#32 12月30日
──
『……総員時計合わせ。
6時。夜が明け、空が色づきはじめた晴れたナトゥ・ラ峠に榴弾とロケットの雨が降り注ぎ炸裂する轟音が峠の大地を揺るがした。
どちらの勢力もこの地域には航空戦力をほとんど割いていない。すなわち、ここで行われる戦いのほとんどは地上戦、それも戦車が使えず歩兵とヒューマーを主力とし、軽航空機による僅かな航空支援の下に行われるものだ。
そもそも、この地域にインドが隠匿しているレールガンに中国が気づいていない以上、この地域の戦略的価値は他に比べればほとんどない。だからこそ今まで大規模な戦いがなく、ほとんど小競り合いも起こっていなかったのだ。今回も全戦線の大規模攻勢に合わせたものに過ぎない。だが、未確認の敵兵器の存在があると疑われている点において、この地域には無視できないものがある。それも、S.A.T.Oの独立編成部隊を割くほどの。
『第11旅団戦闘団前進。予定通り前線基地を叩け』
『だとよ。装甲歩兵大隊、行くぞ。大方の予想通り峠の駐留戦力はほとんどない。峠の占領は後続に任せて、とっとと前進して目標を落とす』
ジェイコブが大隊の通信で指示を飛ばした。
「なんであんな上から目線なんでしょうね」
カトーが小隊の通信で言った。
『まさしく上司だからだろうな』
ニックが珍しく真面目に突っ込む。
『ほら行くよ。置いてかれちゃう』
アンシュが駄々をこねる子供に言い聞かせるように言った。
特に目立った戦闘もなく山地特有の曲がりくねった道を抜け、数時間後、戦闘団は前線基地手前で敵と交戦状態に入った。しかし、基地にはすでに砲兵隊によって砲撃が加えられていて、地上施設は壊滅していた。
「チャド、その武器の使い心地はどうだ?」
『悪くないですよ。
「そうか、そりゃよかった。引き続き味方機の援護に回ってくれ。もう少し暴れてくる」
『了解。死なないでくださいよ、あなたに死なれると生きた心地しないんで』
「分かってるよ。これくらい余裕だ。それにまだ味方で死人は出てない」
ジェイコブはチャドとの通信を切った。機体の調子はいい。森林での戦いは今まで腐るほどやった。残弾も十分。
それなのに、なんなんだこの胸騒ぎは。アクサイチンのときとは明らかに違う感覚……。
ジェイコブは不用意に身を晒した敵機の脚を撃ち、倒れて機体上部が見えたところをそこから頭部ごとコックピットを蜂の巣にした後、味方に注意を呼びかけることにした。
『全機、未確認機に注意しろ。予測不能な相手だ。出てくるともわからん』
その通信はカトーの耳を通り抜けていった。目の前でアンシュ機の左腕が吹き飛ぶのを目を見開いて見ていたからだ。
……遅いんだよ、忠告が。
しかしカトーは分かっていた。ジェイコブの注意勧告が決して遅くないことを、出撃前にも言われていたことを。
「隊長!」
アンシュが叫びアンシュ機に近づく。だが、それを遮るかのように近くの木に砲弾が当たり、ゆっくりと木が倒れていく。近づくのをやめ、砲弾が、飛んできた方に盾を向け後退する。アンシュ機も岩の陰に隠れた。
アンシュは現在の状況を整理した。
機体の損害は左上腕の途中から下が、12.7ミリ機関銃ごと全て
「c小隊より大隊長。c小隊、未確認機からの狙撃を受けました」
『なに?それは本当か』
「確証はありません。しかし恐らく基地にいます。推測だと変温パネルで赤外線探知を逃れています」
『……推測で味方を危険には晒せんよ』
「……はい」
『第1中隊、基地に接近せよ。相手は狙撃してくる。気をつけろ。加えて未確認機は赤外線探知の目を掻い潜る可能性がある。光学センサーに頼れ。光学迷彩はないと信じろ。他の中隊は続けて基地周辺の残党を一掃しろ』
「大隊長……」
『推測もなければ前には進めない。ほら、聞こえなかったか、第1中隊は基地に接近しろ』
「了解」
「c小隊、基地に向け前進。1機もかけないで」
アンシュは小隊の通信に切り替えて命令した。
「チャド、基地の様子は?」
ジェイコブは高台で基地周辺を監視、狙撃しているチャドに問いかけた。
『現在進行形で見てますが、見えませんね。基地を監視してた“アフランニク”からの連絡もなかったんで、恐らく格納庫の残骸の中にいますね。それだとしても撃ったほうを見て赤外線が反応しないってことはアンシュの言う通りでしょうね。もう一回支援砲撃でも要請しますか?』
「a小隊も基地に向かっているな?」
『向かわせてます』
「ならいい。チャド、基地の様子を引き続き頼む。見え次第お前の武器で無力化しろ」
『了解』
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