#41 ムクタの産声

「聴け、全世界の民よ。私はムクタの最高指導者、ライオネル・パーシヴァルだ。今日、世界では個人同士の小さなものから国同士の大きなものまで、大小様々な争いが日々絶えることなく起こっている。

 なぜこのように争いが起こるのか?答えは明白だ。互いのエゴを相手に押し付けるからだ。他者の思考思想なぞ違うと分かっていながらもそれを許容しようとせず、他者のそれを否定し自身のそれを強要する。無論相手も同じことをする。エゴがぶつかるのだ。勝った方が他者を自身の思考思想で束縛する。

 かつてそのエゴのうねりが多くの人を動かし、国を動かし、世界を戦火に巻き込んだことが何度あったか!挙句、陣営は大きく2つに分かれ、大戦を起こし冷戦を引き起こした。代理戦争が各地で起こり、そして、かつて自由を奪われた人間が尊厳をとり戻すため、隷属を強要する圧政から独立し、そこから新たな思想が生まれ、再び対立する。この世界はその繰り返しだ。

 隷属束縛と独立自由の連鎖。それは古より繰り返されてきた人類の栄枯盛衰の理だ。

 全く愚かな生き物だ。過ちを学習せず、いいや、学習したと思い込んで全く同じことを繰り返す。

 古より、人は様々なものに縛られてきた。親の影、使命感、狂気、過去の幻影、正義感、変えねばならぬ壁、夢、権力。

 それでも少しはマシになったのだろう。人権が尊重され、民の自由の権限は強くなった。無論それは法の下での自由であるが、そこに問題が生じている。

 現在のありとあらゆる国で施行されている法律は秩序と平和を守るためという名目で禁止事項を設け、反したものを罰している。

 秩序。社会が整った状態にあるための条理だ。しかし、現在の法律はもはや秩序とは呼べず、束縛であるとしか言えない。本来持つべき自由を奪うそれは、あるべき秩序とは到底言えるものではない。それは法律に限ったことではない。憲法、条例、社則、校則……それはすべて立案したものの立場にとって、あるいは個人の思考思想に基づいた都合の良い言葉の羅列に過ぎない。

 なぜそのようなことになるか?簡単なことだ。他者に合わせるよりも楽だからだ。先に述べた全ての事象について同じことが言えよう。

 繰り返すようだが、他者の思考思想に合わせるよりも、他者のエゴに付き合うよりも、自身に不利になるような他者の独立自由を許容するよりも、他者に自分のエゴを押し付けて隷属させ束縛したほうが手間がかからないからだ。楽であるからだ。

 問題がそこだけならばまだ良いのだ。それで守られるものが少しでもあるのもまた事実だ。だが、それだけではない。

 文章化された束縛の下の民は、抗うことをやめつつある。客観的にみて明らかにおかしいものに対し、否と叫ぶ声が減りつつある。すなわち束縛の傀儡なのだ。

 これもまた理由は明白だ。束縛を秩序と勘違いし、その中で生きることを自由とし、束縛に甘んじて、深く何も考えずに生きた方が楽だからだ。全てを批判的に見、自身の声を上げるよりも。

 これは一見エゴの押し付けと似ているが、違う。束縛を嫌い、本来あるべき秩序を求める意思表明だ。

 自由とは、地球上に存在する生きとし生けるもの全てに与えられた平等な権利である。現行の社会は秩序という名目でそれを束縛する悪しきものだ。繰り返す。そんなものは秩序ではない。束縛である。

 我々ムクタは、束縛からの解放と本来あるべき秩序ある自由を手にするため、立ち上がる。悪しき現代社会に対し、宣戦を布告する!

 自由を望む世界の民よ立ち上がれ!武器を取れ!ムクタに集え!

 束縛を強要する世界を打倒するために!

 かつて世界が幾度となく革命によって自由の権利を広げてきたように、我々もまた、秩序ある自由を手に入れるのだ!

 自由を邪魔は排除する。何人たりとも革命の邪魔はさせぬ。

 手始めに我々が手中に収めた無人兵器群をもって、破壊と硝煙のもとにアメリカ大陸及び中国、ロシアを悪しき束縛から解放する。

 これが自由を求めるものの声だ。力だ!

 ムクタに、自由に栄光あれ!」


 そこで放送は終わった。寒気が走るように身震いが起こり、鳥肌がたった。ムクタが世界を敵に回す瞬間をこの目で見たのだ。


 だが、震撼している場合ではなかった。早くここから脱出しなければ。CROWS社がムクタの一部である以上ここに長くはいられない。楓と健は顔を見合わせた。


「真美、走るよ」


 楓は目の前の事態を飲み込めず硬直している真美に声をかけた。真美は目を見開いたまま楓を見た。


「え、あ、はい」


「ほら、あなたたちも。ゲイツ社長を背負って早く逃げるわよ。黒服とオーウェンは1人を除いて気絶してるだけ。急いで」


 楓は部屋の男たちにも呼びかけた。


 楓たち13人は部屋から出て走り出した。


「にしても、自我をもたない無人兵器マリオネットで、自由を手にする聖戦とは……皮肉ね」


「ああ。それに加えて、それを操る鍵が破壊、殺戳、そして戦いの勝利をもたらす戦争の女神、モリガンら三相女神の名を冠した機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ、“モリグナ”だ。つまるところやつらは『破壊と硝煙の傀儡』とでも言ったところだな」


「それ、発表会のときから考えてたんじゃないの?……それより、これからどうなるんだろう」


「さあな。まずは生き残る。そこから対抗策を考える。聞いてる限りじゃ今いる東側はまだ安全なはずだ。どう足掻いたって未曾有の被害が出るだろうがな。とにかく慎重に、だ。昔から俺らはそうしてきた。そうだろ?」


「……そうね。いまはまだ、戦いに備えて準備をしないと」




 ムクタの宣戦布告の一時間半後、グリニッジ標準時2058年1月1日1時30分。ムクタの無人兵器群がロサンゼルス、重慶、ノヴォシビルスクに急襲した。


 アメリカはアジア圏から撤退、本土防衛の任務に就き、中国はS.A.T.Oに対し南沙諸島放棄を宣言、実質的に降伏し停戦した。ロシアを含む3カ国は非常事態宣言を出し、世界各国に救援を要請した。


 2058年、世界は新たな戦火に包まれることとなる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る