第4話 A案
日曜日、市内の百貨店で小泉君と待ち合わせをした。開店時間に待ち合わせをした。小泉君は朝型人間のようだ。
まずはCD屋に行く。ここの百貨店は市内で唯一のCD屋が入っている。
小泉君は薄いグレーのコートに、グレンチェックのズボンを履いていた。
私はフリルのブラウスにニットを着込み、ガウチョを履きベレー帽を被っていた。
周りから見たら、デートに見えるのだろうか。
「誰のCDを買うの?」小泉君が聞いてきた。そうか、私たちは本の話しかしていない。会うのも今日で二回目だし。
「アイドルの新譜の予約だよ」小泉君は、意外そうな顔をしていた。
「二宮さんってジャズとか聞いていると思ってた」そうだ。確かに、私から見た小泉君もジャズを聞いてそうだよ。文学人はジャズなのか。
新譜を予約したあと、最近館内の二階にオープンしたカフェに入った。
私はアイドルの話をした。このアイドルグループが好きだという話をした。
小泉君はきちんと私の話を聞いてくれた。
一通り私のアイドルへの想いを語ったあと、小泉君はどんな音楽が好きなのかを尋ねた。
名前を聞いても解らないような、日本レコード協会に属していないような人たちの音楽が好きなようだ。
小泉君が持ち歩いている音楽再生機器で少し聞かせてくれたけれど、何だか小難しい感じがしてよく解らなかった。
私は思った事をそのまま伝えた。
小泉君は、そっか、と微笑んでいた。もし今後、気になったらいつでも音源を貸すよ、と付け加えて。
小泉君は自分の好きな音楽への想いを語る事はしなかった。
けれども私は、テレビやラジオに流れないような音楽をどうやって知ったのかが気になった。
「小泉君はその音楽、どうやって知ったの? 初めて聞いたきっかけはなんだったの?」
「きっかけは確か……友達が聞いていたんだよね。そいつがいきなりCDを貸してきて、聞いていたらはまってたような気がする」
私は、その友達はどうやってその音楽を知ったのかちょっと気になっていた。
それを聞こうかどうかちょっと迷っていたら小泉君が言葉を続けた。
「最初イントロを聞いた時は、よくあるノリの良いリズムだなぁ位に思っていた。けれどもそのあと色々なバンドを聞いてみたけれど、その【よくある感じ】の音に出会う事はなかったんだ」
小泉君は、【よくある】とイメージで決めつけてしまった自分を恥じたらしい。
実際はよく無い、だったのだから。
それからは先入観を捨てて、まずは自分の耳や心に入ってくる音楽を、まっすぐ聞く。自分が思うがままに曲を聞いて感想を持つようにしたそうだ。
そうして歌手名にとらわれず、曲自体をどう思うのかを意識するようにしたと云っている。
それを聞いて、何かの冊子に載っていた記事を思い出した。
どこかの出張レコード屋で、【バンド名を隠して曲だけを聞かせる】試聴があるらしい。
その状態で試聴をして、お客がその音源を買うかどうかを決めるという売り方らしい。小泉君の考えは、そういう事なんだと思う。私もこのやり方は納得だ。
例えば先日SNSで、有名なバンドが新曲を公開した時、そのバンドの周りの子達がこぞってその新曲を讃えていた。
さすがxx(バンド名)だ、とか。けれども私はその曲をあんまり良いと思わなかったし、第一本当にそのバンドの曲かは解らない。
必要以上に賞賛の言葉を並べている人と、ブランドの名前だけで変なデザインの服を有難がる人は似ている。
しかしこの試聴方法、本でこれをやったらどうなるだろう。冒頭の二ページ程を読んで決めるというのか? それはちょっと心もとない気がする。
「二宮さんは? アイドルを好きになったきっかけは何だったの?」
頭の中で空想を広げていたら、急に質問が来た。
「最初はね、ちょっと気になるなぁ程度だったの」アイドルを初めて好きだと認識した時を思い出す。遡る記憶。
「年末の音楽番組で歌ってて、生放送なんだけどその時にアドリブで台詞を云っていたの。元々の曲も台詞ゾーンなんだけれど、その日だけの台詞を云っていたの。」
話していると映像が頭の中に甦る。
「気づいたら、好きになってたなぁ」
「解るなぁ、僕も一緒だ」
○
土曜日の夜は、小泉君と過ごす事が多くなった。
最初の内は時間になるとアイドルのラジオを聞いていた。私がラジオを聞いている間、小泉君はヘッドホンで好きな音楽を聞いているから特に問題は無かった。
けれども近頃私は、段々ラジオを聞かなくなった。小泉君と話している方が愉しいからだ。小泉君は、私の知らない事を色々知っている。
そういえば最近、アイドルと会う為に本を読む云々より、単純に読んでいて面白い。
自分一人だと偏った系統ばかり読んじゃうけれど、小泉君の好みの本も読む事が出来るので、新しいジャンルも読める。
そうだ、当初の目的は、何処へ行ったのやら。
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