断章のための断章

韮崎旭

断章のための断章

 類型的に混雑した商業施設でうんざりしていたところ、熾天使の壁画が15628くらいのブロックに分かれてそのブロックが入れ代わり立ち代わりしていたけれどこの壁画は昔からこうだっただろうか。


 壁は苔むしていていつも薄暗く、湿った空気に満たされている。この施設、または設備がほんの5年前まで実際に使用されていてまさに人々の、うんざりするような歓声や歓談、慣用句や社交辞令、取ってつけたような猫なで声などが蔓延していたことは、当時を知るものですら疑いの目で見てしまいかねない荒廃を、この施設の様相は示している。さび付いたねじや各種導管は言うまでもなく、光の絶えて久しい照明やその割れたり崩れたり、蔦などに絡み疲れたりしている装飾具、鋭利なガラス片を雨が洗い流すような実際はアクリル製だが割れてはいる採光窓、カビの生えた、しかも塗装が陽光や塗料の劣化で、制作時の意図からは逸脱している各種の壁画やイラストレーションなどからは、この施設が生まれた時から廃墟であったか、完成を投げ出された死産児の類だと思わせる説得力が感じられる。麻乃はここで数枚写真を撮ると、近くの道の駅(ほとんど人が立ち寄らないことで全国的に有名。)まで徒歩で2時間をかけて移動し、撮影機材などをしかるべく自動車に積み込むなどということは、小型の個人向けコンピュータ端末のカメラ機能を使って撮影したので特になく、その端末も鞄(黒の、撥水加工がされた、繊維の凹凸が感じられる化繊でできた、絶対に優美ではない代物)に多少の注意が払われているのか怪しいありさまで放り込んだ。


 やはり17時ごろのハンバーガーは油のにおいが酸化しているふうで格別に不味い。サービスエリアが近辺にないのもうなずける。このあたりの川は水温が高いので(冬でも)、近隣にはすまない無責任な人間が無許可で放流したガーやピラルクー、リオグランデ原産のナマズの仲間などがよくとれる。尤もはじめから漁協の人間ではないし、魚を釣るために自治体に払う金銭であったり、もしくは外来種の駆除を行うことへの自治体への申し入れであったりをしているわけではないから、特に釣魚を行うことはない。眺めもしない。生き物に花から関心を全く持たぬ。食べ物にも、無関心でいたかった。窓はもう30年も掃除が行き届いていないかのようでさながらアウゲイアス王の畜舎か廃道の標識を連想させた。「路肩弱し」。


 私は宣教師のようなパン屋の店員の態度にうんざりしてしまい、麻乃の反対も聞かずに、バナナカシューナッツクラッシュバターバニラアイスクリームシェイクを店員にぶちまけるところだった。でもそんな、殺人的に不味そうな(だって17時に刑務所のぞうきんもびっくりの食品を供する店だから)ものを注文していないので、これは賽銭です、といって、特に意味もなく、ため込んできた1円玉達を(800gくらいあったはず)を投げつけた。

「せいぜい鋳つぶしてクズ鐡屋に売るんだな!」

 だが、近所で養豚場がつぶれたと聞いた。やはり、台風のせいだろうか?


 壁は苔むしていて昼でも薄暗く、私は滅入った気分のまま、ミハイル・エリザーロフの英語訳を開いてまるで読めないので余計気が滅入ったりしていた。絶対に、シュルレアリスム的小説を外国語で読みたくないと常々思っている。

 壁は苔むしていて、じめじめしており、山道には陰湿にも、たくさんの蛭が這いまわっては餌を探す気力すらないありさまで、山林管理者の無気力さが端々に感じられた。きっとこの山林の持ち主は、もう所在不明なのではないのだろうか? 所有者が失踪したというよりは、相続と登記の面倒から、権利関係が五里霧中になっている、宙に浮いた土地。だから行政のほうで整地したくても、買い取ろうにも、それができず、ただ、荒れ果てていく。どこにでもあるようなまがまがしい、そして滑稽な伝承をまとった祠の存在すら、忘れ去られて久しいまま。

神は死んだ。信仰を失い、恐怖も失い、忘れされられて、どこにも公文書がなくなり、最後の私的な記録も、遺品整理の際に燃えるゴミに分類されてほどなくして軽トラックで清掃センターに運ばれ、そこで燃やされた。もとより神ですらなかったが、その霊的あり方は、神になる間もなく、記録から抹消されたのだった。

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断章のための断章 韮崎旭 @nakaimaizumi

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