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 大した目的はなかったが、鷲見桃子は「秘密会議」を執り行いたかったらしい。


 六月の最終日、軽井沢への小旅行を目前に控えた俺たちは、一度八人全員で集まって旅行中の行動を決めようという話になった。と言っても、軽井沢へなど行ったことのない一般人からすれば、当日に何が出来るのかすら判断が付かない。何がしたいかと言われても漠然としたイメージを語るのがせいぜいだ。


 そもそも、六月の中旬には話が出ていたのに、その上普段からほとんど行動をともにしているくせに、なぜ最終日まで何も話してこなかったのか。誰も彼もが、誰かが幹事を取り仕切ると思っていたせいで、今回の件に関するリーダーが不在だったのが主な要因だろう。そして、大抵このメンバーの中でその不運な役回りを受けるのは、俺だった。普段なら仕方ないと割り切れるが、こと今回に関してはなぜ鷲見桃子が買って出てくれないのかとか、誘いはするがそこまでやるとは言っていないのになどと不平たらたらだった。


 いつもの喫茶店で、四人がけのテーブルを二つ占領し八人の男女が話をしているさまを傍から見れば、いかにも仲睦まじい大学生に映ることだろう。実際は、それぞれが好き勝手にしていて、まるでまとまりがない。藤本正樹は窓外に視線を放り投げ煙草を吸い、朝野保彦は中村こずえと昨今の流行に関する他愛のない談笑。鷲見桃子と上田亜里沙は女性誌を捲りながらネイルを見、竹本浩二と神崎奈美は例の飲み会で意見が合致したらしくこんなときでもミステリ談義である。


 俺はコーヒーを飲みながら、それらを眺める。場を仕切るのは苦手だし、ましてややる気もないと来ている。「おいおいやろうぜ」などと言う積極性を持ち合わせているわけもなく。


 そのうちにそれぞれ、ようやくもとの目的を思い出し、なんなら「早く始めてよ」という空気さえかもしてこちらに視線を振る。世の中とは、常々理不尽である。


「ええとじゃあまず、出発当日、七月二日の流れだけど」

「とりあえず私の家に集合でいい?」

「いいよ」


 上田亜里沙がぼそりと呟く。彼女はどこぞの女性誌で読者モデルをしているとかで、確かにその四肢は長く、胸も程よく、顔も整っている。要するに美人だ。鷲見桃子も整った人物だが、彼女を評価する場合は「可愛い」が的確である。上田亜里沙はそれとは対照的な「美しい」人物だ。ただし彼女は美しさゆえなのか、どこか作り物めいた感じが強い。どんな台詞を言っていても感情らしいものが余り見えず、平坦な物言いに聞こえる。冷たいのだ。


「じゃあ桃子ちゃんの家の車で行くってことかな」

 朝野保彦がにこにこしながら質問を繰り出す。いつでも笑顔で居るのはいいことだが、彼のはどこか卑屈っぽさを隠しているだけにも見える。鷲鼻をひくつかせ、せせら笑っているような。要するに腹に一物抱えているのではないかと勘ぐりたくなるほど、そうでいてくれないとこちらの気持ちが落ち着かないほど、チープな言い方をすると、いいやつなのだ。


「そうね。二台くらいなら用意できるよ。ただ、私の車だから、高級なスポーツカーとかじゃなくて普通の軽だけど」

 私の車、普通の軽、ね。

「この中で免許持ってる人って誰だっけ?」


 朝野保彦は言いながら、まず自分が挙手した。

 続いて手を挙げたのは藤本正樹と、中村梢である。

 中村梢は、朝野保彦と並ぶとになる。どんな画かというと、大学生カップルをスナップしました、というような情緒も赴きもない軽薄なものだ。身長が低く、朝野同様頭をきのこのように切りそろえ、柄物の洋服で身を包む。いわゆるサブカルチャーに侵された無個性な個性派気取りの一人である。


「梢ちゃん運転出来たんだ」露骨に意外そうな顔をする。「というか、桃子ちゃん車持ってるのに運転は出来ないのか」

「私はほら、いつもは」続きはなく、

「運転くらい出来るよ」すぐさま中村梢の声が場に響く。「それはそれはもう、ビュンビュン飛ばしちゃう」

「本当に?」余計なことと察したのか、鷲見桃子の話を掘り下げはしなかった。

 朝野保彦と中村梢は相性がよく、楽しそうである。髪型も、どちらかがどちらかを真似しているかのようで滑稽だ。「それは楽しみだな」


「で、どうするんだ」軌道を戻す。「男女分かれて乗る、でいいのか」

「それが良いんじゃない?」上田亜里沙はネイルに視線を落としている。しかし熱心さはまるでない。たまたま視線の先に爪があっただけ、というように見える。だからか、時折その視線は竹本浩二のほうへ向いたりするわけだが、彼のことを「見ている」と思うのは邪推なのだろう。少なからずネイルよりは熱があるような気もするが、爪と比べられても竹本浩二は喜ばないだろう。「でも梢の運転、怖いわ」

「命は保障しないぜえ」


 鷲見桃子が嬌声を上げる。

 そのじゃれあいを無視して、


「こっちは誰が、というかどっちが運転する?」

 免許保有者に視線を配る。

「僕で良いよ。正樹の運転もなんとなく怖いから」朝野保彦が軽口を叩いて笑う。「乗ったことないけどね」


 上田亜里沙の台詞に被せただけなのだろうが、藤本正樹の運転する車で実際的に怖い経験をしている俺は、苦笑いも出来ない。彼も何も言わなかった。実はそれも余計なことなんだぜと、教えてやりたい。


 気を取り直し、

「じゃあ二台に分乗、運転は中村さんと朝野ということで」

「意義なーし」

 きのこが二つ、手を挙げた。


 これは、俺の役割が本当に必要なものなのだろうか。


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