第7話 B案

 完全に雪解けしてしまい、ツアーバンドがどんどん東北地方に来る時期になった。

 今日来るバンドは結構な人気バンドで問い合わせも多く、スタッフの人手が足りない位だ。

 その為かいきなり店長に「機材をステージに運んでくれ」と云われた。……運んだ事が無い私は一瞬思考が止まった。


 ステージ搬入口前の通路に積み上げられた機材たち。忙しく動くツアーバンドのスタッフたち。迷っている暇は無い。私はすぐにツアバンスタッフに申し出た。


「すいません、機材を運ぶのは初めてなのですが、どのようにお手伝いすればいいでしょうか」

「あっそう、じゃあ運ばなくていいよ」返答はあっさりしたものだった。

「はい、では他に何かありましたらお声掛けください」私はそう云い、その場に少し立ち尽くした。

 

 手慣れた様子で機材をステージに運ぶ人たち。私はただ黙ってその光景を見ていた。

 機材を全てステージに運び終え、スタッフやメンバーは楽器と線を繋いだりしている。もう多分、私に用がある事は無いだろう。そう思いカウンターに戻った。


 カウンターも盛況していた。いつも一緒に働いているスタッフと臨時のバイト君たちが手際よくドリンクを作って出していた。

 のリズムを壊すといけないな、そう思い私は灰皿の灰を片づけたり、ごみが落ちていないか点検しに行った。


 受付でお客さんがスタッフに向かって何やら怒っていた。どうやら駐車場が解らないらしい。

 外に出て大体説明すると解る場所なので、私がその役を申し出た。

 ライブハウス入口から、あちらに向かってあそこを左折するとありますと説明した。

 お客さんは、もうライブが始まるじゃないかとか、駐車場の説明も最初からホームページとかに書けばいいのに、とか多少文句を云いながら駐車場に向かった。

 私は言葉だけで申し訳ありませんと云ってその場を終わらせた。


                 ○


 本日のライブは大きなトラブルも無く無事に終了した。私が役立たずだった以外は。

 バイト後に帰宅してから本を読んだ。私は落ち込んだ時に本を読む。

 昔は音楽を聞いて元気を取り戻していた気がするけれど、何だかそれは違う気がしてやめた。

 こんな状態で好きな音楽を聞くなんて逃げている気がするからだろう。

 私は好きなアイドルには堂々と会いたい。たとえ一方的にディスクから音楽を聞く時でも。

 読書は対話だと聞いた事がある。文字や文章を自分の頭の中で映像にする。

 その時の人物の顔などは抽象的だからこそ、良い。今夜は好きな音楽は聞かない。


                 ○

 

 初夏と呼ぶのに相応しい気候になった。六月、カレンダーのまん中だ。

 今日来るツアーバンドの接待を頼まれた。同じ東北の仙台から来るバンドだ。

 ライブハウスに機材を運び終え、リハまでの時間を街案内してほしいという事だった。二~三時間程しかなかったので、市内の観光館で展示物を見てそのままそこで郷土料理を食べる計画にした。


 観光館に実物のねぶたが展示されていた。

 ツアーバンドのメンバーは、ねぶた祭りは知っていたけれど実物を見るのは初めてらしく、驚きと喜びの声を出していた。嬉しい。

 ねぶたは夜に見ると幻想的で綺麗ですよと付け加えておいた。「じゃあ今度は夏にツアー来たいな」と云っていた。

 こんな風に、ツアーで来た人たちと話す機会が増えていった。

 東京から来たバンドだと、辿ってゆくと有名な歌手のバックバンドを務める人と仲が良いとか。デザイナーをやっている友人のモデルをやった事がある人等、活動は多岐に渡るご様子だ。

 バンドだけじゃなく会社では部長だとか、有名大学を卒業したとか頭が良くて礼儀正しい人が多い事に気づく。

 ライブハウス企画にはほぼ毎回バイトで入っている。覚える事が増えて行く。


                 ○


 会社と約束をしていた副業許可期限が切れる。ライブハウスでのバイトは終了だ。

 元々期限付きでバイトに入れて貰っていたので特に問題は無かったけれど、私は自分でもライブ企画をやってみたい気持ちが生まれていた。

 アイドルのツアーは抽選が外れた。

 つまり来年のツアーまでの一年間は、ラジオを聞いたりテレビでアイドルを見るだけになった。その期間、ライブハウスに行こう。

 仕事はアイドルに会いにゆく資金の為と割り切り、土日はライブハウスというキラキラした所へ行く生活になる。


                 ○


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