第3話 A案

 三月になり、道路の雪はほとんど消えてきた。

 今日は天気が良いので早起きをしてカフェで眠気覚ましの珈琲を飲んでからジョンク堂に行こう。

 カフェと本屋、このようにあまり動かないスケジュールの時に私はちょっとお洒落をする。

 冬の期間はどうしても防寒がメインになってしまうので思い通りのファッションが出来なかったりする。

 今日は結構暖かいし気温を気にしないで好きな服を着られそうだ。


 日曜日の午前九時過ぎ、開店直後のカフェへ行く。

 さすがにこの時間だと空いている。店内に居るお客は、四人掛けの席に一組だけだ。私は一人なのでいつも通りカウンター席に座る。

 此処のカウンター席は窓に面していて、外を通る人が見えるし、自分も外の人に見られる。

 そう、【そういう雰囲気】を出すにはもってこいの環境なのだ。

 休日の朝、お洒落なカフェで自分がお洒落だと思う服を着てボーッとする時間、なんて贅沢で貴重な時間。そう思うだけで何かのパワーが蓄えられる気がする。


 良い気分で珈琲を飲んでいると、隣に誰かが座った。若いメンズが一人。

 正直女性の二人組なんかが座ると時々規定外の音量で話す人も居るので、カウンター席には一人組が望ましい。私の勝手な希望ですが。

 少しホッとして目線を道路に向けて再びカップに口をつける。

 

 どうも隣のメンズの視線を感じる気がするが、多分私のファッションが此処のカフェに似合い過ぎているので見ているのだろう。あとアイドルを意識して、いわゆる女子力があるファッションも取り入れるようにしている。

 隣のメンズのファッションはチラッと見ただけだが、シンプルで良い線を行っている。丸っきりファンションに関心が無いとは思えない。

 ファッション力に共感しての視線だろうか。

 アイドルを意識してのお洒落だけれど、関係無いメンズの視線も付いてくる。これを乗り越える精神も手に入れなくはならないのか。


「……あの」


 小さい声が聞こえた気がした。

 隣のメンズを見てみると、何やら私に声をかけたいような表情をしている。……あれ。


「あの、よくジョンク堂に居ますよね」驚きと嬉しさが少し入り混じったような表情で隣のメンズは云った。

 そうだ、この人はよくジョンク堂で見かけるメンズだ。

 今時っぽい黒縁の眼鏡をかけているちょっとお洒落な、スタイルの良い文学青年で、本屋によく似合っている。

 本棚をバックに佇む彼の画は、まるでドラマのワンシーンだ。


「そうです。あの……貴方もよく居ますよね」私は手のひらを彼の方へ向けて返事をした。

「はい。あのいきなり声をかけてしまってすいません。びっくりしてつい話しかけてしまいました」

「私も、びっくりです……」本当にびっくりだ。何だこの漫画みたいな出会いは。ネタとしてアイドルのラジオ番組に投稿しようかな。


「今日はこれからジョンク堂へ行くんですか?」妄想していたら彼の質問で戻ってきた。

 私はそうですと答えた。

 そのあと、彼が注文した珈琲が運ばれてきて、一旦会話が中断したと思ったが再び向こうから話しかけてきた。

 どういう本が好きか、という話題だった。お互い本屋に通う位なのでそこそこ会話が続く。

 幾らか談笑して、お互いのSNSアカウントを聞いてカフェをあとにした。


                 ○


 私は予定通りジョンク堂へ向かった。

 さっきの漫画みたいな出会いの熱がまだ続いている。

 つい少女漫画のコーナーへ目が行ってしまう。心が舞い上がっている証拠だ。

 いつもは憧れだけで済ませているようなちょっと高尚な作品を買いそうになったりもした。

 これはいけない、実際に買う本や、そこに繋がる自分の信念みたいなものを簡単に変化させてはいけない。

 私は心を落ち着かせようとして、いつも読む作家のコーナーへ向かう。


                 ○


 今日はアイドルのラジオ番組が放送される日だ。今夜は曲から始まった、彼らの新しいシングル曲だそうだ。

 新曲が出るのか。その曲が流れるCMにも出ているそうだ。早速チェックしないと。新曲は、ときめき、がテーマだそうだ。


 アイドルのホームページを見ていたら、携帯が鳴った。小泉君からのメールだ。先日カフェで漫画みたいな出会いをした彼は小泉君といった。

 明日の休みに良かったらお茶をしないかというお誘いだった。

 明日はアイドルの新譜を予約しに行こうと思っていたので丁度良い、私はOKの返信をした。

 アイドルのホームページでは、新曲と共に流れるCM動画が公開されていた。

 心がどきどきわくわくしていたのは、小泉君のお誘いに対してか、動画を見たからか区別がつかなかった。

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