて、ベテランの相撲取りのようだ。

 あの重量で繰り出すパンチを受けたら、それだけで驚異的な破壊力だと思うけれど、今はそれにお札の効果が上乗せされてる。たぶんあのお札は電撃のお札なんだ。そして葛籠のなかには、それこそ山のようにお札が入っている。

「破邪招来暴圧!」

 また別のお札が飛び出して、和尚さんの右の手のひらに吸い付いた。

 和尚さんは、倒れている巨大鼠の頭の上から、右手の平を押しつけるような動作をした。

 とたんに爆風が生じた。

 土煙が少し晴れると、頭をつぶされて、手足をぴくぴく痙攣させている巨大鼠の死骸があった。

 しばらくみていると、やがて死骸は地面に吸い込まれたかのように、すうっと消えた。

 あとには、頭のつぶれた小さな鼠の死骸があった。

「うむ?」

「おや、法師どの。それは?」

「ふむう? 鼠に取り憑いておったのか?」

「どうみても、ただの鼠の死骸じゃなあ。それよりも、あやかしを倒したのに、妖気が飛び散った気配を、わらわは感じなんだが」

「わしも感じなかった。面妖といえば面妖じゃな。じゃが生じたばかりのあやかしじゃから、戦闘で力を使い切ってしもうたのじゃろう」

 田上家の門の所から、田上蔵市さんと冴子さんが、こちらをじっとみているのに気づいた。

 そのあと、和尚さんと、天子さんは、夫婦にあいさつをして帰ったんだけれど、そのあいさつには驚愕した。

「悪い妖怪が食い物を食い荒らしたんじゃ。退治したから、もう大丈夫じゃ」

「そりゃまあ、お手数をおかけしました」

「ありがとうございました」

 えっ?

 えっ?

 えっ?

 妖怪ですよ、妖怪。

 そんなに普通に納得していいんですか?

 葛籠を背負って和尚さんのあとに続きながら、俺は首をひねった。

 たぶんこのとき、俺の頭には疑問符がたくさん浮かんでいたはずだ。

 天子さんは、昼ご飯の準備をすると言って、途中で別れた。


4


「鉄鼠は、鉄の鼠と書く。平安時代の僧である頼豪らいごうどのの怨念から生じたといわれておる」

「お坊さんの怨念ですか」

「もとはといえば、白河天皇が皇子誕生を願われたことが始まりじゃ。白河天皇は頼豪どのに、祈祷して霊験があれば望みのままに褒美を取らせる、と約束なされた。頼豪どのは全力で祈念を込め続け、ついに敦文あつふみ親王が生まれた」

「へええ。それで、どんな褒美を望んだんですか?」

三井寺みいでらに戒壇院を建立したいと願い出た」

「かいだんいん?」

「戒壇という石の壇を置いた建物のことじゃ。簡単にいえば、僧侶に戒律を授ける施設じゃな。これがあるのは大変な権威を持つことだったのじゃ」

「へえー。それで三井寺の権威が上がったんですね」

「戒壇院はできなんだ。延暦寺が文句をつけたのでのう」

「へえ? 勢力争いみたいなものですか?」

「まさにそうじゃ」

「三井寺と延暦寺は、同じ仏教でも、ちがう宗派だったんですね」

「いや。どちらも同じ天台宗じゃな」

「ありゃ」

「開祖である最澄どのの死後、この二派は盛んに争っておる。延暦寺も何度も焼き払われておるしのう」

「なんか、業が深いですね」

「はっはっはっはっはっ。しゃれた言葉を知っておるではないか」

「それで、どうして妖怪になったんですか?」

「おお、それよ、それ。一説には、このことを恨みに思うた頼豪どのが、敦文親王を魔道に堕とさんとして断食行を行い、悪鬼のような姿となって死に、そののち敦文親王はわずか四歳にして亡くなられたという」

「うわ。呪う相手がちがいませんか?」

「ふむう。わしは頼豪どのにお会いしたことはないが、そのようなことをなさるかたとは思えん」

「そうなんですか」

「別の説には、ある大貴族が修験者に命じて敦文親王を呪殺しようとしたが、頼豪どのは命に代えて親王をお守りしたという。こちらのほうが、まだ信じられるのう」

「あれ? それでいくと、鉄鼠が生まれないんじゃないですか?」

「そうじゃのう。しかし鉄鼠はおる」

「頼豪という人じゃなくて、別の人の怨念なんでしょうか」

「いや。やはり鉄鼠は頼豪どのの怨念から生じた。それはまちがいない」

「ええっ? 話が合いませんね」

「うむ。しかしそれは、今日に伝わっておらんというだけであって、当時何かがあったにちがいないのじゃ。頼豪どのが無念のあまり妖怪を生み出すような何かがのう」

「でもそうすると、さっきの妖怪は頼豪という人の生まれ変わりみたいなものなんですか」

「いや、あれはちがう。頼豪どのの本体は、めったによみがえらぬ。そうではなく、頼豪どのの霊魂は、その後各地に現れて復讐のために力を求める者たちに、頼豪鼠となる秘法を授けていったのじゃ」

「頼豪鼠?」

「生まれ落ちるなり、大食をし、食べれば食べるほど成長し、力をつけ、最後には鉄のような強靱な体躯を得る。ただし鼠の姿でのう。最終段階に進化した頼豪鼠は、八万四千匹の鼠を呼び寄せて使役することができるという」

「ああ! それでさっき、妙に急いでいたんですね?」

「そうじゃ。早ければ早いほど、敵は弱いからのう」

「和尚さんの戦いぶりに、びっくりしました。武闘派だったんですね」

「はじめは呪法を駆使して戦っておったのじゃが、まどろっこしくなってのう。一番手っ取り早く片が付く戦い方を研究して、ああいうところに落ち着いたのじゃ。呪文もひどく短かったじゃろう」

「威力ある攻撃には長い呪文がいる、というのが物語ではよくいわれます」

「それは正しい。しかし、工夫すれば短い呪文とお札と霊力の組み合わせで、強い力を発揮することができるのじゃ」

「もう、退治できたんですよね?」

「もちろんじゃ。心配にはおよばん」

「そういえば、田上家の人たち、〈妖怪を退治した〉と聞いても平然としてましたけど、あれはなぜなんでしょう」

「この結界のなかにずっとおる者は、あやかしをみても、あやかしの話を聞いても驚かん。自分のなかでつじつまを合わせてしまうんじゃ」

「なんて便利な結界だ!」

「さて、頼豪鼠の話じゃったのう」

「あ、そうでした」

「いろんな時代に、各地に頼豪鼠が現れた。これも鉄鼠と呼ばれた。そのなかには復讐を遂げた者もあるし、遂げることができなかった者もある。無念を残したまま消え去った頼豪鼠は、妖気を吸って復活するのじゃ」

「じゃあ、今日退治した鉄鼠は、頼豪鼠だったんですね」

「そうじゃ。本家本元の鉄鼠なら、生まれたてでも強い。たぶん、わしと同じくらいの強さじゃ」

「千二百年も修業した和尚さんと同じぐらい強いんですか?」

「確かにわしも修業し場数も踏んで強うなったが、それは最初の百年ぐらいのことでのう。種族や個体ごとに強さの限界のようなものがある。そこまで達すれば、それ以上は強くならんのじゃ」

「そうですか。あれ? でも、天子さんは、千年生きてクラスアップしたと聞きましたが」

「それは霊格が上がって神格に達したのであって、戦闘力が上がるのとは話がちがう」

「そうなんですか」

「とにかく今回の件は終わった。妖気に満ちた溜石はあと七つ。さてさて、次は何が出るかのう」


5


 出がけは天子さんと一緒に徒歩だったので、転輪寺から乾物屋への帰りも徒歩だ。

 あんな重い葛籠つづらを運ぶんなら、自転車で行ったほうがよかった。

 さて、もうすぐ家に着く。

 天子さんが食事を準備してくれていると思うと、ついうきうきしてしまい、足取りが早くなる。

 これはもうほとんど新婚状態といっていいんじゃないだろうか。

 家に帰る俺。

 食事を作って待ってくれている天子さん。

「あら、お帰りなさい」

「うん。ただいま」

「お食事にする? お風呂にする? それとも……」

 というような脳内妄想を展開しながら歩いているうちに、家のすぐ近くまで来てしまった。

「あれ?」

 ない。

 何がないかというと、〈こなきじじい〉がない。〈子無き地蔵〉といったほうがいいだろうか。

 ここの道端に、〈こなきじじい〉はあったはずなのに。

 そういえば、ここ数日みかけていないような気もする。

 いったいどこに、と草むらを押し分けてみたら、あった。

 ほんの五メートルほど奧に移動して寝かせただけだった。草に隠されてみえなかったんだ。秀さんが取り付けた赤い腹掛けもそのままだ。

「誰がこんなことしたんだろう?」

 不思議に思いながら、そう重くはないその石像もどきを道端に運んで立てた。

(そういえば、この石像は、もともと草むらに隠れていたんだ)

(それを野枝さんがみつけて、道端に運んだんだった)

 ということは、草むらのなかに倒れていたというのは、もとの状態に戻ったということなのかもしれない。

(もしかして、最初にここにこの溜石を置いた人が、戻したのかもしれない)

 この石像もどきは、石像もどきなんかではなく、〈溜石〉という妖気がたまる特殊な石で、自然にできるものではないという。誰かが作り出して、誰かが村のなかに運び込んだんだ。だから、その誰かが、もう一度溜石を人目につかない場所に戻したのかもしれない。そう思った。

 でも、次の瞬間には、その思いつきを笑った。

 この溜石には、もう妖気は残っていない。だから、この里を攻撃している誰かにとっては用済みだ。わざわざ人目から隠す意味がない。

 でも誰かが動かした。それは確かだ。

「何のために?」


6


「おう、鈴太! おかえり」

「こんにちは、未完ひでひろさん。来てたんだね」

「よせよ。あたしが呼び捨てにしてるのに、あんたがさん付けじゃ、世間が変に思うだろ」

「いや、別に。どうでもいいし」

「とにかく、さんはいらないぜ」

「わかったよ、未完さん」

「わかってねえじゃねえか!」

「よしよし。そこまでにせよ。今日は冷やしうどんじゃ。すぐに食べられるぞ」

「うれしいなあ。冷やしうどん大好きなんだ」

「あちしも、冷やしうどんに載せる油揚げが大好きなのです」

「うおっ。いつもながら突然だな。こんちは、おさかべ」

「こんにちはなのです」

 突然現れるのも当然で、このゴージャスな和服を着た髪の長い童女は、妖怪なのだ。それも六百年以上生きている、かなり格の高い妖怪らしい。しかも、あとで調べて知ったんだけど、有名な妖怪だ。

 たぶん姫路に住んでる人々は、長壁姫おさかべひめが今でも姫路城にいると思ってるはずだ。まさか姫路城大改修のために姫路城にいられなくなって、岡山県の山奥に引っ越しているとは、夢にも思わないだろう。バレたら、返還運動とか起こりそうだな。それぐらい地元では愛されている妖怪みたいだ。

「おさかべ」

 俺は、うどんをふた口ほど食べてから話しかけた。

「お、珍しく名前で呼んだですね。何用ですか、下郎。あ、痛い。頭をげんこつでぐりぐりするの、やめてください」

「お前、姫路城に戻らなくていいのか?」

「戻る意味がないです」

「どうして?」

「姫路城にはもう城主はいないです。あちしが加護を与えるべき人間もいないです」

「まあ、そういえばそうだけどさ」

 管理人さんとかは住んでるんじゃないだろうか。それに、姫路城の近くにはいっぱい人が住んでるんだから、誰に加護をあげてもいい。

 しかしまあ、こんなことは本人が決めることだ。童女妖怪自身が帰る気がないというなら、俺がどうこう言うべきものでもない。

「確かに、ハトヤのかまぼこは、おいしかったのです」

 何の話だ、何の。

「特にハトミンは、ちょこっとウスターソースをたらして食べると、それはもう最高の美味なのです。安いですし」

「あれはうめえよなあ」

「でも、油揚げがないのです」

 そこかよ。

「どちらかというと、京都に興味があるです」

「おおっ。そうかい? 京都はいいぜえ」

「はいです。聞くところによれば、京都は豆腐の本場とか。ならば油揚げの本場でもあるはずなのです!」

 それはちょっとちがうような気がする。

「ところで、へなちょこは、次の春から京都に住むのです?」

「えっ? なに? いつのまにそんな話が?」

 俺があわてていると、未完さんが、わが意を得たりとばかりに食いついてきた。

「そうだよっ。鈴太、あんた京大に来いよ。成績いいんだろ? 先輩として、京都のこと、いろいろ教えてやんぜ」

 君が吹き込んだのか。

「いろんなお豆腐屋さんに連れて行くです」

「豆腐屋は知らねえけど、調べとくぜ」

「未完は頼りになるのです。へなちょこには過ぎた彼女なのです」

「か、彼女なんて。まだ、あたしは、……なあ?」

 そこで振られても困ります。

 というか、今の話題はちょっと危険だけど、この食卓の雰囲気は、けっこう好きだ。

 ずっとアパートでは一人だったから、食事は一人で食べることが多かった。こんなふうに大勢でわきあいあいと食べる食事は、本当においしい。

 確かに、今俺は幸せだ。運命のすえにこの幸せにたどり着いたんだとしたら、よいことも悪いことも含めて、そんなに悪い運命じゃなかったんだと思う。

 天子さんも、にこにこしている。

 きっと天子さんも、こんなふうな団らんの食事が楽しいんだ。

 天子さんが、ぼそっとつぶやいた。

「ハーレムじゃな」

 吹いた。

 俺が吹いたうどんが童女妖怪の頭に着地し、端っこがぷらんと垂れて、目と目のあいだでふらふらと揺れた。

「その、飲んでる物や食べてる物をおなごに吹き付けるのは、何かの技なのかえ?」

 俺は盛んにむせているので、この質問には答えられない。

「どうせなら、油揚げのほうをぶつけてほしかったのです」

 油揚げだったら、どうするんだ?

 食べるのか?

 食べるんだろうな。


7


 未完さんが帰り、童女妖怪がお社に引き上げたあと、俺と天子さんは、まったりお茶を飲んでいた。

「そういえば天子さん」

「うん? 何じゃな」

「山口さんがちょっと何かするとすごく厳しい反応をしたのに、未完さんにはそんなことないね。どうしてなのかな」

「ううむ。未完は赤ん坊のころから知っておるからのう。成長ぶりをほほえましくみまもっておるのじゃ。ただし、踏み越えたまねをすることは許さん」

「あ、そうなんだ」

 しばらく沈黙が流れた。

「おぬし、鈍感じゃな」

「えっ?」

 何が鈍感か聞こうとしたけど、そのとき来客があった。

 照さんだ。

 ちょうどよかった。照さんには聞きたいことがあったんだ。

 俺は照さんにお茶を出し、いろいろとだべりながら、さりげなく話題を振った。

「そういえば照さん、いつもおいしい川海老の佃煮をありがとう」

「おお、ありゃえ、海老がええけえな。おいしかろうが」

「うん。おいしい。あの海老は照さんが天逆川で捕ってくるんだよね」

「そうじゃ。今朝も行ったんじゃけえどのう。小せえのが少ししか捕れんかったけん、おすそわけはねえぞ」

「そりゃ残念だったなあ。朝早く行くの?」

「おお。早え時間のほうがあっさりして、えぐみがねえんじゃ」

「早い時間だと危なくない? 川岸が切り立ってるから、暗いでしょ?」

「そりゃ暗えわあ。けどのう。長年通っとるけえ、どこに何があるか全部知っちょるけん」

「そりゃすごいなあ。あ、そういえば、あそこにある石、河原にあるような石だけど、ああいう石が、天逆川にはごろごろしてるんじゃないの?」

 俺は、開け放しになった店の入口からみえる〈こなきじじい〉の石を指し示しながら、照さんに尋ねた。

「……おめえ。誰に聞いたんなら」

「え?」

「耀蔵か。ほかには知っとるもん、おらんからのう」

「耀蔵さんて、鳥居、じゃなくて佐々耀蔵さん?」

「そうじゃ。〈幸福石〉のことは、人に知られたらおえんと、きつう言うてあったのにのう」

「〈幸福石〉?」

「おめえも誰にも言うたらおえんぞ。こっそり運んで来て、誰にも知られんように置いとけば、近くの人に幸福をもたらすちゅう、ありがてえ石じゃ」

「それで、あんなに村中にばらまいてあるんだね」

「そうじゃ。そんなことまで知っとるんか。まったくもう、あの耀蔵のガキは」

「耀蔵さんが石を運んでたんだ」

「わしにゃあ持てん」

「そりゃそうだよね。じゃあ、照さんが耀蔵さんに頼んで、石を運んでもらってたんだ」

「そうじゃ」

「どうして耀蔵さんは、照さんの頼みを聞いて、あんなに何個も、十二個かな、石を天逆川から運んだんだろう」

「そりゃ、おめえ。頼みかたがあろうが」

「どんなふうに頼むの?」

「そうじゃのう。まず、こう言うんじゃ。おめえが十四のときじゃったかのう、はじめてわしん所に夜ばいかけてきよったんは」

「うわあ」

「だいたいはそれで、こころように言うことを聞いてくれるけどの」

「そりゃ、そうだよね」

「渋るようなら、こう言うんじゃ。付け文は、どこにしもうたかのう」

「ぐはあ。とどめだね」

 照さんはそのあとも、石のことは秘密にしてくれと、くどくどと言いつけて、店を去った。結局何も買わずに。

「鈴太」

「あ、天子さん。どうして後ろに引っ込んでたの?」

「今日は顔をみせぬほうがよいという、狐の勘じゃ」

「へえ?」

「じゃが、話の内容は聞いておった。あれは溜石のことじゃな」

「うん」

「なぜ照があやしいと思うたのじゃ」

「候補の一人にすぎなかったんだけどね。だけど、俺の知ってるうちでは、もっとも天逆川に通ってる人だからね」

「溜石が天逆川から運ばれておるというのは、どうしてわかったのじゃ」

「え? だって俺たちの敵は天逆毎あまのざことかいう妖怪で、それは天逆川に棲んでるんでしょ? そして溜石はどこの誰にでも作れるものじゃないというし、やっぱり天逆毎が作ったと考えるのが自然だ。そして溜石は、いかにも河原にあるような石だよ。ここまで条件がそろえば、天逆川から溜石がやって来たと考えないほうがおかしいよ」

「うむ。言われてみれば、その通りじゃ」

「今日の天子さんは、ちょっと頭の働きがにぶいのかな」

「これ。はは。いつかの仕返しじゃな。しかしどうも、あまりにも長いあいだ変化というものが起きなんだから、考えを広げていくのに慣れておらんようじゃ」

「ただ、もしも照さんが妖怪に何かの暗示をかけられていたとしても、あの石を照さんが運んだとはちょっと思えなかったんで、ちがう人かなとも思ってた」

「なるほどのう」

「まあ、とにかく一番最初に確認したい人だったんだけど、最初に当たりを引いたみたいだ。あ」

 会いたいと思ってた人が、向こうから来た。

 耀蔵さんだ。

 道端に立ち止まって、じっと〈こなきじじい〉の石像をみている。

 周りをきょろきょろみわたして、俺の視線に気づいたようで、こちらに歩いてきた。

「よう。大師堂」

「こんにちは、耀蔵さん」

「暑いな」

「暑いですね」

「未完のやつは、よく来てんのかい?」

「今日も来て、昼ご飯を食べて帰りましたよ」

「なんだ? 昼に来てんのか? 夜に行けと言っといたのによ」

 あんた、姪っ子に何を教えてるんですか。

「耀蔵さんが十四歳のときみたいにですか?」

 ぎょっとした顔を、耀蔵さんはした。

「お、おめえ、まさか……」

「照さんの所に」

「うわあっ! やめろっ。やめろぅっ! そのことにふれるんじゃねえっ」

 あれ? ものすごい反応だ。

 誰にも知られたくない青春の一ページなのかと思ったけど、もしかしたら、何かトラウマになるような出来事だったのかな?

 夜ばいに行って、いったい何があったんだろう。

「照だな? 照から聞いたんだな。あのくそばばあっ」

「照さんに頼まれて、河原の石を運んだんですね?」

「えっ? ああ、そうだよっ」

「何個運びました?」

「十二個だ」

 ふむ。こちらの情報と一致するな。ということは、見落としはないと考えていい。

「運ぶ場所は、照さんに指示されたんですか?」

「いいや。照ばばあの指示は、村んなかにまんべんなくばらまけということと、人の目につかない場所に隠せということだ」

「ああ。人に知られると効果がなくなるからですね」

「効果? 何の効果でい」

「あ、それは聞いてないんですね」

「聞いてねえ。教えろ、大師堂。あれはどんな呪いがかかってるんでえ」

 この質問に、俺はアルカイックなスマイルで答えた。

「なんだ、その笑いは。気持悪りい」

「世の中には知らないほうがいいこともあるということですよ」

「何なんだよ、それは! 教えろ」

 俺は笑顔を返した。

「頼む、教えてくれっ!」

「一つだけお教えします。照さんは、悪い人にだまされてるんです」

「何だってえ!」

「でも、照さんにそのことを教えると、悪い人に感づかれてしまいます」

「お、おう」

「だから照さんには、だまされていることを言わないで、持ち込まれた石のほうに注意すればいいんです」

「誰が石に注意するんでえ」

「俺と、天子さんと、和尚さんです」

「おおっ! 和尚もからんだ話なのかい」

「ええ。幸いに、悪いことが起きる前に気づきましたので、今のところ誰にも不幸なことは起きていません」

「そりゃあ、よかった」

「だから、今度石を運ぶよう頼まれたら、その通りにしておいて、そのことをこっそり俺に教えてもらえませんか」

「わ、わかった。約束する。それにしても、あの性悪ばばあ、誰かにうまいことだまされてやがったとは。けけっ」

 なんかうれしそうだ。やっぱり甘酸っぱい初恋の記憶とはちがうみたいだな。

「おい、大師堂。あれにはどんな呪いがかかってるんだ。照をだましてるっていうあっぱれなやつは、どこのどいつなんでえ」

 俺は謎めいた笑顔を返すだけで、もうそれ以上言葉は発さなかった。

 最後には耀蔵さんもあきらめて、気になるそぶりをみせながら、帰っていった。

 〈こなきじじい〉の石像は、きちんと草むらのなかに隠していった。

 義理堅い人だ。


8


「なんとまあ、あの気むずかしい耀蔵を、見事にまるめこんだものじゃなあ」

「あの人、根は素直なんだよ」

「確かにそうじゃが、おぬしぐらいの年齢では、ふつうそこには気がつかん。ふむう。この数か月で、おぬしはずいぶん成長したようじゃな」

「そう言われるとうれしいね」

「ところで鈴太よ」

「なに?」

「敵が天逆毎とわかって今日で一週間になる」

「うん。そうなるね」

「わらわは法師どのと話し合うたのじゃがな」

「うん」

「いっそこちらから攻撃に出る、ということも考えられる」

「あ」

「天逆毎は、たぶん法師どのとよい勝負じゃ。水のなかで戦えばあちらの勝ち。水から引きずり出すことができればこちらの勝ち。ただし、わらわが参戦すれば、こちらがはるかに有利になる」

 天子さんには、あのバリアーがある。たぶんそのほかにも、いろいろな神通力があるんだろう。千二百年も一緒に戦ってきたんだから、コンビネーションにも不安はない。だけど。

「ううーん。それは、どうなんだろう」

「このことについて、おぬしはどう思うのじゃ」

「まず、天逆毎は大量の妖気を保持していると考えられる。普通の状態じゃあない」

「うむ。そこは読みにくいところじゃ」

「そして、配下なり仲間なりと一緒でないとはいえない」

「む。確かにそうじゃな」

「さらにいえば、もしかしたら、和尚さんと天子さんが結界の外に出て攻撃を仕掛けるのは、相手の思う壺なのかもしれない」

「うん? それはどういうことじゃ」

「こちらが相手の正体を知ってから、まだ七日間にすぎない。でも、相手は百何十年間、執念深くこちらを付け狙っているんだ。こちらの強みも弱みも、よく知っていると考えるべきだ」

「……なるほど。それで?」

「相手の目的は、ひでり神さまへの復讐であり、ひでり神さまを抹殺することだ。ただし、神であるひでり神さまをどうやって抹殺するのか、それはわかっていない。ということは、あちらにはこちらの知らない何かの力がある」

「……ふむう。こちらの知らない何かの力、か。そうかもしれぬ」

「和尚さんと天子さんは、こちら側の最後の守りだ。あちらは時間をかけて、和尚さんと天子さんへの対抗策を準備してるはずだ。でも今日まで無事だったのは、相手が結界の内側には攻撃を仕掛けてこられないからだという可能性が高い。罠が仕掛けてあるかもしれない場所に、わざわざ出向いていくことはない。なぜならこの勝負は、引き延ばせば引き延ばすほど、こちらが有利になる。結界のうちで身を縮めながら、起きてくる事態に対処するのが、引き延ばしには一番いいんじゃないかな」

「なるほどのう。言われてみればその通りじゃ。しかし、相手がおる場所がわかって何もせんというのも、どうも気分がようない」

 前から少し思ってたけど、意外に天子さんは攻撃的な性格をしている。

「〈探妖〉の能力の有効範囲はわかってるの?」

「うん? いや。詳しいことは聞いておらなんだのう」

「確認してみよう。場合によっては、二日に一度は結界の外を探索してもらってもいい。天逆川に沿って探索してもらえば、天逆毎の位置もわかるし、仲間がいるかどうかもわかるんじゃないかな」

「それじゃ! さっそく長壁を呼び出して訊いてみるのじゃ」

 天子さんは、童女妖怪を呼び出した。

「え? 探知範囲ですか。ううーんと。例えば天狐さまが百キロ離れた所にいるとき、天狐さまの居場所を探知しようと思えばできると思うのです」

「百キロ? がきんちょの能力は、そんなに遠くまで届くのか?」

「むかっ。その失礼な物言いはやめるです。届くですよ。百キロなら確実です。二百キロでもいけるかもしれません」

「たいしたものじゃ」

「でもそれは、相手が特定されていて、非常に目立つ強力な妖気をまとったかただからです。あちしが会ったこともない相手で、しかも妖気の強さもわからないとすると、ううーん。確実な探索範囲だと、十キロぐらいなのです」

「それでもたいしたものじゃ」

「へへへ」

「なら、天子さん。明日の朝は、取りあえずいつもの探査をやって、それで異常がないようなら明後日は天逆川の探知をしてもらえばどうかな。まずは、この村に近い場所から上流と下流に五キロずつの範囲で。それから一日ごとに、結界内の溜石の探索と、天逆川の探索を繰り返していくんだ」

「それはよいのう。よし。法師どのの所にまいる。このことを報告しておこう」


9


「ごちそうさまでした」

「馳走になった」

「油揚げが少なかったです」

「お前は食事に対する感謝が足りん」

「あちしは油揚げには感謝してるですよ」

「作ったオレにも感謝しろ」

「いやなのです」

「ほんにおぬしら、仲がよいのう。さて、では長壁よ、〈探妖〉を頼む」

「はいなのです」

 いつものように、童女妖怪はどこからともなくびらびらした紙がついた棒きれを取りだして左右に振った。今日はちょっと長めだ。

「ううん? おかしいですね」

「どうしたのじゃ」

「妖気が抜けた溜石は五個。そして妖怪が出てるです」

「なに?」

「何の妖怪なんだ?」

「鉄鼠です」

「鉄鼠じゃと? ばかな。場所は」

「昨日と同じなのです」


10


 俺は、和尚さんと天子さんと一緒に、再び田上家にやって来た。今日は自転車できている。和尚の葛籠は荷台にくくりつけてある。

 昨日と同じように、門の所に冴子さんがいた。ちなみに、門に小屋がくっついたようなこの構造物は、〈門納屋もんなや〉というらしい。昔はこれを持っていることが、お百姓さんのあいだではステータスだったんだそうだ。

「むっ」

「これは……」

 冴子さんをみた和尚さんと天子さんの目が厳しい。いったいどうしたんだろうか。

「あれまあ、おはようさん。昨日はありがとうございました。今日にも主人がお礼にうかがうちゅうて言うちょりましたけえど」

「いや。またもお告げがあってのう」

「へえ? そりゃまあ、えらいこって」

「ご主人に会わせてもらえるかな」

「へえへえ。こっちへどうぞ」

 応接間で蔵市さんに会った和尚さんと天子さんは、またも厳しい顔をした。

「和尚さん。昨日はありがてえこってした。それで、今日は?」

「それが、またもお告げがあったんじゃ。何か変わったことはないか?」

「へえ? 変わったこというても」


 きゃあああぁぁ!


 ものすごい悲鳴が上がった。

 蔵市さんは反射的に立ち上がっている。

「あれは?」

「和尚さん。ありゃあ、蔵治の嫁のあかりの声じゃ。何があったんじゃ?」

 俺たちは、声のするほうに行ってみた。

 昨日一度みた米蔵の戸口に、あかりさんはいた。地面におしりをついている。

 蔵市さんと奥さんの冴子さん、和尚さんと天子さんと俺、そのほかに男性二人と女性二人が悲鳴を聞きつけてやって来た。

「どうしたっ?」

「何があったんなら?」

「あ、あ、あ、あそこに……」

 あかりさんが、震える指で、米蔵のなかを指さした。

「ぎぎいっ」

 古木をこすり合わせるような不吉な鳴き声がして、小屋の暗がりのなかからそいつが、ぬっと姿を現した。

 鉄鼠だ。

 昨日と同じ、不自然で不気味な姿をした妖怪だ。小柄なおとなほどもある巨大鼠が突然出てきたら、それは恐怖以外の何物でもないだろう。

「みんな、後ろに下がれっ! 天狐! 障壁で閉じ込めよ!」

 和尚さんの命令が響き、天子さんは両手のひらを鉄鼠に向けた。

 ちょうどそのとき鉄鼠はあかりさんに飛びかかろうとしたが、緑の火花が飛び散ってはね返された。

 天子さんのバリアーだ。薄い緑の幕が鉄鼠を中心に、米蔵のなかで直径五メートル、高さ三メートルのバリアーが形成されている。

「鈴太。葛籠を開け」

「はいっ」

 俺は自転車の荷台から素早く葛籠を降ろし、米蔵の入口の前に置いた。

 男の人があかりさんを助け起こして後ろに逃げた。

 ほかの人たちも、ずずずっと後ろに下がってようすをみている。

 和尚さんは、のっしのっしと歩いてゆき、すいとバリアーのなかに入った。

(あ、そうか。このバリアーはなかのものを外には出さないけど、外のものはなかに入れるタイプなんだ)

「破邪招来雷電!」

「破邪招来豪衝!」

 和尚さんが大声で呪文を唱えると、葛籠から二枚のお札がひゅうんと飛び出していった。後ろからでよくみえないけど、たぶん両手の拳にそれぞれ貼り付いた。

 そのとき、鉄鼠が地を蹴って襲いかかった。

「おおおおおおおおお!」

 気合いの声を上げて和尚さんが両の拳を鉄鼠の顔の両側にたたき付けた。

 と思った瞬間、鉄鼠は急に頭を下げて方向転換をして、和尚さんの足にかみついた。

「むうっ!」

 和尚さんは右の拳を上から下にたたき付けた。鉄鼠の頭めがけて。

 しかし鉄鼠は素早く後退して、和尚さんの拳は地面をたたき、まぶしい雷光が飛び散った。

「うぬっ? 破邪招来雷電!」

 態勢を整えた鉄鼠が、低い位置にある和尚さんの頭めがけて飛びかかる。和尚さんの反射神経はさすがのもので、左の拳をしたから鉄鼠の腹にたたき付けた。

「きゅう!」

 悲鳴を上げてはじき飛ばされた鉄鼠は、すぐにバリアーの天井にぶち当たり、落ちてくる。そのときには、新たに呼び出されたお札が和尚さんの右拳に貼り付いていた。

「ぎゃん!」

 鼻面にまともに打撃が入った。これはたまらないだろう。

 地に落ちた鉄鼠は、それでもまだまだ動き回る体力がある。

「破邪招来豪衝!」

 上から衝撃波を伴う拳が、鉄鼠の頭を打ち抜いた。

 四肢はぴくぴく動いている。昨日は気づかなかったけれど、尻尾もあって、そのしっぽもぴくぴく動いている。

 しかしそんな動きもすぐに収まり、巨大鼠は消えた。

 天子さんが構えを解き、バリアーも消えた。

 なかに入ってみると、一匹の小さな鼠の死骸があった。

 和尚さんはとみると、右目の上から出血している。鉄鼠が飛びかかったとき、牙がかすったのだろう。

 そのあと、和尚さんと天子さんのようすが変だった。お茶に誘われてもうなずきもせず、終始難しい顔をして、田上家の人々の顔を順番にみていた。

「蔵市よ」

「はい」

「どうもよくないものに取り憑かれたのう」

「えっ」

「厄除けのお札を置いていくから、家族全員、肌身離さず身につけておくのじゃ。折りたたんでポケットに入れておけばええ」

「は、はい」

 そう言って和尚さんは、人数分のお札を葛籠から出して蔵市さんに渡した。蔵市さんは、それを家族に配った。家族はそれぞれそれを拝んでから折りたたんでポケットにしまった。

 そのようすを、和尚さんはずっと厳しい目つきでみまもっていた。

 俺たちは、すぐに転輪寺に引き上げた。途中では会話がなかった。


9


「わからん。あれはいったいどういうことじゃ」

「法師どの、念のために確認するが、全員がそうじゃったのじゃな」

「そうじゃ。蔵市も冴子も、蔵治もあかりも、そして蔵造も松代も、みんな妖気を帯びておった」

「確かに。何というか、癖の強い妖気であった」

「癖の強くない妖気があるかっ」

 和尚さんは、機嫌がよくない。

 天子さんも、面白くなさそうな顔つきだ。

「あ、あの。何があったんですか?」

「うん? ああ。鈴太にはあれは感じ取れんのか。妖気じゃ」

「妖気?」

「そうじゃ、鈴太。わらわも確かに感じた。あの田上家の全員から、妖気がただよっておったのじゃ」

「ええっ? それって、全員が妖怪なのか、あるいは全員が妖怪に取り憑かれているってこと?」

「それがわからん。わからんが、妖気をまとっているからといって、田上家の者らを皆殺しにするわけにもいかん」

「お札に反応せなんだしのう」

「それよ、天狐。そこが一番わからん」

「えっ? ああ、あの最後に渡してた厄除けのお札ですね」

「あれは、厄除けなどではない。人や物に取り憑いたあやかしを追い出すお札なのじゃ」

「えっ?」

「ほれ。いつぞや山口の後家に取り憑いた幽谷響を追い出すために、護摩木を渡したじゃろう」

「あ、はい」

「あれの簡易版じゃ。しかしぶつけるのでなく身につけるのじゃから、効果は高い。あやかしは、とてもじっとはしておられん」

「それなのに、あやかしは出て来なんだ。面妖であろう?」

「うん。おかしいね」

 この話題は、家に帰って昼ご飯を食べているときにも出た。

 それを聞いていた童女妖怪が、口を挟んだ。

「おい、へなちょこ」

「何だ、がきんちょ」

「お守りはないですか?」

「なに?」

「お守りはないかと訊いてるです」

「売り物にいつくかあるけど」

「持ってくるです」

「お、おう」

 俺は売り物のお守りをいくつか取り出して、机の上に並べた。

「だめだめですね」

「何がだよっ!」

「キュートな品がないです」

「お守りにキュートって、需要ないだろっ」

「あちしには需要があるのです。しかたないから、こいつに決めるです」

「やらんぞ」

「明日、転輪寺に出かけるとき、あちしはこのお守りに移るです」

「……え?」

「そのお守りを、へなちょこが携帯するです。そうすれば、そのタノカミとかいう家に、あちしも行けるです」

「へえ。お守りに移れるんだ」

「移れるですが、やっぱりきちんとしたお社にいないと〈天告〉のような大技は使えないし、〈探妖〉も精度が下がるです」

「なるほどなあ」

「どうも法師さまや天狐さまより、探知能力ではあちしのほうがレベルが高いみたいです」

「えっ。そうなのか?」

「あちしは、攻撃用の神通力も防御用の神通力もまったく使えないけど、その代わり、探知系の能力は高いのです」

「うむ。それは助かる。鈴太、ぜひそうするのじゃ」

「わかったよ。明日といわず、今からお守りに移住したらいいんじゃないか?」

「お前は、自転車に乗ったまま、家の外で一夜を明かせるですか?」

「そんな器用なことできるかよっ」

「なら、あちしにもそんな無礼なことを言うでないです。同じことなのです」

「同じ、なのか?」

「このお社は、居心地いいのです」

「居着くなよ」

「心配しないでも、百年もしたら出ていってやるです」

「長えよ」


10


 今日の食事当番は俺だ。気を遣って、味噌汁には大切りの油揚げを入れ、おかずに油揚げのだし煮と、大根葉と油揚げの細切れのごま油炒めも付けた。案の定、童女妖怪はご機嫌が天元突破だ。

「さあさあっ。〈探妖〉するのです。条件はいつも通りなのです?」

「ちょっと待てがきんちょ。ここで〈探妖〉をやってしまったら、田上家で使えないんじゃないか?」

「べつに〈探妖〉を使わなくても、普通に妖怪を探知分析するのなら、通常の能力でできるのです。プロレスラーなら切れ目を入れておかなくても新宿区の電話帳を引き裂けるようなものなのです」

「例えの意味がわからん」

「じゃれ合いは、そこらでよかろう。〈探妖〉を頼む」

「はいです」

 それからいつもの儀式が行われ、童女妖怪は〈探妖〉をした。

「昨日と同じ地点に鉄鼠がいるです。空になった溜石の数は五つで変わらずです」

「よし。お守りに移れ。鈴太、行くぞ」

「はいです」

「うん」

 転輪寺に着いたが、和尚さんが出てこない。

 天子さんは、ずかずかと奧に入っていく。

 俺もそのあとに続いた。

 ちなみに、童女妖怪の入ったお守りは、長い紐を付けて、俺の首にぶらさがっている。

「法師どの、入るぞ」

 声をかけながら天子さんは障子を開けた。

 そこは寝室だった。

 酒臭い。

 寝散らかした布団の上には巨大なじゅごん、ならぬ呪禁和尚さんが横たわり、ぐうぐうすぴすぴ、ぐうぐうすぴすぴと、豪快ないびきをかいている。

 枕元には空の一升瓶が転がっており、部屋のすみにはお酒のケースが置いてある。

「起きよ、法師どの。起きよ」

 何度か天子さんが声をかけると、和尚は大あくびをして起き上がった。

「おお。もう朝か」

「疲れておるところすまんが、田上家にまたも鉄鼠が出た」

「やはり、また出おったか。行かねばならんのう」

「うむ。ただし今日は、長壁が同行してくれる」

「ほう」

「ご一緒させていただきますです」

 童女妖怪が、畳に正座して手を突き頭をたれた状態で出現した。

「あの奇妙な妖気の正体を、長壁なら分析できるかもしれぬとのことじゃ」

「それは心強いのう。はっはっはっはっ」

 豪快に笑う和尚さんの右目の上は、紫色に腫れ上がっている。

 昨日みたときは、かすり傷だとしか思えなかったが、悪いばい菌でも付いていたんだろうか。

 こうして薄着の和尚さんをみると、体中至る所に傷痕がある。

 千二百年という、想像するのも難しい長い年月、あやかしと戦い続けてきたのだ。いつだったか天子さんは、満身創痍と言っていたけど、本当にそうなんだ。

 あちこちの傷痕をみながら、俺は胸が熱くなるのを覚えた。


11


 そしてここは、田上家の応接間だ。

 長男の妻と、次男夫妻、三男夫妻の五人が集合している。

「はっはっはっはっはっ。いやいや、そう心配そうな顔をせんでもええ。昨日一昨日と、あんなことがあったからのう。その後どうなっとるかと思うて来たまでのことじゃ。それで冴子さん。変わったことはなかったかのう」

「はい。そりゃもう、このお札のおかげで、何もなしに過ごさせてもろうちょります」

 ほかの四人も、異口同音に平穏無事な一日だったと和尚さんに答えた。

「そうか、そうか。そりゃあよかった。ところで、蔵市はどうしたんじゃ?」

「へえ。すぐに行く言うちょりましたんですけえどな。どげんしたんじゃろ」

 田上家の五人と、俺たち三人。八人が座っている応接間のなかで、ちょこちょこ歩き回っている童女妖怪が、和尚さんたちの会話がとぎれたタイミングで報告した。

「この五人には、妖怪は取り憑いていませんです。でも、臭い妖気がします。たぶんこれは、マーキングなのです」

 もちろんこの声は、俺たち三人にしか聞こえない。最初突然童女妖怪が応接間に出現したときには、ぎょっとしたけど、田上家の人たちは、誰も反応しなかった。つまり、みえないんだ。

 そのあと、俺が反撃できないのをいいことに、童女妖怪は、正座している俺のひざを、げしげしと蹴ってきた。

 覚えてろよ。明日は一日、ノー油揚げメニューだ。

「わからないのですか、へなちょこ。マーキングというのは、これは仲間だから襲うな、という印を付けることなのです。たぶん、妖気のこもったおしっこをひっかけてるです」

 俺は二度ほどうなずいた。

「こっち側の二つぐらい奧の部屋に、強い妖気を感じるです。鉄鼠にまちがいないのです」

 そこまで聞いて、和尚さんは立ち上がった。

「冴子さん。蔵市さんは、書斎におるんじゃったな」

「へ、へえ」

「こちらから行こう」

 返事も待たずに和尚さんは歩き出した。

「ここじゃの?」

「へえ。その部屋におります。あんた! あんた! 和尚さんがわざわざ来てくださったんよ」

 部屋のドアをみつめる和尚さんの目は厳しい。

 天子さんの目も厳しい。

 なかからあふれる何かの気配を感じ取っているんだろう。

 童女妖怪は、俺の足元でシャドーボクシングをしている。

 お前戦闘力ないんだから、お札に帰っておけよ。危ないだろ。

「蔵市さん。開けるぞ」

 和尚がドアを開いた。

 洋間だ。

 庭に面して大きな窓があり、窓の前に大きな机がある。

 その机の前に大きな椅子があり、誰かが座っている。

 顔はみえない。その人物は窓のほうに椅子を向けているからだ。中庭をながめているのだろうか。窓から入る光のために逆光になっているが、相当に大きな体格だ。

(これは蔵市さんじゃない)

「オショウカ」

 和尚か、というその言葉の意味が、すぐにはわからなかった。あまりにも非人間的な声音こわねだったからだ。

 錆び付いた鉄同士をこすり合わせるような、気味の悪い声音だ。だが、人間の言葉をしゃべっているということは、人間としての意識や知恵を持っているということなんだろうか。

 あ、そうとはかぎらないか。なぜなら、天子さんや和尚さんは純粋な妖怪だけど、人の言葉を理解する。でも、もしも妖怪であって人語を操るのだとしたら、それは下級種ではないということではないだろうか。

 ぎっぎっぎっと、きしむ音を立てながら、椅子が回転した。

 そこに座っているものをみて、冴子さんが絶叫した。

「ぎゃああああああああっっっ」

 それは無理もないことだ。夫だと思って声をかけたものは、みるもおぞましい異形だったのだから。

 怪異。

 それはまさに、怪異が姿を取って現れた存在だった。

 顔は鼠そのものだ。それに続く首も体も、巨大な鼠といっていい。

 作務衣を着ている。だが、胸と腹の大きさのため、左右の紐を結び合わせることができず、両肩の下にだらしなく裾がぶらさがっている。

 その腹はぬめぬめとした光沢を持つ巨大な水袋のようだ。大きな椅子からはみ出しかけている。

 かろうじて椅子の取っ手に両手を乗せているが、その手は人間の手のような形をしている。ただし体の大きさから比べると、異常に手の大きさは小さい。そのアンバランスさが、ひどく不吉で気味悪い。

 太ももも大きくふくらんでいるが、膝のあたりから下は、獣じみた体が急に人間じみた体になっていて、その獣と人間の交じり合うさまは、吐き気がするほど不快だ。

 冴子さんの悲鳴を聞きつけた田上家の人々が、駆け付ける物音がする。

「近づくでない! 危険じゃ! 冴子を連れて、みんな避難せよ!」

 和尚さんの命令は明快で、その声はよく響く。

 その明快さが、みんなを動かした。田上家の人々は、冴子さんを連れて書斎から離れてゆく。

 逆光になったそのシルエットのなかで、両の目が怪しい光を帯びた。

 爛々と輝きを増すその赤い光が、怪物の戦闘意欲の高まりを示しているように、俺には思われた。

「長壁。このあやかしは、人間か。それとも、ただのあやかしか」

 俺は、はっとした。ただのあやかしなら殺していいけど、もしも蔵市さんがあやかしに取り憑かれているんだとしたら、殺すわけにはいかない。

「あやかしです! 人間と霊糸でつながってるです。その人間は、そこの奧の押入のなかなのです」

「よし!」

 和尚さんのその言葉が合図であるかのように、あやかしの目は急に強い光を発し、そしていきなり飛びかかってきた。

「グアアアアアァァァァァッッッ」

(しまった。お札を持って来てない!)

 和尚さんは飛びかかってくる巨大な陰に、何かを投げつけた。

 その何かは四つか五つに分裂して怪物に当たり、それぞれ爆発した。

 護摩木だ!

 山口さんのときに使った護摩木と同じ物だ。

 けれど怪物はまったくひるむことなく和尚さんに飛びかかった。

 和尚さんは、ひらりと体をかわして怪物を避けた。

 俺は真正面から怪物と向き合うはめになった。

 唖然として動くこともできない俺の膝の後ろを何かがたたいた。

 俺は体勢を崩し、のけぞりながら後ろに倒れた。

 怪物は、ドアを開けたその片側の壁にぶつかりながら、俺の上を飛び越えて、廊下の窓をぶち破って庭に出て行った。

 窓の破片が落ちてくる。俺は目をきつく閉じた。

「葛籠を持って来い!」

 和尚さんの声がしたかと思うと、俺の体の上を何か巨大なものが通過していった。

 俺は飛び起きると、ハンカチを出して顔を拭き、玄関に向かってダッシュした。

 飛び起きたとき、足元にうずくまって心配そうに俺をみつめる童女妖怪が目に入った。

(さっきは、こいつが膝の裏に体当たりしてくれたんだな)

 明日のメニューは油揚げオンパレードにしてやろうと決心しつつ、自転車目指して走った。

 玄関から駆け出したとき、すぐ右側で戦闘が行われていてびっくりした。

 ちらとしかみえなかったけど、和尚さんはお札を空中にばらまいて、呪文を唱えては必要なお札を引き寄せて攻撃していた。

(そりゃそうだ。懐にお札の十枚や二十枚は入れてるよな)

 だけどたぶん、携帯しているお札は数も枚数も多くないはずだ。

 早く葛籠を持って行かないと、和尚さんの戦いの幅が狭まってしまう。

 門納屋の脇に置いた自転車にたどり着くと、ゴム紐をほどくのももどかしく、俺は葛籠を運んだ。

 葛籠を抱えて振り返った俺がみたものは、信じられない光景だった。


12


 巨大な松の木が空を飛んでいる。

 枝も葉もついた立派な松の木だ。それが根元から折れていて、ぐるぐる宙を飛んで、ぶんぶん音を立てながら和尚さんに襲いかかっている。

 松の木を飛ばしているのは鉄鼠だ。鉄鼠は右手を宙に向けて伸ばしていて、その手の動きに従うように、松の木は飛んでいる。

 和尚さんは、ひょいひょいと身軽に松の木をかわしているけど、攻撃することができないみたいだ。

 鉄鼠は俺に背を向けている。

 大きい。

 本当に大きい。

 昨日の鉄鼠とも、一昨日の鉄鼠とも、まるで比較にならない大きさだ。よっぽどたくさん餌を食べたんだろうか。

 葛籠を届けるために、俺が走りだした瞬間、鉄鼠が振り返って、俺の手元をみた。

(まずい!)

 巨大な鼠の怪物は、俺めがけて飛びかかってきた。

「破邪招来飛電!」

 怪物の足元に雷が落ちた。

 一瞬、怪物がひるんだ隙に、俺はその横を走り抜けた。

「ようやった!」

 滑り込んだ俺を、天子さんがねぎらってくれる。俺は急いで葛籠の蓋を開けた。それを待ちかねたかのように、和尚さんの呪文が響き渡った。

「破邪招来爆炎!」

「破邪招来爆炎!」

「破邪招来爆炎!」

 三枚のお札が葛籠から飛び出た。それを拳に巻き付けた和尚さんは、右、左、右の順番で拳を虚空に突き出した。

 その途端、拳から火の玉が飛び出して、屋根の上を飛行していた松の木に命中した。

 どかん、どかん、どかんと、続けざまに轟音が鳴り響き、松の木は破裂し燃えて粉々になった。

「ギギイッ」

 強大な鉄鼠が今度は右手で庭石を指さした。

 一メートル以上の横幅がある庭石が、ぶわりと浮き上がった。

 鼠が右手で俺と天子さんを指し示した。

 こちらに飛んでくる!

 だけど庭石は、すさまじい音を立てて空中ではね返された。

 みれば天子さんが右手のひらを前に向けている。バリアーだ。

 その隙に、和尚さんが鉄鼠に飛びかかった。

「破邪招来雷電!」

「破邪招来雷電!」

 両手に雷撃のお札を貼り付けた和尚さんの拳が、化け物の顔を両側から襲う。

 だけど化け物は、ぴょんと後ろに飛び下がって攻撃をかわした。

 和尚さんは、さらに踏み込んで攻撃しようとしたけれど、鼠は素早く右に回り込んで和尚さんから距離を取った。

 和尚さんの両手の拳に貼り付いたお札は、焼け焦げたようになって舞い落ちた。

 発動してから一定時間がたつと、お札は効果を失って消滅してしまうみたいだ。

 和尚さんは、動きをとめて、鉄鼠のほうをじっとみている。

 鉄鼠も、落ち着き払って和尚さんを観察している。

 和尚さんもあんこ型の魁偉な体形をしているけれど、鉄鼠はそれより一回り大きい。すさまじい存在感だ。そしてその戦い方も、ただの獣のようではない。まるで知恵ある歴戦の戦士のようだ。

 ちがう。

 ちがう。

 これは、今まで二日間みてきた鉄鼠とはちがう。

 これは、まさか。

 まさか。

 本家本元の頼豪じゃないのか?

「本物の、鉄鼠?」

 思わずつぶやいた俺に、天子さんが答えてくれた。

「どうもそのようじゃのう」

「ど、どうしよう」

「どうもこうも、戦うまでじゃ。もうしゃべるな」

「うん」

 会話に気を取られて援護が遅れたら本末転倒だ。

 もはや俺にできることはない。

 黙って戦いをみまもることにした。


13


 沈黙を破ったのは和尚さんだった。

「破邪招来斬空!」

 一枚のお札が葛籠から飛び出して、和尚さんの右手に貼り付いた。拳ではなく、手刀の形をしている。

 その右手を鉄鼠に振った。

 鉄鼠は体をひねってかわした。やはり動物のような動きではない。人間の武道家を思わせる体さばきだ。

 和尚さんが放ったみえない斬撃は、鉄鼠の後ろに飛び、黒い土のような物をいっぱいに積んだ猫車を真っ二つに斬り裂いた。

 だが、そのとき生まれたわずかな隙が、和尚さんと天子さんの張った罠だったのだ。

 すかさず天子さんが両手のひらを鉄鼠にかざした。

 あれだ。

 内側から出られなくするバリアーだ。

 これで閉じ込めてしまえば、あとはサンドバッグと一緒だ。

 勝った、と思った。

 ところが、鉄鼠は俊敏な動きで横に飛んだ。

 緑がかった透明のバリアーは、むなしく虚空を捕まえることになった。

「読まれている。こちらの手の内を知っているんだ」

 おもわずつぶやいてしまった。

 そういえば、昨日の戦いをみていて、どうも相手が、和尚さんの攻撃を知ってかわしているように思えた。

 学習しているんだ。

 そして、個体が死んでも、その学習内容は引き継がれるんだ。

 とすると、この二日間使った戦法は通用しない。逆手に取られてしまう危険がある。

 教えなきゃ、と思った俺の肩に、天子さんの左手が置かれた。

 振り返ると、その顔は、

「心配するな」

 と言ってくれているような気がした。

 そうだ。

 和尚さんも天子さんも、百戦錬磨の戦士なんだ。

 信頼してみまもる以外、俺のすることなんてありはしない。

「ギッギッギィ」

 ちらと天子さんのほうをみて、鉄鼠がいやな笑い声をあげた。

 残念でしたね、とあざ笑っているかのようだ。

 天子さんは、表情も変えず、右手の指と左手の指を、ぐねぐねと絡ませた。

 鉄鼠の足の周りから何かの根のようなものが何十本も飛び出し、鉄鼠の両足に絡みついた。

 バインドだ! 植物系のバインド技だ!

 これで動きを止められると思ったのもつかのま、鉄鼠の下半身が黒く変色したかと思うと、いともあっさりバインドを振り切り引きちぎって、鉄鼠は後ろに飛んだ。

「ほう」

 天子さんが感心したような声を上げた。

 感心してる場合じゃないでしょ?

「鈴太。ここを動くな」

 そう言い残して、天子さんは飛び出し、鉄鼠の左側に回り込んだ。

「ギギッ?」

 鉄鼠も疑問に感じたようだ。

 天子さんは後衛であって、前線に飛び出すようなスキル構成ではない。相手の攻撃の届く所にいれば、和尚さんの足手まといになってしまう。

 しかし待てよ。

 天子さんにはバリアーがある。

 攻撃させてバリアーで防げば、和尚さんが攻撃するための時間が稼げる。

 そういう狙いなのかも知れない。

「引きつけてもらえるかの」

「承知。破邪招来鉄掌! 破邪招来鉄掌!」

「破邪招来鉄頭!」

 まず、二枚のお札が飛び出して、和尚さんの両手に貼り付いた。

 とたんに和尚さんの両手は真っ黒になった。

「ぬん!」

 和尚さんは大胆に踏み込むと、両手を広げて鉄鼠につかみかかった。

 鉄鼠も両手を広げて迎え撃った。

 がちんと音がして、鉄鼠の右手と和尚さんの左手が、鉄鼠の左手と和尚さんの右手が組み合わされた。

 鉄鼠のほうが、頭一つぶん高い。上からのしかかるように、和尚さんに体重をかけてゆく。

 背中から頭に、頭から口先にかけてのなだらかな曲線が、鉄鼠の強靱さを表しているかのようだ。この世のものならぬ無限の力をもって、鉄鼠は両手をぎりぎり引きしめ、和尚さんを押しつぶしていく。

 そして鉄鼠は巨大な牙を剝きだし、和尚さんの頭にかぶりついた。

 両手で力比べをしている和尚さんには、その攻撃をかわすことはできない。

 がきん、と音がした。

 和尚さんの頭には、お札が貼り付いていて、やはり鉄のように真っ黒になっている。けれども鉄鼠の牙は、それを上回る鋭さを持っていて、牙はじりじりと和尚さんの頭に食い込み、血がぼたぼた流れ落ちている。

 鉄鼠の頭も両手も、そして上半身も真っ黒だ。

 そうか。

 鉄鼠の名の由来は、鉄の体躯にある。この鉄鼠は、自分の体の思う場所を鉄にできるんだ。

 だとすれば、妙に生白い色をした下半身こそ、今の鉄鼠の弱点なのではないか?

 そのとき、俺は、鉄鼠の後ろにいる天子さんが、人さし指を立てて右手を振り上げているのに気づいた。

 転瞬。

 その人さし指の爪は赤く発光し、三メートル、いや五メートルほどに伸びた。その伸びた爪は右上から左下に振り切られ、鉄鼠の右足はふとももで、左足は膝の下で断ち斬られた。

「ギエエエエエエェェェェェィィィィ」

 長い悲鳴を上げて鉄鼠は後ろに倒れ込んだ。

 すかさず和尚さんの抜き手が心臓に打ち込まれる。

「ギュッ」

 短い悲鳴を上げて、鉄鼠は動きをとめた。


14


 和尚さんは戦闘態勢を解いて、横たわる鉄鼠の上からのぞきこんだ。

 俺も近寄った。

 天子さんも寄ってきた。

「頼豪どの」

 和尚さんの口調からは、敵意のかけらも感じない。むしろ、懐かしい友人に語りかけるような口調だ。

「頼豪どの」

 やがて鉄鼠が閉じていた目をうっすらと開いた。

「おおう」

 妙に人間がましい口調で鉄鼠が返事した。その声は弱々しい。

 みれば鉄鼠の顔が変わっている。

 鼠そのものだった顔が、人間のそれに近い顔になっている。とはいえいくぶん鼠らしさも残っていて、不気味といえば不気味、愛嬌があるといえば愛嬌のある顔だちだ。奇妙なことだけど、気品のようなものを感じる。

「おおう。おおう。ここは、いずこ」

「美作にござるよ」

「みまさか?」

「いにしえには吉備国のうちに、あるは備前国のうちにござった」

「ほう? 貴殿は、たれぞ」

「呪禁法師と申す行者にてそうろう」

「じゅごん? じゅごん。……もしや、星見の里の呪禁どのか?」

「ご存じであられたか」

「むろんじゃ。わが一族は、貴殿のことを忘れたことはない。そうか、ここは星見の里か」

「わしらが住んでよりは〈はふりの里〉となり申した」

「そうであったなあ……」

「頼豪どの」

「なにか」

「なにゆえ貴殿は、妖魔に堕ちられたか」

 この直截な問いに、鉄鼠はしばらく沈黙した。

「くやしゅうてなあ……」

「世には、貴殿が敦文親王さまを呪詛なさったと伝える者があるが、わしには信じられぬこと」

「なんぞ、呪詛たてまつることがあろう。ただただわが身は親王殿下の安寧を祈願するのみ」

「では何が心残りであられた」

「それよ。よこしまな者らが、親王殿下の周りの者らに吹き込んだ。この頼豪が呪いの祈祷をなすと。幼き殿下の心にそが讒言ざんげんが忍び入った」

「なんと」

 鉄鼠は、ぼろぼろと涙を流し始めた。

「なんぞわしが殿下のご命脈を縮めまつろうや。わしは殿下を呪詛する者らから、ただ一心に殿下をお守りするのみであった」

「殿下をお慕いなされておられたか」

「まさに。じゃというに、殿下のいまわの際のお言葉は、あなや、あなや、憎し頼豪、そのひと言であられたそうな」

「……むごいことにござるなあ」

「わずか四歳の殿下のお心に、そのような邪念を忍び込ませた者ども、姦物なり」

「まことに、その通りにござる」

「わしは残念で残念でなあ。殿下にそのように思われたことがなあ」

「お察し申し上ぐる」

「殿下を呪殺した者どもは、ことごとく滅した。それでもわしの心が晴れるわけもない」

「まことに、まことに」

「無念の思いでこの世を去ったが、その去り際に枕元にいた一匹の鼠に、わしは心を移したようじゃ」

「ああ。そういうことでござったか。しかし、貴殿の入滅ののち、大鼠となって延暦寺の経典を食い荒らしたと聞き申すが、まことにござろうか」

「そんなこともしたかもしれぬ。あのころのわしは、狂っておった」

 そこまで黙って聞いていた俺は、思わず口を挟んでしまった。

「頼豪さま」

「たれか」

 和尚さんが答えてくれた。

「〈はふり〉の者の末裔すえにござるよ」

「おお、名は何と申される」

「鈴太、と申す。鈴の太きの意にござる」

「りんた、か。よき名じゃ。して、何ぞ?」

「どうして成仏されませんか」

「できぬのじゃ。心残りが果たせぬでなあ」

「敦文親王さまも、今はこの世を去って、あの世におられます」

「ああ、ああ、いかにも。身まかられた。もうお会いできぬ」

「あなたも成仏すれば、お会いになることができるのではないですか?」

「なんと」

「肉体を失った霊魂同士で、真実を語りかければ、それは敦文親王さまに確かに伝わるのではないでしょうか」

「伝わる。わがまことが伝わると申すか」

「はい。隠しようもないはだかの魂同士なら、きっと真実を伝えられるはずです」

「……わしは怖かった。成仏して親王殿下にお会いするのが怖かった」

「だまされたまま永劫の時を過ごすのは、お気の毒です。祈られていたことを、守られていたことを、心の底から大切になさっていたことを、お伝えしてはどうでしょうか」

「お伝えする。わがまことをお伝えする」

「はい」

「……それができれば、わが怨念も消え果てようぞ」

「きっとそうできます」

「さようか」

「安らかに逝かれますように」


 ちりーん。


 どこかで鈴の音が響いた。

 もう頼豪からの返事はなかった。

 言葉をかわすうちに、徐々に声は小さくなり、目は光を失っていた。

 最後の最後に口が動いたが、ありがとうと言っているように、俺には思えた。

「冴子さん」

 和尚さんの声がして、俺はわれに返った。

 いつのまにか田上家の人々が集まって、巨大な怪物の死体を取り巻いている。

「は、はい、和尚さん」

「ご主人は、書斎の押入に押し込められておるはずじゃ。助けてあげなさい」

「は、はいっ」

 冴子さんは、蔵治さんと蔵造さんを連れて家のなかに駆け込んだ。

 その姿をみおくってから、もう一度下をみると、巨大な死骸はどこにもなく、たださらさらと崩れてゆくわずかばかりの砂が、そこにあやかしが存在していた名残を告げていた。


15


 転輪寺に帰り着くと、和尚はいきなり寝室に入り、衣装を脱ぎ捨てて布団の上にあぐらをかいた。額にはまだ血の痕がこびりついているが、流血はとまっている。

「鈴太。すまんが酒とどんぶりを取ってくれ」

「はい」

 台所に入って、お酒のケースをみると、一本だけ中身の残っている瓶があった。それを抜き取って、戸棚からどんぶりを取り出した。和尚さんの所にもどって、栓を開けると、どんぶりを和尚さんに渡して、一升瓶の中身をそそいだ。

 とくとく、とくとくという音が心地よい。

 俺はまだお酒は飲まないけれど、この音は好きだ。

 二合五勺ほども入ったそのどんぶりを口に運び、和尚さんはぐびぐびと中身を飲んだ。

 ぶはあっと息をつきながら口からどんぶりを離したときには、もうわずかなお酒しか残っていなかった。

「頼豪どのの父君は、藤原有家とおっしゃるおかたでなあ。このかたのご先祖は、〈はふり〉の者の本家とは、いろいろと関係がおありだったのじゃ」

「そうなんですか」

「そういう関係から、頼豪どのも、この里のことを聞いておられたのじゃろうなあ」

「最初に出た二体の頼豪鼠は、何だったんでしょう」

「ああ、あれか。今にして思えば、頼豪どのが鼠に妖気を分け与えて眷属にしたのであろうな。じゃから、死んだあと妖気は頼豪どののもとに戻ったのじゃ」

「ということは、蔵市さんに最初に会ったとき、すでに蔵市さんは偽物だったんですか?」

「いや、そうではない。本体は書斎かどこかにおったのじゃろうな。ただたぶん、妖気の大部分を眷属のほうに渡しておったんではないかのう」

「そうかもしれぬ。じゃがそれにしても、わらわも家のなかにあやかしがおるとは気づかなんだ。気配を隠すわざを持っておったやもしれぬな」

「待てよ。そういえば、田上の先祖は近江のほうから来たんではなかったかのう」

 これはあとで聞いた話だけれど、事件からしばらくして、田上一家がお寺を訪ねてきて、手厚くお礼をされたそうだ。そのときいろいろ話をしたなかに、田上の家のご先祖は、三井寺で役僧をしていて、あるとき頼豪の命で、一家でこの里に移住したという伝えがあるということだった。そのまま三井寺にいては命の危ないような何かがあったらしい、と蔵市さんは話していたという。

 それを聞いた和尚さんは、もしかしたら田上の一族は頼豪どのと血がつながっておるのかもしれんなあ、と言っていた。確かにそう考えれば、田上家に本家本元の鉄鼠が出たことがうなずける。

「それにしても鈴太よ」

「はい?」

「相変わらず、お前はむちゃくちゃをするのう」

「すいません」

「ほめておるのじゃ。もしかすると、これで鉄鼠は、永遠に消滅したかもしれん」

「ええっ?」

「そうだとすれば、歴史的快挙じゃな」

「わらわもそう思う。たぶん鉄鼠は、今日で役目を終えたのじゃ」

「そ、そうかな」

「少なくとも、先ほど頼豪どのが消えたとき、妖気が残ったとは感じなんだ」

「わらわもじゃ。たぶん鉄鼠は完全に成仏し、妖気は残らなんだ」

「ま、本当にこれで終わりかどうかは、ずっと待ってみんことにはわからん」

「ずっとって、どのくらいずっとですか?」

「まあ、百年や二百年は待ってみんと、答えは出せんじゃろう」

「待ちきれません」

「はっはっはっはっ。あやかしというものは、そういうものじゃ。いつのまにか生まれ、この世と、この世ならざる所を行き来して、現れては消え、現れては消え、いつか永遠に消え去ってしまう」

「そういうものなんですか」

「そういうものじゃ」

 そう小さい声で返事すると、ばたんと倒れて和尚さんは高いびきをかきはじめた。

 俺はお酒を片づけ、どんぶりや、そのほかのよごれた食器を洗った。天子さんは、和尚さんに布団をかけてあげて、頭の傷を手当てしていた。

 二人は一緒に転輪寺を出た。

 頼豪さんは、無事に敦文親王に会えただろうか。

 会って本当のことを伝えられたろうか。

 そうだったらいいな、と思った。

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